盗賊VS蛮族 #2
「はてさて。『時を惜しまず奴を捜せ』とは言われたものの」
「こんな広い街じゃ、砂金の一粒を探すようなもんだねえ」
翌朝。ガノンとガラリアは連れ立ち、街に繰り出していた。無論、物見遊山ではない。【旋風のナピュル】を見つけ出し、捕らえるという使命が、二人には課せられていた。
「ともあれ、昨日は執事に助けられた。あの主人、あれであの有能を飼っていた、というのには驚きだ」
「先祖代々とは言っていたけど、よくもまあ見切られないもんだよ。不思議だねえ」
朝の市場を練り歩き、二人は街雀の声に紛れて語り合う。よくよく耳をそばだてれば、すでに口さがない者たちが今回の件を語っていた。いわく。
「強欲ジェッパードが家宝の腕輪を狙われた挙げ句、頭を踏まれて見事に盗られたらしい」
「ジェッパードは百の私兵と腕利きの護衛を雇い入れたにもかかわらず、面目を潰されたようだ」
「ジェッパードは烈火の如く怒っており、今日のうちにも捜索隊を街へ繰り出させるらしい」
などなど。噂の速さに、ガノンが舌を巻くほどであった。おまけに言われようから察するに、あの主人は相当の悪評持ちらしい。むしろナピュルを讃える声さえ聞こえたほどだった。これにはガノンも、いささか反省しきりである。
「路銀欲しさに請け負うべき仕事ではなかったやもな」
「やっちまったもんは仕方がないさね。なんとかこなす方が先決だよ」
常ならばなんとしてもこらえる後悔の弁。しかしガラリアから繰り出されるのは叱咤だ。さもありなん。後悔したところで腕輪も時間も帰っては来ないのだ。……否、腕輪については、そろそろ真実を語らねばなるまい。
「とはいえ、笑いをこらえるのには苦労したぞ」
「仕方ないね。さすがに嘘がバレちゃあおしまいだから」
人気の少ない路地裏にて、二人が笑う。それもそのはず、ナピュルが手にかけた腕輪は――
『あるじ。ご安心ください。アレは贋物にてございます』
『な、なんだとぉっ!?』
時は夜半過ぎへと巻き戻る。怒りに我を失った主人――強欲ジェッパードが、今にもガノンたちに刃を向けんとした瞬間。割って入ったのは、別室に控えていたはずの執事だった。
『勝手ながら、わたくしが本物と瓜二つを造らせていたのでございます。昨夜の内に、それをひっそりと差し替え……こちらに』
おお、見よ。執事が持ち来たった真なる【シンヂッチの腕輪】。その輝きは、硝子箱に封されていた物とは似て非なるもの。否。決して奪われた腕輪が悪いわけではない。真なる【シンヂッチの腕輪】が、あまりにも豪奢なのだ。
『おおっ、でかした! だが勝手働きは許さんとあれほど……』
『承知しております。罰は如何ほどにでも受けましょう。ですがあるじよ。どうかこの事実は内密に。ナピュルをより長く騙すためにも』
『む、む……わかっておる!』
かたや、喜びと怒りをないまぜにしながら百面相を見せるジェッパード。かたや、冷静な顔をしながら恭しく主人を立てる執事。ガノンから見てもガラリアから見ても、常の関係が想像できる状況だ。そして執事は、二人の方を見て話を続けた。
『さて、護衛のお二方』
『なんだ』
『お二人には明朝、探索に出ていただきます。そうですな……表向きは、怒れるあるじの命にて、時を惜しまずに探索し、ナピュルを引っ捕らえて来ること』
『む』
明らかに毛色の違う指示に、ガノンは顔を歪ませた。そこへガラリアが割り込む。表情の変化を見て取った、彼女なりの手助けだ。
『表向きってことは……なにか策があるってことだね?』
『さてさて、どうでしょう。存外に大物が釣れる可能性もありますからなあ』
『アンタ、食えない男だね』
ガラリアが口角を上げる。しかし執事は表情を崩さない。ジェッパードは己が無視されていることに口を荒げていたが、場の誰一人として、そちらへ意識を向けることはなかった。
「……とまあ、一通り探索はしたが」
「ガノンの旦那が、滅入る気持ちもわかるさね」
時は再び、現在へと戻る。路地裏、壁に背を預けるガノンの気力は、ハッキリと言えば萎えていた。いかに路銀の不足を埋めるためとはいえ、半ば悪党の手助けに首を突っ込んでしまった感さえもある状況だからだ。黄金色の瞳は不機嫌にけぶり、常ならば荒々しくいからせている体躯も、どこか萎んだようにさえ見える。気力の充填一つで、人はここまで変わるのか。常ならぬ姿に、ガラリアはもまた心を痛めていた。だが、彼女にはこの男を立てる使命があった。そうしなければ、彼女は狩られる側なのだ。技を見抜かれた遊び人は、標的にされる。荒野の厳しい哲学を、この女もまた知り尽くしていた。
「しかし始めちまった旅路は、終わらさなくちゃいけない。つまるところ、終わらせ方だねえ」
「そうなるな」
不機嫌を隠さぬままの目を遠くへ差し向けながら、ガノンはガラリアに応じた。一度役目を請け負った以上、なんとしででも腕輪は護らねばならぬ。さりとて、あの強欲ジェッパードを高笑いさせるのも少々腹立たしい。と、すれば。いかに。
「それについちゃあ、俺に少々腹案があるんだが。乗るかい?」
「何奴!?」
不意に割り込んで来た第三の声。二人は慌てて、その方角を向く。視線の先には、男とも女ともつかぬ人物。不敵な笑みを浮かべた、未だ年若く見える人相だった。背丈はガノンの七割程度。中肉中背。顔は大変に整っており、髪は金の直毛が肩まで。その事実が、より一層性別の判断を難しくしていた。ともあれ人物は、先手を取って二人に一礼をした。
「おおっと。そうだ、普段は風に紛れてたっけ。昨日はどうも。この俺が、【旋風のナピュル】だ」
「……」
直後、無言のままにガノンが動く。一息に数歩を詰め、瞬く間に討ち取らんとする動き。だが――
「ガノンの旦那。ちょいとお待ちよ」
ガラリアからの言葉が、すんでのところでガノンを止める。あと一歩でも詰まっていれば、ナピュルの首が飛んでいただろうか。ともかく、両者は顔を突き合わせる位置で睨み合った。そして。
「……いいだろう。おまえに預ける」
一体、いかなる心境の変化であろうか? ガノンは剣を背に納め、ガラリアに主導権を譲り渡した。常のガノンを知る者であれば、これがいかに異様かはわかるはずだ。常に己の信念に従う男が、他者に行動を委ねた。まったく不可思議な展開である。
「助かるよ。で、自称ナピュルさん」
「おいおい。俺を疑ってるのかい?」
「気を悪くしたならごめんよ。疑うと言うよりは『確証がない』と言ったところさね。昨晩だって、アタシたちは顔を見てないしね。そもそも」
「まあなぁ。わざわざ下手人が、追手の前に顔を出すかって話だ」
ナピュルが、ケラケラと笑う。その顔はいやに人懐っこい。追手側という事情がなければ、あっさりほだされてしまいかねない笑みだった。
「その通り。まがい物ならとっとと帰る方が身のためだ。ホンモノなら、両手と腕輪を差し出しな。そうしてくれたら、アタシは見逃しても良い」
「嫌だね。アンタが見逃しても、そっちの南方蛮族……見たところ、ラーカンツ辺りかい? まあいいや、ラーカンツの民が、俺を仕留めるって話になる。俺にはわかるんだ」
ナピュルが肩を竦める。ガラリアはしばしその表情をじいっと見つめた。遊び人とは、賭けを生業とする民である。相手の目を見、真偽心中を見透かすことは、初歩の初歩と言ってもいい。ややあってから、彼女は目を外した。そしてナピュルにならい、肩を竦めた。
「参ったねえ。アタシの脅しも通用しないと来た。ついでに、目を見る限りは言ってることも本気だよ。ガノンの旦那、どうするね?」
「聞くだけならば、構わん。話に乗るかは、それからだ」
「ありがてえ。俺だって、なにも無為にアレを狙ったわけじゃあないからな」
ナピュルが、苦笑いを見せる。ガノンは表情を崩さない。両者の空気は、戦一歩手前のままだ。それを崩すためであろうか。ナピュルが、唐突に口を開いた。
「俺が贋物を掴まされた【シンヂッチの腕輪】。アレは元はと言えばコッチのモンだ。聞くこと聞いて、多少でも思うことがあったなら。どうか俺の腹案に乗っくれ」
「……」
その時ガラリアの見たナピュルの目には、曇りが一片たりとも見えなかった。