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強者、強者を想いて(後編)

<前編>

 きっかり二刻後。ヴァンデサクロの姿は、名もなき廃城の前にあった。そのエメラルドグリーンの瞳で廃城を睨み付け、潜みし敵手の気配を探る。十、二十。否、三十は下らぬであろうか。死に際の回答にしては、なかなかの獲物を差し出してくれた。彼が抱くは、少々見当のズレた感想。ともあれ、彼は中への侵入を試み。

「おめぇ、ナニモンだあ?」

 さもありなんとしか言いようはないが、当然の如く見張りからの誰何すいかを受けた。しかしヴァンデサクロに動揺はなく。

「ヴァンデサクロは汝らを殺す」

 堂々と目的を告げる。必然、返って来るのは確認の問い。

「あ!?」
「ヴァンデサクロは二度は言わぬ」

 されど、彼に容赦はない。すでに目的は告げた。ならば、あとは斬るのみである。雷の軌跡を使うまでもなく、見張りの身体を袈裟斬りに仕留めた。断末魔はない。そうならぬほどに、さくりと殺したからである。だが。

「おおい! 侵入者がいるぞ!」
「何人だ!」
「一人だ! だが見張りがやられた! みんな出て来い!」

 戦場は朽ち果てた城である。そこかしこの視界が開けており、たちまちの内に情報が伝播した。次の瞬間、起こるのは。

「うおおお! 死ね!」

 斧。棍棒。槍に剣。めいめいに得物を持った、匪賊野盗のお出ましである。事前に気配を探った通り、三十は下らぬ数が群れている。遮蔽物はあれども、開けた場所。それ故に、ヴァンデサクロは囲まれていた。

「ヴァンデサクロは、囲まれている」
「そうだなぁ。嬲り殺しだぁ」
「それじゃぁ足りねえよ。手足を削いで、苦しませなくちゃぁなぁ」
「おれはそいつの血が飲みたい」
「じゃあオイラには肉をよこせ」
「ならば俺は骨だな。人骨で斧をしごくとな、良く斬れるんだ」

 勝利を確信しているのだろう。連中はめいめいに勝手なことを言い放つ。どうやら、統率の「と」の字も取れていないらしい。典型的な野盗の類と言える連中だった。バラバラに襲い掛かったりしないのは、あくまで仲間内で呼吸を合わせているからだろう。ヴァンデサクロは、そう推し測った。

「まあええわな。すべてはってからだ」
「おうよ!」

 一人が議論を終わらせ、皆が応える。それが、連中の合図だった。三十の内、十人ほどが一斉にヴァンデサクロへと襲い掛かった。タイミングの揃った、一斉攻撃。されど。

「ヴァンデサクロは、弱者にあらず」

 ヴァンデサクロが腰に提げていた、剣が抜かれる。瞬間、稲光が走る。直後。彼の身体が、凄まじき速さで旋回した。その薙ぎ、一つで。

「あ……え……?」
「ん……?」
「はい?」

 大なり小なり、十人ほどの身体に、なんらかの傷が付いた。ある者は一撃にて死し、またある者は腹を斬られ、直後に崩折れた。痛みのあまりに、のたうち回る者もいる。阿鼻叫喚の絵図が、廃城に生まれた。しかし。

「え、ええい! こんなのまぐれだ! 全員で行っちまえ!」
「お、おう!」

 野盗の類に、この状況を正しく読み取れる者などいない。そもそも読み取れるほどの強者であれば、ヴァンデサクロの侵入を許した時点で逃げの一択を取ったであろう。それができなかった時点で、この野盗どもの結末は定まっていた。

「なっ!?」
「ぎええっ!?」
「ほぎょぉ!」

 そして事実。野盗どもの武具は、一つたりとしてヴァンデサクロには届かなかった。雷めいた彼の動きに対応し切れず、その剣が掻き消える度に死人が増えた。肉体、剣、すべてが雷。それが叶ったのであれば、並の剣士には触れようもない。ましてや、統制もない野盗どもになど。

「く、か……」
「ヴァンデサクロは問う。汝、怖気付いたか」

 それでも一人、討ち漏らしがいた。偶然か。あるいは襲撃から逃げたか。なにはともあれ、一人残ってしまった。哀れな一人は剣を構え、震えながら。ヴァンデサクロより距離を取っていく。しかし蛇に睨まれた蛙が、思うように距離を取れるはずもない。両者の距離は、刻一刻と縮まって。

「あああああ!」

 遂に、哀れな一人が前に出る。剣を振りかざし、狙うは上段からの一撃。されど、苦し紛れの攻撃がヴァンデサクロに通じるはずもなく。

「ヴァンデサクロは、望みを断つ」

 それよりも早い雷が、哀れな男の希望と身体を両断した。

***

「……」

 およそ半刻後。ヴァンデサクロの姿は、廃城の外にあった。悶え苦しむ斬り損ねを始末し、すべてに片を付けたあとである。彼は半ば絶望とともに、言葉を吐いた。

「ヴァンデサクロは嘆く。匪賊野盗どもでは、やはり腕慣らしにしかならぬ」

 それは、目的の未達を嘆く言葉。ヴァンデサクロが目指したのは、ガノンに届き得る剣技の修得である。そのための叩き台として、今回の野盗に目を付けた。しかしながら出て来たのは統制もない烏合の衆。彼の剣をかわすような猛者もいなければ、彼と刃を交えられるような戦士もいない。これでは、荒野の平穏に骨を折っただけである。彼の目的からすれば、非常に不満な結末であった。

「ヴァンデサクロは判断する。やはり、強者と剣を交える他になし」

 彼は夕闇迫る荒野を見つめ、ひとりごちた。四の五の言っても、やはり強者つわものと交わる他に手段はない。彼は、脳裏に刻んだ地図を思い浮かべた。ここより近きは……

「ヴァンデサクロは、噂に聞いた。しばし前。ガノンが名を隠し、ここより北、七日ほどの距離にあるログダンに現れたと」

 おお。ログダン。ログダン王国。ガノンが『ガナン』として大武闘会に名を連ね、そして制覇した地。その事実は諸般の事情によって巧みに隠され、『ガナン』がガノンである事実は伏せられていたはず。されど地下では、細々とまことしやかに語られていたのだ!

「ヴァンデサクロは知っている。ログダンには剣神に愛されし強者、パリスデルザどのがいる。彼の者と剣を交わすことができれば、あるいは……」

 かくてヴァンデサクロは、その足を北へと向けた。目指すはログダン、武門が力を持つ、守勢でありながら武技を重んずる国家。そしてログダン戦士の頂点に立つパリスデルザは、ガノンと技を交えたこともある。ああ。ヴァンデサクロは、ガノン攻略のきっかけを得てしまうのか。それとも王家武術指南役筆頭というパリスデルザの持つ地位が、雷神【使徒】の想いを阻むのか。すべては北へと向かった、彼の足取り。その果てにのみあった。

強者、強者を想いて・完
饗宴に続く

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南雲麗
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