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敗将と蛮人 #3(終)

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 それから先は、端的に言って凄惨を極めた。冥界の内、罪人が至るという【罰獄】を思わせるような有様だったと、言い添えておく。

「容赦は要らんぞ、斬り捨てろ」

 パラウスの追撃を諦めたガノンが、賊どもを切り払いつつこちらへ向かう。よく見れば、その身体はほのかに輝いていた。その姿に、私は直感する。彼は、なんらかの神――伝え聞く南方蛮族の風習からすれば、戦神であろうか――の【使徒】なのだ。それならば、先に言っていた【闇】に対する戦績にも合点がいく。【闇】は人を愛するが故に力を与え、人ならざるものへと変えてしまう。それらに打ち勝つには、神の加護や紋章紋様、文言の力が不可欠なのだ。

「閣下、我々も」
「うむ」

 背中から配下の声。我々は声を合わせ、『二人で一つ』の文言を唱えた。途端、両者の甲冑に刻まれた紋様が輝く。二人が背中に立つ限りは力を失わぬ、【結束合力】の紋様だ。神の力としては、情愛神の系譜にあるらしい。虎翼軍では、汎用されていたものだった。皆失われたのだが。

「通じるかは、怪しいですな」
「通すまでよ」

 紋様の効力かは不明だが、心底より気概が湧き起こる。そうだ。私は帰らねばならない。辺境伯の元へと戻り、此度の敗北と、【闇の伝道師】なる者の暗躍を告げねばならない。奴の目的は不明だが、今後も匪賊野盗の跳梁跋扈は起こり得る。それらが此度のように、【闇】で強化されていることさえもあり得る。策を、軍の強化を練らねばならない。故に、二人で生きて帰る必要があった。

「行くぞ!」
「はいっ!」

 私たちは背中合わせを維持し、防戦に取り掛かる。四方八方より襲い掛かる匪賊を切り払い、隙あらば首を断ち、心の臓を貫いて動きを止める。そこに慈悲などない。【闇】に侵された者に慈悲を掛ければ、時を置かずして我々の死骸が荒野に残ることになる。そのような不得手を晒すほど、私の軍歴は短くなかった。

 かくて、我々は決死の脱出行に挑むこととなった。ガノンが戦神の神威をもって賊どもを蹂躙し、私たちは背中を預け合ったまま防戦と迎撃に務めた。腕の一本やそこらでは容易く起き上がる連中は厄介だったが、それでも、最後には切り抜けることに成功した。もはや首魁が誰だったかもわからぬ有様と成り果てたが、それについてはパラウスがあのようなことをしでかしたのが悪い。そう思うことで、私は強引にこの事実を飲み込んだ。

「ねぐらには火を掛けるぞ。【闇】が、屍体を利用しかねんからな」

 すべてが終わる頃には、すでに夜闇の中となっていた。ガノンは手際良く松明を準備していた。油の量は少ないが、火を強めるための薪ならば、廃材がそこら中にあった。心もとない油を撒き、いくつかの箇所に火を付ける。やがて炎が、廃城を包んだ。

「ガノンよ。此度は真に助かった。礼を言うぞ」

 安全な場から炎を見やりつつ、私はガノンに礼を言った。

「構わん。おれは雇われだ。報酬を貰うまでは、相応に働く」

 ガノンもまた、炎を見据えたままに言った。赤銅色の肌は炎に照らされ、より赤く染まっている。そんな蛮人の男を見ながら、私は不意に想像に駆られた。この男を、私の配下に据えられたならば。否、私でなくとも良い。辺境伯閣下の、幕下に置ければ。それは辺境伯の威光を増すことに繋がるはず。

「ガノンよ」
「どうした」
「もしも、もしもだ。そなたに行く宛がないのであれば。辺境伯閣下の幕下に入らぬか。此度の報酬に合わせ、この私が相応の地位を辺境伯閣下に掛け合おう。どうだ?」
「断る」

 にべもない返事。ガノンの顔が、私へと向く。その黄金色の瞳は、不機嫌にけぶっていた。

「約定は約定通りに、だ。おまえに手持ちがない以上、おれはおまえの居所までは同行する。だがそれ以上はない。今回の件は、おまえの手柄にしろ。おれはあくまで、おまえを助けただけだ」
「……良かろう」

 やはり、と私は思った。なんのことはない。最初から想像はついていた。この男は生粋の漂泊であり、何者の下にも付くことはない。そうして気の向くままに各所へ赴き、その土地土地でこういった戦いを引き起こすのだろう。取り逃がした魚は大きいが、不思議と咎める気にはなれなかった。悲しさもない。むしろ、どこかスッキリしていた。騙すような真似に至らず、最初から打ち明けたからであろうか。

「そろそろ火も消える。行こうか」

 私はガノンを促した。傍に控えていた配下が、私の気配を察して立ち上がる。今からの私の使命は、兎にも角にもこの男を我が在所まで連れて行くことだった。報酬を受けるまでは去らないだろうが、それでも十全な注意は必要だった。

「うむ、行こう」

 ガノンが、私の後ろに立つ。配下の気配は、さらにその後ろ。逃さぬように取り計らっているのだろう。彼の献身には、頭が下がる。我が身はどうなろうとも、褒美は弾まねばなるまい。ただしそのための家路は、まだまだ遠いものだった。

敗将と蛮人・完

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南雲麗
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