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遊興の女、奔る #3
その優男を見た際のガラリアの感想は、『胡散臭い』であった。さもありなんである。警邏が待つか、野盗が出るか、と言わんばかりの心持ちで扉を開けたらば、現れたのがこの男である。街の様相に不似合いなほどに身なりが良く、瞳の色が見えないほどに目が細い。そしてなにより、己について知っている。彼女の直感が警鐘をかき鳴らすのも、致し方のない話であった。それ故彼女は、後ろ手に扉を握ったままであった。しかし。
「おう、【坊っちゃん】。それが、例の蛮族男のお連れさんかい?」
「そうだよ。今連れて行くから、ちょっと待ってて欲しい」
奥から掛かった声が、彼女から退出の隙を奪い去る。【坊っちゃん】と呼ばれた優男は、あくまでガラリアに視線を合わせたまま、話に応じた。これでは、逃げようにも逃げられない。彼女は遂に、扉を手放した。すると、見計らったように。
「まずは落ち着いて欲しい。これは罠じゃない。昼間も言った通り、ボク……ボクたちはキミの味方だ。味方になろうとしている。そこを、わかってもらえると嬉しい」
「……そう。アンタが昼間の」
「そうだよ。その辺りについて、ボクたちが嘘をつくつもりはない」
「わかったわ」
幾分かの用心は残しつつも、ガラリアは首を縦に振った。すると【坊っちゃん】は、彼女を奥へと案内する。そこには。
「だいぶ用心されたみてぇだなぁ、【坊っちゃん】」
「【坊っちゃん】、決して良い人相じゃねえからなあ」
「いや、人相は良いだろう。こう、笑って人を罠に嵌めそうなツラをしてるってだけだ」
「ソイツを、人相が悪いって言うんだよ」
「間違いねえ!」
見るからに快活な男どもが七、八人。酒も飲まずに、卓を囲んで待ち受けていた。しかも、その中には。
「……アンタ、どこかで見たような。いや、気のせいか」
なんたること。かつて裏通りで接触し、見事にかわされた裏社会風の男さえもがいるではないか! これは、一体。ガラリアは、この集団を訝しんだ。しかしそのことは、おくびにも見せずに。
「そうだね。きっと気のせいだよ」
かつて男姿を選んだ自分を讃えつつ、素知らぬ振りをした。やり返し? 否。ここで恥をかかせても、互いのためにならないからだ。のちのち、ゆっくりと明かせば良い。もっともそんな時間は、ほぼほぼ皆無なのだが。
「【親分】。その違和感は大事だけど、多分今じゃないね。ひとまずボクから、今回キミに声を掛けたいきさつを明かしたい。みんなも、それで良いね?」
【坊っちゃん】が二人の間に割って入る。どうやら彼が、この集団の引っ張り役らしい。ガラリアはそう見定めると、ようやく腰を据えて集団を見回した。皆が皆、一様に若い。おそらくは全員、この街の統治のあり方に疑問を抱いているのだろう。自分も含め、若い頃には罹りやすい病気と言えた。
「まずコトが起きたのは三日前。この街に入った蛮人が、半刻も経たぬ内に殺人の罪で捕らえられた」
「ん」
「うむ」
【坊っちゃん】の言葉に、全員がうなずく。ガラリアもまた、同じように振る舞った。ここはひとまず、様子見をしておくに限る。
「だが実際に発端となる出来事は、さらにその半日ほど前に起きた。夜更け、市井の娼婦が横死を遂げたんだ」
「へえ」
ここでガラリアは、初めて声を発した。そう。その事実は、いくら嗅ぎ回っても掴めなかった。否。より正確には、誰に聞いてもだんまりを通されてしまった。己の力不足か、それとも。
「まあ敢えて言ってしまえば、この街ではそこそこ起こり得ることだ。娼婦は、実に不幸だった。だが、今回だけは話が違ったんだ」
「ふむ?」
ガラリアは、思わず相槌を挟んでしまった。彼女とて、市井で横死が多いことなどよく知っている。警邏だけでは手が足りず、余程のことでなくば動かぬこともよく知っている。だが、話が違ったということは。
「その横死――正確には斬殺に、目撃者がいた。その者は警邏に駆け込み、この街に住む者なら、誰もが知るであろうその名を告げた。領主の息子、エトワーニュ君であると」
「まさか」
「そう。そのまさかだよ」
【坊っちゃん】の言葉に、ガラリアは唖然とした。だとすれば、すべてに説明が付く。ガノンが目を付けられた意味。誰に聞いても、素知らぬ顔をされた意味。そして今ここに、奇妙な一団が集っている意味。ああ、それは。
「そう。キミの連れ、蛮人さんは。その出自と目立つ図体が故に、格好の押し付け先となったのだ。悲しいことだよ。目撃者の娘も消されている、もしくは、なんらかの手法で記憶を改竄させられている。かの男を救える者は、誰もいない。素行不良の傾向があるエトワーニュ君は護られ、すべてはこともなく収まる。蛮人一人が、刑場に流す血と引き換えにね」
「そんなこと……」
「させない。だからこそ、キミは男の姿をまとい、街の闇へと潜り込んだ。闇の社会に、活路を求めた。そして偶然とはいえ、【親分】とも出会った」
名前を出された【親分】が、顔を引きつらせる。そう。彼はガラリアに嘘をついた。己は知らぬと、嘘をついた。ガラリアに当時、ただでは置かぬと宣言をされた。両者の視線が絡み合う。しかし、【坊っちゃん】は。
「そこまで。その時点ではボクらにも確証がなかった。ここに顔を出している【親分】も、表向きにはこの街を統べる者に従わざるを得ない。不幸な行き違いだった。そう思って欲しい」
再度二人の間に入り、両者が動くのを差し止める。こうなってはガラリアも、あの折の宣言を引っ込める他なかった。相手にも理があると知れれば、怒りも多少は収まるものである。むしろ怒りの対象は。
「わかったよ。しかし」
「そうだね。コトのあらましと経緯がわかったところで、解決策がなければどうしようもない。そして肝心なことに、ボクたちが何者であるかも、ハッキリとは明かしていない」
「その通り」
ガラリアは【坊っちゃん】へと間合いを詰めた。今こそ、この不思議な男が何者であるかを見極めねばならなかった。この都市の、裏の裏まで知る人物を。
「だからこそ、ボクは堂々と名乗ろう。はじめまして。荒野を旅行く、遊興のお方。ボクは、この街を統べる者の三男坊。かのエトワーニュ君の弟。コズニックだよ」
おお、見よ。【坊っちゃん】。否、コズニックは、紳士の礼をもってガラリアへと正体を告げた!
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