遥々お参り弥彦さん その3 イイ・ヤシロ・チ vol.52
朝食と出発準備をどうにか間に合わせ、タクシーさんのお迎え時刻に出発できた三人。これからフライトまでの時間に、弥彦村にあるパワスポをまわっていく。
時間通りにやってきたドライバーさんは、おっとりした同年代の男性である。当初、有名なお寺を案内してくださる心づもりのようだったけれど、わたくしたちの要望は、基本、神社オンリー。(ごめんなさい)そして、最初の行先は、婆々杉という大樹をリクエスト。
お寺の敷地を通り過ぎ、案内人がいるからこそ辿り着けるような奥まった空間に、大樹は悠然たる姿で立っていた。
朝の和田さんのレクチャーで、「新潟で杉は育ちにくい」と知ったので、ここまで長命で大きく育った杉は、本当に貴重な大樹だろうと考える。なのに、ドライバーさんは気のない感じで、此処に人が訪れている様子もないのは、↑のお話のせい?追い打ちのように「佐渡島に、もっと大きな杉の木ありますよ」なんて仰る。
独りよがりな想像だが、「鍛冶屋が大工に負ける」とは意味深。「鍛冶の技術を持つ集団」と、「建築技術を持つ集団」の軋轢とも受け取れるから。そして、敗者側にいた情の深い女性が「鬼婆と悪者呼ばわりされる」構図にも引っかかる。
「ああ、濡れ衣っぽい」という気持ちで見上げると、婆々杉はそんな些末なことは気にかけないよと、堂々と天に向かってぐんと伸び、その天辺は確認できないほどであった。
この大樹が聳えたつ場所は宝光院というお寺であるが、何故だか傍らに隠れるような「湯殿山」という石碑を見つけて、出羽とのつながりがあるのだろうか?と疑問がわいた。確かに弥彦村のお土産物に兎をモチーフにした落雁があり、月山には大きな兎の像があった出羽だからウサ族の名残り?と妄想する。
さておき、怖ろし気な伝説は話半分に、とにかく巨樹の素晴らしいスケールを心ゆくまで堪能した三人は次なる目的地、下諏訪神社へ向かう。
此処は、お告げ夢を見たメンバーに何かしらの関りが?と思いながら近づいていくと、わたくしたちの周りを熊蜂がブンブンと飛んでついてくる。「刺さない蜂だから、無理に追い払わなくてもよいよね」と言いながらも、あまりのタイミング良さに驚く。お前たちを待っていたよ、の合図だろうか?
そして、たぶん他の鳥居でもこのような形だっただろうが、ここにきてやっと気づく垂れ藁の数。七五三と書いてシメと読むことも納得!と合点させて頂けた。753には大事な意味があるのだろうが、その答えは、わたくしには知れないことである。
掲示板では「力の神様、相撲神事のお社」とのこと。タケミナカタさんは、出雲から諏訪までの旅路の途中に立ち寄られた?などと想像したり。ところが、調べてみると、「この周辺はかつて沼地であり、禍を防ぐ土地神さまが祀られていた」説もあるようだ。湿気対策としての磐の上の社なのかもしれず。ともあれ、厄払いの御力が強い神様のお陰で、この旅が無事に楽しく終えられたと、今更ながらの神恩感謝である。
御力強いこの神様に、三人揃って敬意を込めてご挨拶させていただいたら、いよいよ弥彦村最後の参拝目的地、湯神社に向かう。
本音を言えば、片道30分の山道に臆していたけれど、ドライバーさんの親切なアテンドで、安心して進める流れとなった。さらに登拝直前に、路傍のベンチに腰掛けておられた老夫妻の方々から、「頑張っておいで!」とエールを頂き、やる気もアップ。
そもそも早朝に和田さんからも「湯神社さんに行かれるのは良いことです。」と太鼓判も押されているので、行くしかない!決意の三人。神様メッセージと受け取れば、お断りするわけにはゆかなかい、素直なわたくしたち。
ここからの数多の木の奉納鳥居が続く参道を「お天気に恵まれて有難いね」と口々に言いながら、歩いていく。思ったほどには険しくない山歩きは、ほどよい木陰と吹き抜ける風のおかげで、爽やかハイキングとなった。
昨夜の宿の温泉も泉質柔らかく、とても癒やされたわたくしたち。温泉の神様方へ感謝を申し上げつつ、頭を垂れる。
神職の方がいらっしゃるのは、毎月1日と2日、15日、曜日は水、土、日と祝日と掲示されていた。あいにく月曜であったので、お目にかかれず残念。
木漏れ日が煌輝らしい社前で少し御神気を頂いて、下山に向かう。往路で見かけた勝御神廟にもご挨拶。
此方には、「勝」の字にあやかって、勝負事やギャンブルのお願いをする参拝者が多数おいでとか。けれど、なんだか違う気がする。「此処に祀られた方にすれば、困惑では?欲を祀り場に持ち込むって?」と思うのは、独りよがりの拘りだろうか?とにかくただただご挨拶のみさせていただき、無事下山。
帰り道も時折現れる熊蜂が見守ってくれた登拝は、無事完了。弥彦公園の新緑を楽しみ、春は桜、秋は紅葉や弥彦神社の菊花が綺麗ですとドライバーさんからおススメいただき、そのシーズンに再来したいと願う。
空港に向かう前に、お土産物などを探しに、おもてなし広場へ。
それぞれが良いものを買い込んで、いよいよ帰途に就く。ドライバーさんは、海沿いの景色の良い処を通っていきましょうとご提案下さる。
そして、空港までの一休みスポットとして、この角田岬に停車。海辺を満喫できるとは思いもよらないことなので、おみなたちの気分は海風に舞い上がった。
「お時間大丈夫ですし、皆さんお元気だから、灯台まで上がってきましょうか?」の嬉しいご提案で、角田灯台からの絶景も堪能した。可憐な草花たちが海風に揺れて咲く高台から、明るく穏やかな日本海を眺めるとは、オプション、恐るべし!
その後の空港までの車中でも、興味深い新潟県の県民性や、信濃川に関する治水技術などドライバーさんからの充実のレクチャーを頂きながら移動し、空港に到着。その頃になると小さな雨がポチポチと始まっていた。わたくしたちは空港内で出発まで名物メニューでゆっくりと直会ランチ(その店名も神楽とは!)を楽しんで、空の旅に着いたのだった。
吉夢のおかげで遥々弥彦村に出向いたこの二日間は、お天気、出会い、食事、宿、そしてイヤシロチすべてに、嬉しい驚きがたっぷり詰まった時間だった。わたくしたちが発った翌日は、現地に激しい雷雨が降ったと聞いたのも不思議な心持である。
帰宅後、お告げ夢を見た旅友さんに改めて感想を尋ねたところ、「思わぬ収入の連絡が、下諏訪神社に参拝した後に入っていて、タイミングが凄かったです。これまでの不本意な事柄が正されて、新しいスタートが始まった感じがするんですよね、それは個人のことにとどまらず。」と。
そう聞かされて、「いろいろな気懸りな事柄は多けれど、それらもやがて正され、本来の進むべき道が開けていくのだから、希望をもって歩め」と、神様に勇気づけられた弥彦旅だったのかと、思う水無月の末である。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。和風慶雲。
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