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盗賊VS蛮族 #5(エピローグ)

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 しかし。ああ、しかし。未だすべては終わっていなかった。主人の部屋を退出したはずの二人を待っていたのは――

「おまえ……酒の準備をしていたはずでは」
「あらら。やっぱりアンタが一番の」
「ええ、ええ。そちらのお嬢様の思う通りでございます」

 執事である。武装はしておらず、むしろ客人に対する礼すら行っているほど。しかしながら、纏う空気は剣呑であった。慇懃であった。過日主人に冷静さを与えた際とは、まったく異なる空気であった。

「……追う者が違うだろう」
「あの盗賊は良いのでございます」

 ようやくガノンが口を開けば、執事はそれを取り付く島もなく切り捨てる。たまらずガノンは剣を抜こうとするが、ガラリアがそれを止めた。

「なにをする」
「この執事に、害意はないよ。ただ」
「ええ、ええ。おそらく貴女は気付いておいででしょう。これより、すべてを種明かししたいと存じます。あの方が、正気に戻る前にです」

 執事は口角を上げ、慇懃に笑った。ガノンは、その目をじっと見る。彼に嘘がないことが、たちまちの内に見て取れた。

「時間がありません。結論から話しましょう。此度の一件、すべてはわたくしの掌が上にてございました」
「そうか。つまるところアレにネタを持ち込んだのも」
「ええ、ええ。わたくしでございます。あの盗賊を焚き付け、挑戦状を送り込ませ」
「一方で主人を煽り、防御を固めさせる。悪い奴だねえ」

 女遊び人が、執事を煽る。しかし男は、笑みを浮かべたままそれをかわした。

「ええ、ええ。悪い男でございます。ですがこれも、先代より受け継いだジェッパード様を、なんとかして真っ当なお方にお戻しするため。そのためならば」
「【闇】にも魂を売れる。とでも言うつもりか?」
「概ね、その通りでございます」

 執事が再び、一礼する。その礼には、確かな信念が籠もっていた。それを見やりつつ、ガラリアが口を開く。

「まあ、ここまで決まればあとは簡単さね。兎にも角にも、ナピュルに例の腕輪を盗ませれば良い。とはいえ、あっさりと盗まれれば家名に穢れが生まれてしまう。そこで、一手置いた。そうだろう?」
「ええ、ええ。見事なご賢察。わたくし、思わず貴女にかしずいてしまいそうでございます」
「世辞はおよしよ。アタシがこのくらいは読むこと程度、アンタほどの人間ならば」

 ある意味嫌味とすら聞こえかねない執事の美辞麗句を、ガラリアはピシャリとかわす。しかしながら、執事の表情に変化はない。慇懃な笑みを貼り付けたまま、言葉を並べ立てる。

「ええ。想定はしておりました。出し抜くにせよ、放置するにせよ、今回の件においては不確定要素になりかねない。ですので、一手詰める必要がありました。それが、昨日朝です」
「アタシたちを、ナピュルとかち合わせる必要があった、と。しかし」
「でしょうね。ナピュルが動かなかったらば。こればかりは、少々賭けでした。最悪の場合は、わたくしが手を回すことも考えていた程度には」
「はあ……。アンタ、本当に悪辣だよ。【闇】ですら、ここまでの人間はそう見ないだろうね」

 ガラリアは頭に手を当てていた。心底呆れた、という風情である。一方ガノンはといえば、まっすぐに二人の会話を見つめていた。表情を動かすこともなく、黄金色の瞳を不機嫌にけぶらせていた。しかしながら最後に、一つだけ言い放った。

「おまえとは、二度と会わん。死んでも、だ」
「でしょうな。わたくしも、会いとうございません。それでは、これにて。あとはご自力で脱出を」

 執事は、最後まで慇懃を隠さなかった。二人の前から彼が消えた直後、遠くから罵声が聞こえ始めた。二人の使命は、屋敷からの脱出へと変わりつつあった。

 盗賊VS蛮族・完

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