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ガノン・ジ・オリジン(ピース・ツー)~戦神~ #6(終)

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 これは、しばし前の物語。ガノンが【天を衝くアマリンガ】の前に倒れ、敗北を喫さんとしていた折。ガノンの身に起こった出来事があった。

『汝よ、立て。そして抗え』

 【天を衝くアマリンガ】による、隕石めいた一撃。その一撃をもって、ガノンの意識は刈り取られた。身体が平衡を失い、崩れ落ちる。その寸前、ガノンは声を聞いた。途端、主観時間が引き伸ばされ、彼の意識は、奇妙な空間――一面の白の中に、光のみが浮かんでいる――へと送り込まれた。

「な、なんだ……」

 ガノンは、状況に困惑した。己はアマリンガと戦っていたのではないか。それともすでに敗れ、冥界神の御下みもとへと旅立たんとしているのか。ガノンは光に向けて、問う。

「おれは、敗れたのか」
『否。断じて否。汝、未だ敗れざる。されど今折れれば、すべては終わる。汝を見込んだ我も、汝を見捨てる。我に、相応しくないのでな』

 問えば応える、厳かな声。ガノンは、それが光からのものだと直感した。さすれば、この光は――

「戦神……」
『ふむ。さすがは我が申し子ぞ。だが汝は、未だ至ってはいない。ここで敗れざる意志がなくば、汝は我が目には適わぬ。そのまま果てるが良い』
「……」

 ガノンは、思考を巡らせた。どうやら己は、試されているらしい。だが、ガノンの意志はすでに定まっていた。たとえここで事切れようとも、勝負を投げ捨てるほどの愚か者ではない。なにより、それは――

「おれは、戦神にもとるような真似をしない。ここから立ち上がり、敵を砕く。それが、おれの意志だ」
『ならば、今こそ祈れ。我の意志を念じよ。さすれば――』

 戦神からの声が、遠のいていく。しかしガノンは、すべてを解していた。ここで己が、己の意識を繋ぎ止める。そのための、言葉こそが。

「いと厳しき神よ……。我は征く……」

 彼は、聖句の一説を唱えた。途端に意識が、現実へと帰っていく。眼前には、巨体――すなわちアマリンガ。ガノンは、今にも崩折れかねぬ身体を支え、次なる聖句を吐く。

「我、五体をもって、戦場いくさばに……」

 ガノンは、力を感じた。漲るものがあった。足に、力が入る。指先に、感覚が戻る。二本になった棒を、しっかと握り締めた。目に、手足に、全身に。満ち足りた力の鼓動がある。アマリンガからの、襲撃が見える。ガノンは、特に恐れるでもなく、するりとかわした!

***

「いと尊き神よ。我は命を惜しまず……」

 そして時は現在に戻る。ガノンは再び、聖句を唱えていた。先刻まで、彼は心が折れかけていた。己が戦神を受け入れ切れていないがために、戦神の御力を十全に発揮できていない。その事実を痛感させられていた。しかし今。彼は再び全能感を手に入れていた。今ならば、世界のいかなる相手にさえも打ち勝てそうだ。そう思えるほど、彼の五体には力が漲っていた。

「ガノンよ、遂に至ったか!」

 ウロタバの、しわがれ声が耳を叩く。ハッキリ言えば、少々小うるさい。だが、それさえも心地良く感じ始めるほどに、全能感は己を侵食しつつあった。

「『蜜』か」

 ガノンは思い出す。遠い昔、己に立ちはだかった男の言葉を。わかる。理解できる。だが飲み干した上で、十全に操る。ガノンは、そう定めたのだ。

『汝は我を忘れたか』

 先刻、意識下で問われた言葉を思い出す。あれは間違いなく、戦神の言葉だった。否。断じて否。忘れたのではない。戦神にすがりつくのを避けるあまりに、戦神の愛から遠ざかってしまっていた。それだけなのだ。ではどうするべきか。答えは簡単だ。今一度戦神を崇敬し、その聖句を唱えれば良いのだ。正しき心で。正しい姿勢で。心の底から、戦神を愛すれば良い。

「女神、とのたまうのもわからなくもない」

 その行為を通じて、ガノンは一つの納得を得た。どことなく、女を説き伏せる時の感覚に似ていたからであろうか。女は近付き過ぎれば遠ざかり、さりとて距離を取っていては近付いても来ない。つまるところ、こちらから踏み込む他にない。いと厳しき神を女子おなごに見立てるは不敬ではある。不敬ではあるが、違和感は不思議となかった。

「ヴァアアア!」
「ブラァアアア!」

 しかしガノンの思考は断ち切られる。双頭の猿が、咆哮したのだ。ガノンの耳をつんざき、破壊する腹積もりか。事実、ウロタバは耳を押さえ、地に伏せた。されどガノンは、涼しい顔をしていた。十全となった戦神の加護が、彼を護っているのだ。

「行くぞ」

 ガノンは戦意を固めた。今やガノンは、鉄壁の鎧兜に護られているも同様であった。彼は稲光の如く猿へと突っ込む。猿は双頭を巡らすが、追い切れていない。その様が、ありありと顔に出ていた。

「ぬぅん!」
「ぼぎぃ!?」

 ガノンはまず一発、腹に向けて拳を叩き込んだ。それだけで、猿の身体が『く』の字に曲がる。双頭の顎が、たしかに落ちた。それを見て取ったガノンは。

「ハッ!」
「ぼごぉ!」

 猿からのうめきが、にわかに変わる。右の頭、その顎に剛拳を打ち込んだのだ。仰け反る、とまではいかないが、その体躯が揺らいだ。ガノンは、ここぞとばかりに前蹴りを打つ。土手っ腹に命中。猿が、たたらを踏んで後退した。

「今ぞ!」

 ウロタバからの、声が響く。言われずとも、わかっていた。ガノンは拳を握り締める。次で仕留めなければ、いずれ猿に対応される。その危機感が、ガノンを迸らせた。

「ぬん!」

 ガノンは、右の剛拳をカチ上げた。狙いは右頭の頬。命中。続けて左も振るう。今度は、左頭をえぐった。大振り。されど、今の猿には対応できない。腹。頬。頭部。次々と浴びせる、拳の一撃。戦神の加護に満ちた拳が、面白いように猿の意識を刈り取っていく。

 ずしん。

 その音は、若干気の抜けたように聞こえた。猿が尻餅をつき、そのまま大の字に伸びたのだ。しかしガノンに容赦はない。彼は大きく足を振り上げた。そして、そのまま。

「さらばだ。おまえの首は、戦神に捧げるものとする」

 両の頭部を踏み付け、完全に生命を粉砕した。

***

「やったか」

 長らく残心していたガノンが、ようやく息を吐いたのを見計らって。ウロタバから声が響いた。

「ああ、やった」

 ガノンは、返事をした。その身体は、返り血や己の傷で薄汚れていた。しかしウロタバは、構わずその身体を抱き締めた。

「よくやった。これであとは、他者を頼みとすることだけだな」
「……おまえがそう言うのなら、おれに必要なことなのだろうな」

 ウロタバの声に、ガノンが返す。口ぶりとは裏腹に、その声には信頼めいたものが備わっていた。

「ああ、そうよ。多くを動かし、戦神に大戦を捧げる。それが、おぬしの成すべき行動よ」
「……それが戦神の願いであるかは、おれ自身が問わねばならぬ。だが他者と組むのであれば、心当たりがないわけでもない。互いに一匹狼の身だ。苦労はするだろうがな」
「おお、おお。それは良かった。だがおぬし自身も、磨かれねばならぬ。大戦を成すには、戦術が要る。戦略が要る。それを学ぶ相手は、おぬしが探さねばならぬ」

 ウロタバの話に、ガノンはうなずいた。そうだ。己に必要なのは。

「心得た。山を下りる時が、来たということだな」
「まずは此度の傷を治してからよ。それに加えて、おぬしのわがままで過程も省略した。その分だけ、錬磨はしてもらう。安直に死なせるわけにはいかん」
「なるほどな」

 ガノンは苦笑した。このウロタバという男、己にも他者にも見切り発車を許さないところがある。戦神が気に入り、そして見放した。そこに至った経緯も、理解できる気がした。

「付き合おう」

 ガノンは正面から言った。ウロタバは、少々驚いたような顔を見せた。しかしそののち。

「ふん! おぬしのわがままに付き合ったのだ。きっちりしごかせてもらうぞ!」

 わずかに怒ったように。されど笑みを隠して。ガノンへ向けて、言葉を並べた。

ガノン・ジ・オリジン(ピース・ツー)~戦神~・完

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南雲麗
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