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報い(前編)

 強大なるガノンガノン・ザ・ギガンテス。南方蛮人の生まれでありながら戦神せんじんの寵愛を受け、戦士として、指揮官として、そして王として名を馳せた男。
 彼の築いた王国はほぼ一代のみの国でありながら壮健を誇り、黒河から白江に至るまでのあらゆる民を尽く、その威光によってひれ伏させた。
 そんな彼は、その強大さによりてか、幾つかの不可思議な経験を残している。
 今より語られしはその一つ。【ガノンの外界渡り】の物語――

***

「アンタら、あの祠壊しよったんか!」
「壊した! 淫祠邪教滅ぶべし! 慈悲など要らぬ! 容赦など不要!」

 とある村。その片隅に建てられていた祠は、無惨な最期を遂げていた。打ち砕かれ、焼き払われている。下手人は、白のローブに身を包んだ男ども。総じてローブに顔を隠されており、個人の特定は難しい。あからさまに、怪しげな集団であった。
 彼らと対峙するのは、村の長老。男どもに挑んだ村人の嘆きを背に受けつつ、決死の抗議に挑んでいた。しかし。

「おお、なんたること! 『奴ら』が来る! 帰って来てしまう! どうしてくれる!」
「淫祠邪教を奉じた報い! 滅びあれ!」

 おお、なんたること。男どもはまったくとして、聞く耳を持たぬ。それどころか年長者を罵倒し、滅びよとまでのたまう。なんたる非道!

「恨む! 恨むぞ! この村の祠は、教会の御使いにも格別のおはからいをもって認められていたもの。それに対して、このような!」
「恨むが良い! 信仰は正されねばならぬ! 教会の定めた神のみが、真なる神なのだ! 汝、滅びるべし! 行くぞ!」

 おお、見よ。ローブの男たちは背を向け、去って行く。打ちひしがれる長老に、誰一人として目をくれることもない。さもありなん。彼らは教会の改革を志す者である。当初は、宗派の腐敗を糺すことを目的として集まっていたはずの者どもだった。しかし、やがて思想は先鋭化し、拗らせ、政争に敗れ。いつしかその糾弾の対象は、正しき神を奉ずる者以外へと向かっていった。彼らは聖堂のはからいによって許されていたそれらを『淫祠邪教』と断じ、草の根分けてでも滅ぼすことを主眼とし始めた。先述したように祠を打ち壊し、それらを奉ずる者どもの思いを、打ち砕く。それらの者どもの思いなど、汲み取ろうともしない。あまりにもな、非道であった。

「おおお……なんたること。奴らの理不尽で、この村は終わってしまう……。『奴ら』――【外界のもの】はこちらの理を知らぬ。ああ、あの者どもに裁きあれ……」

 泣き崩れる長老の後ろで、祠のあった場所がにわかに歪んだ。それは【穴】へと変わり、ぽっかりとそこに佇んだ。村人が、さらに嘆く。恐るべき物が来るのだと、絶望する者までいた。振り向きし長老は、この村に伝わる話を思い出す。世界にぽっかりと空いていた【穴】。それは【外界】――異なる世界へと繋がるものであったと。遥か古にはこの【穴】を用いて交易し、今よりも数倍の繁栄を得ていたと。だがある時、【穴】の向こうより恐るべき集団が現れた。彼らはこちらとは異なる不可思議な輝きの力で村を蹂躙し、焼き払い、すべての資源を持ち帰ってしまった。村人は【穴】を畏れるようになり、通りがかりの力ある僧侶に頼って祠を建ててもらい、その力をもって【穴】を閉じた……と。その祠が今、打ち砕かれてしまった。なにが起きるか、わからない。村人を、避難させるべきか? あるいは、総出で立ち向かう準備を整えるべきか? 村長は迷う。【穴】から現れるのが敵なる者であれば、滅びは必至だ。ならば――

「おお、【穴】が揺らぐ!」

 一人が叫んだ。長老は、すぐさま避難命令を発した。もはや猶予はない。害をなす者であれば頭を下げ、軍勢であれば通す他ない。善なる者の可能性もあるだろうが、すべては最悪を基準に構築していたほうが良い。彼は、これまでの人生からそう定めていた。

「来るぞ!」

 また一人が叫ぶ。【穴】は、さして大きくはない。中肉中背の人間一人が、普通に通れるほどだ。しかし向こうの人間が大きいのだろうか。【穴】が押し広げられるような気配があった。やがて【穴】から、一人の人間が乗り出してきた。

「……」
「……」

 一人の村人が、【外界のもの】と目を合わせる。それだけで、村人は腰を抜かした。さもありなん。【外界のもの】は、村人から見れば『巨大』に相当するような大きさだったのだから。その上顔は盾めいて厳つく、上半身は裸。筋骨は隆々という言葉を通り越して分厚く、肌は浅黒かった。髪は火噴き山のように赤く、蛇のように蠢いている。あけすけに言えば、『未知』と遭遇したようなものである。村人の反応も、致し方なかった。

「おいおいガノンの旦那。言葉は通じるとはいえ、【あっち】の人間を驚かせちゃ……って、遅かったか」

 やや置いて、【穴】からもう一人の人間が乗り出して来た。髪は青く、刈り込まれており、背丈もそう巨大ではない。目立つのは、背よりも長い朱槍。そして、端正な顔に彫り込まれた、奇っ怪な刺青であった。そして青髪の男は、おもむろに口を開いた。

「あー。驚かせて済まん。開きたてっぽい【穴】を見付けたんで、なにかあっちゃかんと思って潜った者だ。こっちの大男はガノン、俺はサザンだ。……と、いっても、どうやらコトが起こった後っぽいな……」

 サザンと名乗った男は、困ったように頭を掻いた。そこへ長老が飛び込み、頭を下げる。いわゆる、土下座のような姿勢だった。彼は頭を擦り付け、二人に向かい、懇願した。

「申し訳ありません! 我々が、我々が祠の管理を怠ったばかりに! どうか、どうかこの村はお見逃しください!」
「……俺らは、様子を見に来ただけなんだが?」

 サザンが長老に見せたのは、あからさまな困惑の顔だった。

***

「……そんな事件が起きていたのか」

 およそ一刻後。長老宅にてことのあらましを聞かされたサザンは、内心で頭を抱えていた。随分と、厄介なことに踏み込んでしまった。少なくとも、余計が出入りがないように【穴】を護らねばならない。【異なる世界】を繋ぐとされる【穴】の存在は、無用な争いを招きかねない。彼はある事情から、その事実を知悉していた。

「はい……祠にて【穴】を封じていると、我らは必死に訴えたのですが……」
「……惰弱は、罪だ」

 ガノンが、ゆっくりと口を開いた。

「旦那、なにを」
「罪ではある。だが、それを叩いて悦に入る輩は、なお戦神にもとる」
「旦那?」

 サザンが、ガノンを見る。常の通り不機嫌にけぶる瞳には、怒りの色が備わっていた。

「旦那、まさか」
「当然だ。報いを与える」
「おい旦那! ここは【こっち】の世界とは違うとさっきも」
「世界が違うからなんだ。弱者を嬲る輩は、いずこにおいても許し難し。全員捕らえ、応報させる」
「俺は乗れねえぞ。なにが起きるかわからんからな」

 長老には、なにが起きているのかわからなかった。言葉はわかるのに、耳の右から左へと滑っていってしまう。赤銅の男はもしや、我々のために動こうとしているのか? それだけのことしか、飲み込めなかった。

「構わん。どうせ【穴】で騒ぎが起きる。そっちもどうにかする必要がある。そうだろう?」
「そういうことだ。……長老」
「は、はい」

 サザンに声を掛けられて、長老は我に返った。青髪の男が、真っ直ぐに目を見る。赤髪の男も、己を見ていた。どちらも悪人でないことだけは、はっきりと伝わった。

「おれが、不届きどもらを引っ捕らえる」

 赤髪の男――ガノンが、言葉を発した。続けて、それを補うように、サザンが言う。

「この辺の地図、近くの村。そういったモンを教えろ。もしくは、道案内役を持って来い。こうなった旦那は、もう止められねえ。アンタらは、運が良い。【穴】を最初にくぐったのが、俺たちだった」
「は、はい」

 長老はただただ、応じることしかできなかった。

後編へ続く

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南雲麗
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