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ガノン・ジ・オリジン(ピース・ツー)~戦神~ #3

<#1> <#2>

 それから幾年いくとせ……と言うには少し長い年月が過ぎた。ガノンの中でも、すでに戦神参拝の記憶は遠いものとなり、戦いの彼方へと消え失せていた。とはいえ、彼は錬磨を怠らなかった。怠惰と怯懦を戦神にもとる行いとして嫌い、ただただひたすらに己を磨いた。
 結果として十四の歳にて戦神奉納の戦に挑むこととなり、そこを足がかりとして、ラーカンツの外へと飛び出した。
 外へ出てからも彼は変わることはなく、文明の渦中にあってなお、己の信念を貫き続けた。そしてその果てに、一つの大戦おおいくさを迎え、彼はいたく傷付いた。そして――

「ガノンよ。おぬしはまだ、『戦神』がなんたるかを理解しておらぬ。おらんよ」
「どういうことだ。おれは常に戦神に向けて祈りを捧げ、戦いと敵の首を奉納してきた。それでいてなお、戦神を知らぬなどと」
「ほっほ。それは戦神の表の姿よ。戦神は戦いと勇敢、錬磨を愛し、怯懦と怠惰を酷く嫌う。だが、だがじゃぞ? 戦いとは、一人のみで起こせるものか?」
「己との戦いは、戦いではない。そうのたまうのか」

 荒野の外れ、とある山中。ある大戦を経たガノンは傷付き、そして倒れた。そんな彼に差し伸べられた手こそが、問答の主であった。主は白髪を伸ばし、白髭を伸ばし、世捨て人が如き風貌をもってガノンの前に現れた。主はガノンに治療を施し、その回復まで付き合った。やがてガノンが落ち着いて話せるようになった頃。主は先述した問答を仕掛けたのである。それも、さも戦神を知った風にだ。

「否。戦いには変わらぬぞ。されどそいつは、小さな戦じゃ。戦神は、猛き者を好む。錬磨の運命を課す。おぬしはそれに導かれ、荒野へと躍り出た。そうだろう?」
「知った風な口をきかれるのは気に食わんが、その通りだ」

 白髪の男の言い回しに閉口しつつも、ガノンは首を縦に振った。白髪の男も、同様にうなずく。その顔は、満足げであった。そこに向けて、今度はガノンが踏み込んだ。

「おまえはなぜ、戦神を知る。おまえはなぜ、おれを知る。問う。おまえは何者だ。答えられなければ、おれはここを出るぞ」

 ガノンは身体に力を入れ、起き上がろうとした。その赤銅色の肉体には、未だ生傷が多い。そのほとんどが、先の大戦で負った傷だった。敵はあまりにも強く。そして数が多かった。己一人では首魁を追い詰め、切り殺すのが精一杯だった。他で起きた、事象は知らぬ。されど荒野が、騒擾には塗れていない。それだけが、大戦の勝利を彼に知らしめていた。

「ほっほ。まだ五割ほどしか回復しておらぬのに、良い意気じゃ。されど、それで死なれてはワシも寝覚めが悪い。故に、正直をもって告げるとしよう。ワシの名はウロタバ。おぬしの前に、戦神の加護を受けていた身の上よ」
「なっ……!?」

 この告白に至って、ガノンは激しく驚いた。己より以前に【使徒】がいないと思うほど、彼は傲慢ではない。しかし、まさか先代の【使徒】が存命だとは思いもよらなかった。なぜなら。

「同じ神の【使徒】というのは、同じ時代に二人は存在できぬのではなかったか」

 そう。【使徒】とは、神に選ばれし者である。それ故に、同時に二人の【使徒】を扱うことは、いかなる神をもってしても不可能である。戦神もまた、同じくである。そのように、ガノンは先人たちから聞かされていた。にもかかわらず。

「落ち着けい。ワシはもはや、戦神の加護を持ってはおらぬ。かつて、『去る』と告げられての。その時にすべてを失うたわ。わずかな残り火の効力で、おぬしの存在といきさつは知った。だが、それ以上のことはできぬ身よ」
「……」

 ガノンは、ウロタバを強く睨んだ。彼は未だ、この男をどう扱うべきか迷っていた。されど、同時に分かることが一つだけあった。この男は、騙りではない。それだけは、しっかと理解できた。なぜなら。

「……戦神を騙る者として、罰を受けていない。その事実だけで、おまえの話を聞く意味がある。そういうことか」
「その通りよ」

 そう。神の加護を騙る者は、その騙られた神より神罰を受ける。こと南方――ラーカンツの地においては、強く信仰されている原理であった。少なくともガノンが信ずる限りでは、ウロタバはすでに神罰を受けているべき人間であった。しかしながら、それは起きてはいない。その事実こそが、ウロタバを信ずるに値する出来事であった。

「わかった。おまえの話を信じる。戦神の導きにより、おれと、そのいきさつを知った。それも受け止めよう」

 ついにガノンは、ウロタバの言葉を受け止めた。頭からの否定を捨て、身体の芯で一度受け止める。その決意を、固めたのだ。そんな彼の、黄金色の瞳を見て。ウロタバは髭に塗れた口を開いた。

「感謝する。さて、話を戻そう。戦いと勇敢、錬磨を愛する戦神が、真に好むものとはなにか?」
「……内面ではなく、一人によって行われる小戦こいくさでもない。さすれば……軍が隊を連ねてぶつかる、大戦か?」
「それもそうじゃの。あとは大いなる困難から逃げぬ者。己を奮い立たせ、挑む者。いきさつを知って思うたが、まあおぬしは実に好まれておる。戦神好みの男だわい」
「そうか。戦神の【使徒】として、相応しく思われているのだな。それは良かった」

 ガノンは、またもうなずいた。他者の視点を介しているとはいえ、己が、己の信ずる神に恥じない働きができている。その事実だけでも、光栄だった。だが。

「だが、おぬしには足りぬ点がある。一つは一人働きを好む故に、大戦を起こせぬこと。今一つは」
「今一つは」

 ガノンの復唱を、ウロタバの目が受け止める。鋭く光る目が、異様に眩かった。

「おぬしの性格、そして南方蛮族の戦神崇敬による気質であろうな。戦神の【加護】を、意図的に抑え込んでおる。これでは戦神も、窮屈が過ぎる」
「な――」

 これにはガノンも、驚くほかなかった。己に力を授けるはずの戦神が、今なおその本領を発揮できていないというのだ。今でさえ、神の御力に相応しいと思えるほどの力を授かっているというのに、ウロタバは『抑え込んでいる』などとのたまうのだ。言葉に心当たりこそはあるが、素直に承服することはできなかった。

「……」
「ガノンよ。素直になれい……などと申したところで、そうそう簡単に縛りは解けぬな。戦神は、挑む者に力を与える。戦を生み出す者に、生き抜くための能力を授ける。それを縦横に振るうためには、おぬしのその縛りを解かねばならない。故に」
「故に」
「おぬしが回復したところで、この山にて修練を積んでもらう」
「……良いだろう」

 ガノンは、いともあっさりと提案を受け入れた。本来であれば、一笑に付す言葉であっただろう。しかしながら、ウロタバは先代の【使徒】であった。さらに言えば、先の大戦で彼は首魁を打ち倒すことしかできなかった。首魁が起こした他での騒ぎを、彼は見殺しにする他なかった。それによって起こった結末を、彼は知らぬ。己に力があれば、すべてを救えたのかもしれない。だが、それは不可能に過ぎた。その後悔が、彼に首を振らせたのだった。
 『戦神に頼り切るべからず』。過去に偉大なる敵手から受けた薫陶を、彼は未だ忘れてはいない。されど、己にはまだ伸びしろがあるとも聞かされた。なれば。それを踏破せずして、なにが戦神の【使徒】であろうか。己を鍛え上げ、その上で戦神の御力を大いに振るう。この形であれば、戦神の加護という『甘い蜜』も、きっちり飲み干したと言えるだろう。ガノンは敢えて、戦神の懐へと踏み込む覚悟を決めたのだ。

「良し!」

 白髭の男が、カラカラと笑った。ウロタバは、鋭い目を細め、さらに言葉を継ぐ。

「なに。ワシはきっちりとおぬしをしごくぞい。ついでに、他者との手管も教えてやろうぞ」

 その濁りつつある色の瞳には、確かな輝きが備わっていた。

#4へ続く

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南雲麗
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