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盗賊VS蛮族 #3
「……いきさつを聞こうか」
ナピュルの言葉から少し経って。ようやくガノンが口を開いた。ならず者特有の話術か? あるいは、己の立場を優位にするための手管か? あらゆる可能性に思考を馳せた結果、遂にガノンは率直な決断を選択したのだ。その間ナピュルは、不動のままに二人を見ていた。なんたる胆力。なんたる精神力。
「ありがとよ。まあ長くはない話だから、構えずに聞いてくれよ。これでも俺の先祖は、元々貴族をやっててね」
「へえ。お貴族様だったんだ」
「そうだ。俺の三代前までな」
ガラリアが挟んだ相槌に、ナピュルはすかさず切り返す。彼女は内心で舌を巻く。なるほど。たった一人で、盗賊として名を成すだけはあるのか。
「そう。三代前。俺のひいじいさんかな。ソイツが政争に負けて、手酷く破滅した。ひいじいさんは蒐集家でもあり、いろんな品を集めていた。だが、ソイツも全部散逸しちまった」
「つまり例の腕輪も」
「そういうこった。どういう流れかは知らねえが、【シンヂッチの腕輪】は、元来アイツの持つべきモンじゃない」
「……」
ガノンは、思わず腕組みをしてしまった。ナピュルの言うことが真実であれば、己が取っている行動はまったくの不義である。戦神に対し、罪を贖わなければならぬかもしれない。しかし。
「とはいえ、我々も契約を交わしている。それを破れば、契約神の加護により」
「だろうなぁ。わかっちゃいるさ。あのジェッパードが、そのへんをぬかるわけがない。アイツは、自分の財を護ることに懸けちゃ一流だ」
「よく調べてるねえ」
「俺は盗賊だぜ? 相手を知らなきゃ、盗めるモンも盗めねえ」
ナピュルの口角が、わずかに上がる。一方ガラリアも、口の端をにわかに動かした。どうやら互いに、思うところがあるようだ。
「ともあれ。一筋縄じゃいかないことは俺もよーくわかってる。そこで、だ」
ここでナピュルが数歩、間合いを近付けた。ガノンは反射的に警戒態勢を取る。しかしガラリアが、仕草だけでそれを阻んだ。ナピュルは容易く接近し、二人の前で声を潜めた。
「ちょいと聞いとくれ。コイツは俺の腹案だ。俺は明日の夜、再び盗みに入る。そこで……」
「そこで、どうするんだい? さては、仕組み勝負」
「いいや。勝負自体は真っ当にやる。俺も、ラーカンツの旦那とはしっかり決着を付けたいからな」
「ガノンだ。なるほど。だが、さすればおまえに勝機はないぞ。契約に基づき、戦神に誓って。おれはなにがあろうと勝利する」
ガノンは訝しんだ。大きいパーツで構成された厳つい顔が、疑問に歪む。ナピュルが、今度こそ真っ向勝負を挑んでくるのであれば。それはガノンに敗れて終わる戦いである。ガノンにとっては、そうなるべき戦いだからだ。
「だろうな。だが、俺だって腹案は使いたくない。だから、ここで手を組むにしても。俺の手の内は伝えねえ」
「構わん。戦神に誓って、おまえの守りを打ち破って見せる」
「旦那がいいと言うなら、アタシはなにも言うことはないね。問題はアンタの腹案だよ」
ガラリアからの問いに、ナピュルは一際声を潜めた。人通りの少ない街角に、陰謀の声だけが響く。
「なぁに、話は簡単さ。俺が捕まり、アンタたちがジェッパードから報酬をせしめる。そうすりゃあ、アンタたちを縛る契約は終わりだ」
「なるほどね。読めたよ」
「そう言ってくれると、ありがたいぜ。旦那は?」
「……いいだろう」
水を向けられたガノンは、言葉少なにうなずいた。彼は陰険な策、戦いをかき乱すような策を好まない。だが、此度の策略自体はそこまでのものではない。そしてなにより、ナピュルとの戦に嘘はない。その事実が、彼にこの陰謀を許諾せしめていた。
「よし。協定成立だ。俺はこれからジェッパードに予告状をぶつける。すべては、明日だ」
「うむ。覚悟しろ。おれは戦神に誓っておまえを砕く」
ナピュルの姿が、突如起こった突風に包まれる。巻き上がる礫から二人が己を守った後。路地からすでに、盗賊の姿はかき消えていた。
***
「すべては今夜だ!」
翌朝。強欲ジェッパードは小太りの体を揺らして息巻いていた。先の邂逅で二人に告げられていた通り、ナピュルから再度の予告状が叩き込まれたのだ。彼の執事が施した欺瞞は見破られ、再びの決戦が確定した。この事実は、彼を滾らせるのには十分だった。
「特にそこの蛮人と女! わかっているな? 我は貴様らをポメダ五百金で雇い入れた。この通り、契約神に誓いを立てた書面もある。破ればどうなるか……」
「わかっている」
「今日も今日とて茹だってるねえ。大丈夫だよ。契約神の怖さは、よーく知ってるからね」
ジェッパードに粘っこい視線を向けられたガノンとガラリア。そこに一昨日の失態を咎める要素があったのは明白だ。しかし二人は、極めて冷静にそれをさばいた。そもそもこの程度の脅迫で縛られるほど、二人は惰弱ではない。荒野の旅で磨き上げた、強靭にしてしなやかな意志が備わっている。
「フ、フン! わかっているならいい! 布陣は先日と同じだ。同じ轍は許さん。必ず奴を捕らえろ」
「わかっている。今回はおれも、抜かりなく行く。ガラリア、構わんな」
「あいよ。例の仕掛けは?」
「要らん。おれが仕留める」
「ん。了解。護りについては……」
「あれについては、予想がすでにできている。なんのことはない。戦神に誓って打ち破る」
ジェッパードからの威圧をさらりといなし、二人は己の迎撃案を組み立て始める。これにはさしもの強欲も、黙って見送る以外の方策を持たなかった。かくして、時は夜を迎え――
「来たぜ」
敵は、あまりにも正面から現れた。風の護りを活かしてなのか? 正面――部屋の入口から現れたにもかかわらず、血の臭いなどは一切漂って来ない。私兵とはいえ、五十は下らぬ男どもをすべていなしてきたというのか? あるいは――
「風を利して、すべてを飛び越えたか? それだけの技があれば」
「ラーカンツの旦那。それだけは言っちゃいけねえ。俺にだって、盗賊の矜持ってモンがあるんだ。姿を見せずにただ盗むなんざ、ただのコソ泥。コソ泥と盗賊は違うんだ。俺ん中じゃあな」
相手は、風の護りを絶っていた。男とも女ともつかぬ背格好を保ち、己こそが旋風のナピュルだと、指し示していた。直後、再び風が、ナピュルを包む。
「だから行く。俺は、堂々と盗む。アンタを倒してだ」
「ならば倒す。約定に沿い、戦神に誓って。おれはおれの力で、おまえを倒す」
ガノンの身体が、ほのかに光る。戦神の祝福が、蛮人を包む。戦神の加護と、風の護り。真っ向勝負が、ここに始まらんとしていた!
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