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ガノン・ジ・オリジン(ピース・ワン) #3

<#1> <#2>

 すべては短く、始まった。

「始めいっ!」
「うおあああっ! ガノン、今日こそ!」
「でりゃあああっっっ!!!」

 教官の声に、堰を切ったかの如く蛮声が轟く。気合を込めた一閃を振り下ろしたるは、ガノンとともに鍛えられた若人たち。隕石めいて飛び降り来たるさまは、まさに壮観と言えた。だが。

「ぬんっ!」
「はっ!」
「せいっ!」

 初手の三人に対し、ガノンはいともたやすく対処した。一人目をかわし、二人目を突き、三人目を受け止める。多少の痺れなど、意にも介さぬ。返す刀で、残りの二人にも土を付けた。なんたる判断。なんたる格差。
 しかしそれでも、上から来たる戦士どもは折れない。己を奮い立たせ、ガノン目掛けて飛び降り来たる。

「あああああっっっ!」
「畜生っ!」
「行くぞっ!」

 五人。八人。十人。声を連ねてやって来る男の群れを、ガノンは額に汗することなく薙ぎ払う。かわす。返り討つ。ここで少々弁護をすることになるが、若人どもとて、決して弱者ではない。かつてガラナダ氏族の代表戦士を務めたミムアが、手塩にかけて鍛え上げた未来の氏族戦士なのだ。相手が只人であれば、囲んで打ち倒せる陣容である。しかしガノンは違った。類稀なる肉体と身体能力から『戦神の申し子』とも謳われ、その上、日々のほとんどを修練に注ぎ込んでいた人間である。悲しきことではあるが、そこには決然たる差が存在していた。重ねて言う。決して若人たちは弱くない。ただただ相手が、『例外』に属する類の者だった。それこそが、彼らにとっての悲劇だった。

「ウオオオオオッッッッ!」
「ずあっ!」

 一人がガノンの肩をめがけて降り来る。その一撃、落雷の如し。されどガノンは、棒を掲げて全力で止めた。重みと痺れが襲い掛かり、わずかに動きが止まる。そして、背後に隙が生まれた。

「見えたぁ!」

 その瞬間、また一人が意を決し、ガノンを襲う。その判断力や良し。いかなガノンといえども、背後から叩かれれば――

「叫ぶようでは、まだ遅いな」

 しかし。ああ、しかし。ガノンはすでに対処を終えていた。痺れに対して己の意志力を総動員し、声の方角へと、全力で身体を向けていた。結果、飛び降り若輩戦士は全力の迎撃を受ける形となり――

「ぐあああっ!」

 下から打ち上げられ、跳ね飛ばされ、地に墜ちることと成り果てた。そして、先の一人も。

「遅い」
「くっ!」

 打ち上げの流れから閃光めいた一撃を喰らい、これも倒れる。気付けば周囲は打ちのめされた者どもにまみれていた。残されし戦士は、いかばかりか。そして、その心根は。

「強い……」

 教官たるミムアは、滴る冷や汗を止められなかった。同時に、残りの手勢――試練のともがらを確認する。三名。動けずにいたのか、隙を窺っていたのか。そこまでは掴めない。視線を送り、戦意を確認する。首を横に振る者は、いなかった。

「やる他にない」

 先年の奉納勝負で無惨に叩き折られ、失ったはずの右腕。その根本が、奇妙に疼く。できることならば、五体満足でガノンに挑みたかった。そうであれば、このような小手先の試練なぞ。堂々たる勝負で、ガノンに道を示せたのに。とはいえ。

「過去を想うな。現在いまを想え……行くぞ」

 視線のみで同志たちに告げ、ミムアは意志を決した。太い木の枝に足を掛け、能動的に飛び降りる。ほとんど同時に、残りの若輩戦士も動き出した。これなら。ミムアの脳裏に、確信がよぎる。しかし。

「……ハッ!」

 ガノンの決断は、あまりにも早いものだった。己が敵の行く先に在ると悟るや否や、すべてをなげうち、彼は転げた。結果、ミムアたちの雷霆は空振りに終わる。直後。若輩三人が、瞬く間に倒れ伏した。ガノンの反撃は、あまりにも速いものだった。数歩下がり、ミムアは身構える。危うい。すんでの所で、ガノンの一撃を回避した。攻めの構えを取ったガノンが、声を掛けて来る。

「教官。三十人三十撃。すべてさばいた。全員倒した。これで」
「認めぬ」

 言を跳ね除け、ミムアは構えを取った。ガノンの言葉は、事実である。ミムアの下した試練を、彼は見事に踏破せしめた。だが、ミムアにも意地があった。誇りがあった。敗れたとはいえ、前回の奉納戦士。戦わずして棒を納めるようなマネは、承服し難きものであった。

「ガノンよ。ここで奉納勝負に臨めば、汝は氏族の使い走りとなる。氏族は難局の度に汝にすがり、結果として氏族は戦いを忘れ、弱くなる。そのようなガラリア氏族を、それがしは見たくない。故郷であると、認めたくない」

 構えを取りつつ、ミムアは真の心根を打ち明けた。すべては氏族を想うが故。氏族の先行きを案ずればこそ、ミムアはこのような試練を吹っ掛けたのだ。しかし――

「ならば、問題はない」

 ガノンは、首を横に振った。ミムアに、疑問がよぎる。なぜ、ここで彼は否定したのか? 彼は一体、なにを考えているのか? そこでミムアは思い出す。大祭における奉納勝負、その勝者への恩恵は。

「汝、まさか」
「おれは外に出る。外の強者と、刃を交える。氏族は弱くならない。新たな戦士が、きっといる」

 ガノンの身体が、ゆらりと動く。否。あまりの速さに、錯覚を起こしているのだ。ミムアは即座に、防御態勢を取る。ガノンがどう踏み込もうと、受け返すことさえできれば――

「がっ……!?」

 しかしガノンは、それよりも疾かった。閃光という言葉でさえ、足りぬような一撃。げに恐るべき一撃が、ミムアの左脇腹を駆け抜けていった。

「なん……たる……!」

 ミムアが膝を付く。臓腑を直接叩かれたような痛みが、彼をしてそうさせていた。それでもミムアは、口の端を噛んで耐える。倒れてしまえば、完全敗北である。それだけは、彼の矜持が許さなかった。せめて、裁定だけは。その一心が、彼に意地を張らせた。

「み、ごと……」
「恐れ入ります」

 痛みを堪えて声を張れば、ガノンからも言葉が返る。続けて彼は残心を解き、ミムアの元へと現れた。その姿を認めて、ミムアはさらに己に強いた。ここで倒れるような、無様だけは。

「いくがよい、ガノン」
「はい」
「なんじ、は、なんじのみちをゆけ。それがしがゆるす」
「はい」

 歳の割には成熟しているガノンの、低い声が耳を叩く。その事実にミムアは安堵した。そして意識が、遠のいていく。

「ふりむくな、ゆけ」
「わかりました」

 最後の言葉を振り絞り、ミムアは意識を手放した。その身体を支える者は、誰一人として居なかった。

#4へ続く

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南雲麗
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