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小学校英語の評価研究

2020年度から新学習指導要領の全面実施

2020年度からの新学習指導要領の全面実施によって,小学校高学年で外国語がいよいよ正式に教科化することになる。教科化する以前のいわゆる外国語活動では「英語に慣れ親しむ」ことが重視され,英語力の伸長そのものは本来的な目的ではなかった。外国語活動では数値による評価はなじまないとされ,顕著な事項がある場合にその特徴を記入するといった文章記述による評価が行われていた。しかしながら,外国語が教科化すれば他の教科と同様に数値による評価を行うことになり,慣れ親しみだけではなく英語の知識・技能の定着とその評価まで求められるようになる。

Wolf and Butler (2017)

そのようなタイミングで(といっても半年ほど前になるが),アメリカ応用言語学学会で"Assessing Young Learners' English Language Proficiency" というColloquiaに参加した。国内では年少英語学習者(主に小学生)を対象とした評価研究というと「自己評価」や「Can-do listを用いた評価」に関するものがほとんどという印象だったのだが,ここでは「どのように子どもの英語力を正確に測定することができるか」ということが議論の中心であったように思う。もちろん,日本とは学習環境が違う文脈で話されていることが多いためにそのような視点での議論になっていることには留意しなければならないが,それでもこの視点は今後教科化される日本の小学校英語において,とても重要になってくるのではないかと感じた。

後に知ったのだが,このColloquiaの内容はどうやら2017年に出版されたWolf and Butler (2017) をもとにしたものだったようで,帰国してから部分的ではあるがこの書籍を読んでみた。以下,その内容に基づきながら,今後の日本の小学校英語の評価において重要になりそうな部分を取り上げ,考えてみようと思う。

Assessment for learningという考え方

まず,年少学習者を対象とした英語力の評価においては,学習者がどの程度の英語力を持っているかという情報を与えるための評価 (assessment of learning) だけでなく,学習者の得意な点と苦手な点に対する情報を与えることで今後の学習改善の手当てとするための評価(assessment for learning)を行うという考え方が特に重要となる。

年少学習者は英語を学び始めたばかりの段階であるから,その時に受ける評価というのは今後の学習に影響を与えるものであるし,これからの学習を促進するようなものでなければならないということである。日本の小学生に置き換えて考えれば,彼らが自身の英語力について肯定的な評価を受けることができれば,中学校,高等学校へと続くその後の英語学習の動機づけも高まり,より主体的な学習を促すかもしれない。反対に,英語力の評価において否定的な経験をしてしまうと,英語嫌いを増やし,その後の英語学習を阻害することになってしまう可能性もある。児童の英語力を評価する立場にある者は,まずはこの点を十分に理解しておく必要があるだろう。

留意すべき3つの要因

Wolf and Butler (2017) では児童の英語力を評価する際に留意すべき点として,(1)英語の学習環境と能力,(2)認知的発達,(3)情意的要因の3つを挙げている。

1点目の学習環境については,日本のような外国語環境の場合,児童が英語を使用する場面は教室に限られるため,評価の中心は学校・教室場面において児童が英語を使ってどのようなことができるのかということとなるべきということである。能力については,年少学習者では英語による産出能力よりも受容能力のほうが早く発達するため,このことを踏まえた評価が必要ということである。特に後者は日本でも非常に重要であると個人的には感じていて,「コミュニケーション能力」という用語が先行するばかりに,児童の英語力の評価 ≒ スピーキングのパフォーマンステストとならないようにしなければならない

2点目については,児童の認知発達段階を踏まえ,抽象的な概念ではなく具体的な内容を評価に含める,課題の指示を具体的かつ明確なものにする,課題を行わせる時間に留意するといったことである。Wolf and Butler (2017) は先行研究に基づいて,年少学習者が課題に対して注意を向けられる期間を10~15分としていたが,外国語環境である日本ではもっと短くなるのではないか。日本の小学生が英語の課題にどのくらいの時間注意を向けられるかというのは,興味深く,且つ重要な研究課題になりそうだ。

3点目は,動機づけ,態度,自尊心といった情意的要因は,大人の学習者よりも子どもの学習者の評価においてその影響が大きくなるということである。特に児童は大人よりも評価に不安を感じやすいとされ,その不安をどのように減じることができるのかを検討することは重要であろう。

テスト設計に関する知識と専門家の協力の必要性

小学校英語では当面は教室での評価 (classroom-based assessments) が課題となるだろうが,そう遠くない将来,全国学力調査などで大規模に小学生の英語力を評価するという可能性は決して低くないだろう。そうなると,場当たり的に作られたテストの結果で一喜一憂しないためにも,テスト設計に関する専門的知識を持った人材が必要になってくる。

ここでいう「テスト設計に関する専門的知識」とは,Wolf and Butler (2017) で述べられているようなtarget language use domain analysesによる構成概念の検討,テスト項目やタスクの開発,大規模なパイロットテストの実施やそのデータの統計解析,そしてそれに基づくテスト内容の妥当化などを想定している。

私自身は評価・テスティングの専門家ではなく,残念ながら十分な専門的知識と経験を持ち合わせているとは言い難い。それでも,言語評価・テスティングの分野は言語教育研究の中でもとても奥が深いものだと個人的には感じており,それを専門としている方々には是非とも小学校英語の評価研究に携わってもらって,新たな研究分野を開拓してもらい,小学校英語の研究や実践に貢献して頂きたいと思った次第である。

小学校英語における評価のこれから

教科化まで半年を切った現在においても,小学校外国語科の具体的な評価方法などに関する情報は文部科学省から提示されていない。おそらく近いうちに情報が公開されるだろうが,それらは通知表の評価を行うための情報がほとんどだと予想される。小学生の英語の知識や技能を正確に測定するための理論的基盤となるような研究は現在のところ十分に行われておらず,今後の発展と知見の蓄積が切に望まれる研究分野である。


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