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闇なる盾 #6
「オオオオオ!」
見よ、ガノンが【闇なる盾】へと向けて剣を振りかざす。そして剣は、恐るべき速度で盾へと向けて突き進んだ。ああ、このまま無惨に、盾は断ち割られるのか? 否! 見よ、盾の寸分ほど上にて、ガノンの刃は止まっている!
「ぐ、ぬうっ……!」
ガノンが腕に、力を込める。額からは、汗が流れ落ちる。されど、刃はそこから進まない。そう。ガノンは刃を止めたのではない。盾の不可思議なる力によって、盾に当たる前に『止められた』のだ!
「ちいっ!」
盾が再び、不穏に輝く。ガノンは先の力場による攻撃を思い起こし、間合いを取った。直後、貫くような不可視の一撃が、ガノンの立っていた位置を突き抜けた。
「……!」
間合いを測りながら、ガノンは推測を立てる。竜巻、力場。そして先の結界めいた壁と、不可視の一撃。おそらくは。
「壁で衝撃を吸収し、その力をもって反撃の矢としている……」
彼は呟く。もしこの推測が真実であれば、乱撃をもって盾を攻めたとしても、大きな反撃を受ける恐れがある。だが。
「推測だけでは、戦は成り立たん。起きてもいないことに怯えるは、戦神にももとる」
ガノンは、一息に距離を詰めた。盾による制止力場は、確かに動作している。しかしガノンは、己の加護をもってそれを弾き返した。そして。
「ふんぬぁ!」
浴びせる。乱れ打ちの、斬撃を浴びせる。壁に当たればまた振りかぶり、また一撃を浴びせる。どこかに隙はないかと、叩き続ける。しかし。
「く!」
またしても盾が輝く。ガノンは敢えて、そこを踏み込……めなかった。
「ぐあがっ!?」
なかば博打じみて盾の反撃に挑んだガノンを待ち受けたのは、不可視の反撃。それも、浴びせた分だけ。複数の貫通攻撃が、ガノンの身体を撃ち抜いたのだ。幸いにして、彼は重要部分――心臓、頭部など、戦闘に影響の出る箇所――だけは守り抜いた。されど。一つ一つの傷は浅くとも、それが重なれば重傷となる。ありていに言えば、ガノンの身体はズタズタにされていた。四肢を震わせて立ち上がるが、状況に光明は見えぬ。それでもガノンは、己の喉に意志を込めた。盾の持ち手が、『そう』であると信じて。
「ダラウとやら。ヘムスカどのを覚えているか!」
身体を動かし、盾に攻撃を仕掛ける。説得を試みるとはいえ、戦意を失ったわけではない。その区別は、ガノンの中で付いていた。如何に説き伏せようと、拒まれれば終わりなのだ。故に、仕掛け続けねばならない!
「ヘムスカどのはな。最後までおまえのことを気にかけていたぞ! 気に病んでいたぞ!」
一撃を浴びせ、反撃をかわし、ガノンは盾に呼びかけ続けた。たとえ人であるを失っていようが、その奥底に響くものはある。そう信じた。常のガノンからすれば、あるまじき選択肢である。だが。今の彼がこの盾に勝つには、その択を取る他なかった。恐るべき力を持つ【闇なる盾】。それを打ち倒すには、持ち手の意志も必要なのだ!
『……ヘム、スカ?』
果たして、盾の向こうより答えはあった。その者が人の体を成しているかは、盾に隠れてわからない。されど、盾の奥底から、意志を引きずり出すことはできた。ならば!
「そうだ、ヘムスカどのだ! おまえが盾の秘密を共有した朋友であり、ともに村の暴走に抗った者だ! そいつは、おまえを裏切る形になったことを悔やんでいた! 村の行く末を、気にしていた! おまえは、ヘムスカ殿に現在を誇れるか?」
『う、うぐ……』
盾の向こうから響く声は、鈍い。しかし盾からの攻勢は緩んでいる。ガノンは己に強いて大きく踏み込み、わずかな隙を突いて盾の裏へと回る。するとそこには。
「っ……」
いた。黒い紐めいた触手に絡め取られ、盾と半ば強制的に一体化された男がいた。うわ言のように、なにかを呟いている。呟いているが、その声は不明瞭だ。
「名を、名を名乗れ」
本能的に、目を背けそうになる。しかしそんな己は、戦神にはそぐわぬ。ガノンは己に強いて、男に声を浴びせた。
「だ、ら、う……だべ……」
たどたどしくも、返事。ガノンは、さらに続けた。
「やはりダラウどのか。今解き放つ」
ガノンは、剣を構えた。手頃な剣である。無銘無紋の剣である。されど、戦神の御力なれば。
「ぬぅん!」
ガノンは、全力をもって剣を振るった。二本、三本、触手が落ちる。だが、解放はならない。他の触手が、剥がれた箇所を覆うように伸びて。
「ぬぐうぅっ!?」
そのうち一本の触手から、再び。不可視の一撃がガノンを穿った。急所こそ外したものの、肉体のど真ん中を撃ち抜かれた。絶体絶命。一撃で仕留めねば、いつかは己が心臓を撃ち抜かれる。さすれば、終わりだ。
「ヘムスカどの、すまん」
故に、ガノンの決断は迅速だった。ダラウの解放を諦め、殺害する。一見果断と見えるその動きは、しかし。
「く……来るだべ!」
意外なる一声によって、正しいとわかる。声の主は?
「お、オラを殺せば、盾さんは止まる、だ!」
そう、ダラウその人! ガノンの叱咤に呼応し、意志を取り戻したのであろうか? 触手に絡め取られながらも、必死に叫ぶ!
「感謝する。そして、すまん!」
見よ。ガノンは今こそ己に我慢を強いた。口の端を強く噛み、歯を食い縛った。
「ぬ、う、うううんっっっ!!!」
無銘の剣を、ダラウのほとんど干からびた身体に向けて振り下ろす。触手が集い、ダラウを護らんとする。しかし。
「盾さん……もうやめにするだ……!」
ダラウ自身が、盾を拒む。受け入れない。触手は絡む先を見失い、空しくうねる。その隙を、掻い潜って。
「はあっ!!!」
遂に、ガノンの剣がダラウを断った。
「あ……が……」
ダラウの身体が、触手から離れて崩折れる。もはや枯れ木と化していたダラウの身体は、衰弱が甚だしい。おそらくは、盾に精気を吸われていたのだろう。一刻の猶予さえも、許されなかった。
「ぬんっ!」
ガノンは寸分の迷いさえもなく、ダラウの喉に剣を突き立てた。持ち手を失った盾が、大地へと転げ、音を立てた。その瞬間だった。
「かひゅっ……!」
ダラウの口が、空気を漏らす。ガノンはその姿に、内心で詫びを入れた。無理に生かしてしまえば、また【闇】に陥れられかねない。一度【闇】を受け入れてしまった者は、死してなお【闇】にその心身を弄ばれる恐れがある。無慈悲ではあるが、殺すのが最善の決断であった。
「詫びの言葉も聞かずに、すまぬ」
ガノンはダラウの目を閉じる。そしてそのまま、村の跡地に火を付ける準備を始めた。死の痕跡が色濃く残る村を、完全に滅するためである。
こうしてこの日。滅びかけていた村は、まさしく滅んだ。その名は史書にも残されず、寒村に起きた不可思議な出来事として、寓話に伝わるのみとなった。
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