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報仇の乙女 #5

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 戦の開闢を告げたもの。それは、超至近距離からのやじりだった!

「シッ!」
「かあああっ!」

 それは、完全なる想定外からの一撃。げに狡猾なる女首領が、下手投げにて矢を投げ放ったのだ。貫通力はともかくとしても、かすれば相応に害をもたらす襲撃。ガノンはそれを、躊躇なく飛び退いたことで切り抜けた。されど。

「見事。だけど乙女がガラ空きだよ!」
「そういうこった!」

 ああ、なんたること。ガノンが退いたがために、乙女が無防備となった。そこに間合いを詰めるはバザルァ! このまま乙女は、むざむざ悪党の手に落ちるのか?

「ぬんっ!」
「おっとぉ!」
「きゃっ!」

 しかしその思惑は、ガノンが剣を投げて阻止! すんでのところで乙女は逃れ、双剣使いは身をよじって回避した。再び乙女が、ガノンの背後へと舞い戻る。だが、ガノンは無手と化した。

「さあ大変だ。大事な得物を、投げちまったねえ」
「おいおい。俺の得物を貸してやろうかぁ? ま、使いこなせるとは思えんがな」

 悪党二人が嘲笑う。しかしガノンは、鼻を鳴らすのみ。この態度には二人も、少々訝しんだ。

「なにがおかしい」
「おまえたちなどに得物は要らぬ。この四肢でもって、くびるのみ」

 直後、咆哮もなくガノンが飛び掛かった。狙いは定めていない。とにかく襲い掛かった。
 悪党二人は、定石を選んだ。すなわち男が防御に当たり、女が視界を維持したままに下がっていった。必然、無手にて剣を受ける形になる。が。

「懐、取った」
「ぐぬう!」

 戦神の加護を受けしガノンが、わずかに速い。双剣には近過ぎる間合いへと潜り込んだのち、直ちに土手っ腹めがけて拳を放った。

「ぶごぉ!」

 豚めいた声を上げ、バザルァが顔を歪める。ガノンはその隙にバザルァの脇をすり抜け、落ちたる剣へと向かった。そこへは行かせまいと、女首領の矢が飛び来る。ガノンはかわし、腕でもって鏃以外を叩き、跳ね除ける。たちまちの内に、間合いが詰まった!

「くっ!」
「今ここでおまえを殴るのもいいが……それはしない」

 顔を歪める女首領を尻目に、ガノンはまず剣を取った。続けて己に強いて足を踏み込み、後退へと進路を切り替える。下手に間合いを詰めれば、また乙女が無防備となる。千載一遇の好機といえど、調子に乗るのは禁物だった。

「アンタの選択、間違いに変えてやるよ!」

 女首領の弓矢が、ガノンを襲う。狙いは定めておらず、速さを重視した攻撃だった。必然、ガノンは冷静なままに距離を取る。されど、バザルァを討つことは叶わなかった。

「げほっ! やってくれたなぁ……!」

 かくて、反吐を吐きつつバザルァは起き上がった。女首領を手で制し、ガノンへと向かった。ガノンも乙女を護り、剣を構える。両者の視線が、入り交じった。

一対一サシの勝負だ。あの女は黙らせる。俺の矜持に賭けても、このまま終わるわけにはいかん」
「構わん。構わんが、騙し討ちの類は戦神にもとる。その場合は」
「知ったことか……と言いたいが、オメエの流儀じゃあそうなるか。良いだろう。おい」
「しょうがないねぇ。これだから男って奴は」
「オメエがいい女で、助かるぜ」

 女首領が、距離を取る。つられてだろうか、乙女マルティアもガノンから距離を取った。そして生まれるは、男二人の圧縮的戦闘空間。

「やろうか」
「やろう」

 両者がともに、口角を上げる。ガノンの身体が、ほのかに輝く。バザルァの双剣が、にわかに輝きを放った。

「そう簡単に負けてたら、男が廃るんだぁよっ!」

 見よ! バザルァが稲妻の如き疾さで双剣を振り落とす! その矛先は、ガノンの肩! これにはガノンも、直ちに下がって間合いを取る! 両者の距離、五歩から七歩。しかし、されど。

「同意はする。だが負けてやる気はない」

 ガノンは即座に、攻め手を発した。ジグザグに踏み込み、再度双剣を振り上げるまでの間を狙う。無論、これ自体も高度な襲撃。速さがなくば、成し遂げられぬ。双剣は連撃性を重視し、一般的な剣よりは軽く造られている。故に、なおさら速さが必要だった。とはいえ、ガノンはさしたる者で。

「ぐっ!」
「がぁっ!」

 瞬く間に踏み込んだガノンの、胴を狙った横薙ぎが飛ぶ。だが、バザルァは双剣の一本をもって打ち落とした。打たれたガノンの剣が大きく下がり、明らかな隙が生まれる。すわ、絶体絶命か?

「もらった!」
「まだだ!」

 ああ、見よ! ガノンは薙ぎの勢いを殺さぬまま、バザルァの前で一回旋を決めた! そのまま巧みに距離を取り、バザルァの片剣を空振りにせしめる。ここで両者は、軽く息をついた。なんたる応酬。なんたる高速戦闘。見守る乙女と女首領も、気付かぬままに頬に汗。いつしか気運を、戦いへと持って行かれていた。

「こぉおお……」
「かぁああ……」

 両者が深く、呼吸を交わす。一度ひとたび間違えれば、それだけで戦の趨勢を持って行かれかねない。恐るべき緊張が、場を支配していた。じり、じりり。互いに刻むように足を動かし、間合いを、攻撃の機を図る。空気の密度が濃さを増し、互いの顔に汗が生まれる。剣を振るわぬ争いは、永遠にも似て長きに渡り……

 ひゅううう……

 その時。荒れ果てた廃墟に、荒涼たる風が吹いた。砂塵が巻き起こり、両者の身体を、顔を引っ叩く。瞬間、バザルァが僅かに顔をしかめた!

「っ!」

 ほんのかすかな隙である。しかしガノンは、戦神の寵愛を受けたる男は、一切を見逃さなかった。彼から見て、右側の目。一瞬だけ閉じられたその死角から、大きく踏み込み、鋭い突き!

「チイイイッ!」

 されどバザルァとて腕利きの戦士である。輝ける双剣でもって、裂帛の突きをなんとか逸らした。されどその動きで、身体に大きな隙。そこを襲うは――

「ぐえっ!?」

 ガノンの足。剣を逸らしてガラ空きになった腰に、ガノンの即断たる左足が突き刺さった。逸らされた瞬間に剣を引き、瞬く間に身体を捻って中段の蹴り。げに恐るべき判断力。げに恐るべき身体操作。

「っぐ!」

 蹴りを思い切り喰らったバザルァが、たたらを踏む。すでに身体は、平衡を失っていた。なんとか態勢を整えんと、敵手を見る。そこにあった光景は。

「さらばだ」

 すっかり構えを整えていたガノンによる、上段からの唐竹割りだった。

#6(終)へ続く

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