始まりはLGBT。全国初のフレンドリー宣言ホテルが、ダイバーシティを掲げるワケ
(高倉直久ホテルパームロイヤルNAHA総支配人インタビュー)
日本のホテル業界で初めて、2013年にLGBTフレンドリー宣言をした「ホテルパームロイヤルNAHA」。総支配人の高倉直久さんは2021年11月から、那覇市男女共同参画会議の副会長を務めている。同ホテルは現在、「ダイバーシティアイランド沖縄」の実現をビジョンに掲げ、性差、宗教、国籍といったさまざまな「違い」を越えて、互いに認め合える社会の実現を目指し、取り組みを展開している。活動の原点について語ってもらった。(2022年4月取材)
◆プロフィール
高倉直久(たかくら・なおひさ)/首里高校、亜細亜大学卒業後、福岡県芥屋ゴルフ倶楽部での研修を経て、沖縄県内のゴルフ場に就職した。ホテル立ち上げのため退職し、2005年「ホテルパームロイヤルNAHA 国際通り」支配人に就任。07年11月、代表取締役総支配人に就任。ピンクドット沖縄の代表理事、その他10の観光関連団体の理事役員を務める。現在、「那覇市男女共同参画会議」副会長を務める。1979年生まれ。
LGBTQ+当事者の現状にショックを受けた
LGBTQ+の支援に取り組み始めたのは、2013年に全国で初めて那覇市で開催されたイベント「ピンクドット沖縄」がきっかけです。知人から「ホテルの隣で開催するから協賛してほしい」と声を掛けてもらったんです。当時はLGBTという言葉すら馴染みがなかったんですが、とても大切なことだと考え協賛しました。
実際に参加して、いじめの問題や自殺率の高さなど、当事者が多くの生きづらさを抱えている現状を知り、ショックを受けました。職場でもカミングアウトできずに苦しむケースや、強い孤独感を感じている方が多いことも知りました。企業としても自分としても、全ての方が自分らしく生きやすい世の中にしたいという気持ちを強くしました。翌2014年からは、企業に協賛を呼びかけるアンバサダーに就任し、後方支援的な協力を続けています。
我々はホテル業ですから、LGBTQ+の方も温かく迎え入れて、気持ちよく滞在していただこうという気持ちから、ピンクドット沖縄の後には全国のホテルで初めて『フレンドリー宣言』をしました。2016年には九州・沖縄で初めて、国際ゲイ&レズビアン旅行協会に加盟。館内外にレインボーフラッグを掲げています。
「ゲイになったのか」「理解しにくい」と言われても
フレンドリー宣言をする前、知人の中には「誹謗中傷や嫌がらせがあるんじゃないか」「やめておいた方がいい」と懸念を示す方もいました。でも実際には、誹謗中傷などは記憶に残らないほどなかったですね。宣言後にはお客様や職員が、「実は…」とカミングアウトしてくださることも増えました。話してもいい人、話せる場、と安心していただけたということなんでしょう。
当事者の方はレインボーフラッグを必ず知っているので、「すごく安心して使える」と言ってくださり、自分らしく利用されている様子を見ると嬉しくなります。当事者でない人からも、「いい取り組みだから、頑張ってください」「応援しています」など、とても好意的に温かく支持していただける声が多く、率直に驚きました。
もちろん当初は、講演中に拒否反応を示されることや「理解しにくいなぁ」と言われることもありました。「高倉はゲイになったのか」などと揶揄されることもありました。無知からの発言ですよね。でも、人として正しいことをしていると思っていたので、傷つきも気にもしませんでした。そんな発言をされていた方も、今では良き理解者になってくれています。今ではむしろ、背を向ける人の方がマイノリティになりつつあるのではないでしょうか。
少し前に、ある経済界の重鎮から「高倉君のやっていることは、以前は意味が分からなかったけど、最近ようやく分かったよ。非常に良いことをしているね」と声を掛けていただいたことがありました。理解の広がりを感じられて、非常に嬉しかったです。
航空会社に提案した取り組みが実現
全国的にLGBTQ+への理解が進んだと感じ始めたのは、2016年ごろからでしょうか。日本航空(JAL)が、家族でマイルを合算して使える「JALカード家族プログラム」の対象範囲に、同性パートナーを含めたのです。自治体や公的機関が発行したパートナーシップ証明書があれば、同性パートナーも家族同様の特典を受けられるようになったんです。
ちょうど那覇市が2015年に「性の多様性を尊重する都市・なは」宣言(レインボーなは宣言)をして、2016年に那覇市パートナーシップ登録がスタートした時期でした。
実は…JALの取り組みは、僕が提案したんですよ。JTAの講習会に呼んでいただいたときに提案し、社員の方がJAL本社に上げてくださって実現したと聞いています。JALに続いて、全日空(ANA)でも同様のサービスが始まりました。
経済界に理解を広げるための「作戦」
LGBTQ+当事者を含め、誰もが生きやすい社会にするためには、企業のトップや経営層の理解や認識が重要になります。ですから、講演や研修などを依頼され、マスコミが取材に入られる際には、「経済効果などビジネスの側面についても話をするので、経済面に載せてください」とお願いしていました。
沖縄の新聞は他府県と比べて、LGBTQ+の特集記事が多く掲載されます。ただ、暮らし面などに掲載されることが多かったんです。暮らし面や社会面に掲載されたら、関心が低い経営者は見ないかもしれません。経営層に理解してもらうために、経済面に掲載してほしかったのです。
LGBTQ+の問題は、ボランティアや社会福祉活動ではなく、私たちみんなの問題です。「8.9%の人が当事者」との統計もあります。企業であれば、社員の中に必ず当事者がいるんです。加えて、マーケットとしての視点、経済効果の視点も持ってもらいたいとの思いがありました。
クチコミ力、発信力…経済効果の視点も大切に
経済的な側面では、LGBTQ+当事者は旅行好きな人が多いと言われています。また、同性カップルの観光における消費額は、異性カップルより2倍高いというデータがあります。それぞれが仕事を持たれていて、可処分所得が高い場合が多いから、と言われています。加えて、ネットワークにおけるクチコミ力・発信力もとても強い。
これは実体験ですが、先輩に新宿2丁目のゲイバーに連れて行ってもらい、10人ほどとお話させてもらったときのことです。遠く離れた沖縄にある「ホテルパームロイヤル那覇」のことを全員がご存知だったんです。レインボー宣言をしていることもご存じでした。そして10人中6~7人は宿泊されたことがあり、偶然にもお一人は「数日後に予約しているよ」と言われ、皆さんの情報網に改めて驚きました。
そんな数字や事例を示しながら、「LGBTQ+のマーケットに支持されるとロングセラーになりやすい。ファンになってくれたら、リピートしてくれるしマーケットへの発信力もあります。逆に嫌われると、企業として痛手ですよ」という話など、経営的な視点からも説明しています。
「ダイバーシティアイランド沖縄」を目指すワケ
ピンクドット沖縄を協賛し、LGBTQ+の活動を始めて1年ほど経つと、さまざまな社会課題にも目が向くようになりました。障がいのある方、国籍の違う方、宗教上の信念など、老若男女問わず人には、いろいろな「違い」があります。全ての方々を優しく、温かく迎え入れていける沖縄でありたい、企業としても多様な人材を受け入れていきたいと考え、「ダイバーシティアイランド沖縄」を掲げるようになりました。
ホテルとしても、自分としても、全ての活動は、「ダイバーシティアイランド沖縄」実現のためです。バリアフリー化にも取り組み、国土交通省の大臣表彰も受けました。アレルギー対応にも取り組んでいます。LGBTQ+の取り組みは、「性的マイノリティ」という言葉がなくなるまで続けなきゃと思っています。区別する必要がない、開かれた社会にしたいです。
ダイバーシティ推進が、ビジネス面でもメリットに
メリットがあるからダイバーシティ推進に取り組んでいるわけではありませんが、結果的にメリットになったことは幾つもあります。まず、当事者の宿泊が年間を通じて増えたことです。採用面でもメリットがありました。「LGBTQ+の取り組みをしているから、従業員にも優しい企業だと思って応募しました」と言われるんです。社会課題にアンテナを張っている優秀な人材も集まるようになりました。
社員もダイバーシティの取り組みを誇りに思ってくれているようです。だから辞める人が少ない。例えば、ホテル業界の離職率は平均60-70%と言われますが、うちは10%です。ダイバーシティの取り組みが結果的に、ビジネス面でも採用面でもプラスになっています。
ジェンダー平等や女性登用を実現するには、子育てや介護中の方が働きやすい環境づくりも大切です。例えば、小さい子がいると急な発熱などで早退したり休んだりせざるを得ません。そうすると、ご本人が周囲に申し訳ない気持ちになり、苦しくなって辞めていくケースが多いんです。なので、特に産休育休明けにはご本人に状況を聞きながら、働きやすい部署や時間帯で、気持ちよく働いてもらえるよう心掛けています。意図していたわけではありませんが、結果的にさまざまな部署を経験してスキルを重ね、何でもこなせるスーパーマルチな人材も育っているんですよ。
2022年5月、女性の支配人が誕生
社員の男女比は半々ぐらい。創業当時から正社員採用を基本としており、86%が正社員です。ホテル業界では珍しいかもしれません。ビジネス的に考えるとコストは掛かるんですが、弊社は「社員と共に成長していく」と考えているので、社員イコール家族のように思っています。
2022年5月には創業17年で初めて、女性の支配人が誕生しました。入社6年目のプロパー社員です。英語も話せるし中国語も少し話せて非常に能力が高い方です。客室管理を経験していたこともあり、とても気が利くんですね。空手の世界チャンピオンでもあります。
他にも優秀で多様な社員が大勢います。「自分らしく過ごしていただける場所であり続けたい」というのは、お客様に対しても、内部の社員に対しても同じです。
楽しく働き、楽しく稼げる沖縄に
プライベートでは、家族と過ごす時間を大切にしています。1歳と6歳の息子がいるので、一緒に公園に行ってボール遊びをしたり、自転車に乗せたり…。子育ては女性だけがするものではないので、「一緒に子育てをする」意識を大切にしたいと思っています。家事はまだまだ出来ていませんが、洗濯物を取り込んだり、仕事の合間に子どもの送り迎えに行ったりもします。
これからはもっと、男女の所得格差をなくしていきたいですね。男だから女だからではなく、「一人の人間」という眼差しが社会的に広がってほしい。自分としては、生活のためだけに働くんじゃなくて、楽しく働いて、楽しく稼ぐ、というのが一番理想です。「男だから、女だから」「男らしく、女らしく」ではなくて、「自分らしく生きられる社会」にしていきたいですね。
(聞き手・佐藤ひろこ)
※年齢などは2022年4月当時
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