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盗賊VS蛮族 #4

<#1> <#2> <#3>

「ラーカンツの旦那はそうだよなあ! だからこそ、俺は行く!」

 風に隠されたナピュルが、大きく跳ねる。尊大に構える、ジェッパードへ。その奥に設えられた、【シンヂッチの腕輪】――今度こそ正真正銘の本物だ――が入った硝子箱へ。しかしガノンも、それは見切っている。風を目掛けて、足を踏み切る。

「弾かれるぜ?」
「おまえのカラクリは見切った」

 空へと舞ったガノンの身体が、激しく旋回する。ナピュルを包む旋風とは、逆の方向にだ! 両者はぶつかり、激しく弾き合う。さながら童の遊びでぶつかり合う、独楽の如しだ! そして独楽の勝負であれば――

「ぐうっ!」

 体躯に勝る、ガノンが勝つは必定! 弾かれたナピュルから風の護りが消え、床へと落ちていく。その肉体を包む衣服は、あちこちが裂けている。両者の激突が、激しいものだったことの証左である!

「逃さん」

 ガノンも着地し、ナピュルを追う。自身の身体を旋回させていたにもかかわらず、その足取りは確か。なんたる加護か。その身体には、傷の一つさえもない。なんたる頑健さか。

「そうはいかねえ」

 しかし墜落したナピュルとて、そのまま終わるほどの弱者ではない。再び己を風で包み、ガノンへと向かう。追撃は許さない。その間に例の執事が
室内へ入り、ジェッパードを別室へ逃がす。前回の轍を踏まぬためにだ。

「ふんっ!」
「あらよっ!」

 ガノンが剣を振り下ろす。風ごと断ち割らんばかりの勢いだ。だがナピュルもただでは斬られない。軽業師じみて、己が身体を後方に浮かせた。皿にそのまま一回転。風の助けかその身は軽く、いとも容易く剣をかわした。しかしガノンは、諦めなかった。二撃、三撃。次々とナピュルを襲っていく。そして恐るべきことに、その速さは次々と増していく。四撃目には嵐と化し、六撃目には竜巻じみて風の護りを相殺し――

「ぐっ!?」
「貰った」

 八撃目。遂にガノンの剣が盗賊の腹をかすめた。盗賊の身体が、わずかに後ずさる。そしてガノンの腕が、ナピュルを捉えた。己の側へと引きずり込み、腹の傷を目掛けて拳を一撃。ナピュルはたたらを踏むことも叶わず、うめき声。その時遂に、風が止まった。

「……」
「やはりか」

 盗賊ナピュルの、少々紳士がかった出で立ち。その腕を捲り上げたガノンは、己の予想が正しかったことを確信した。その肌には、風神を讃える紋様が彫り込まれていたのだ!

「旦那が初めてだよ。このカラクリ。予想はされても、真実を見た奴だけはいなかったんだ」
「だろうな。風神紋様、そうそう楽には破れまい」

 ガノンとナピュルが、目を合わせる。しかし盗賊の口はまだ動いていた。ガノンはすかさず、そこへ拳を叩き込んだ。ここで逃がすほど、ラーカンツの男は甘くない。盗賊の歯が折れ、口から血をこぼす。ガノンの視線は、そのすべてをしかと捉えた。

「チィ、油断の一つさえもしてくれないか」
「当然だ。戦において気を緩めるような輩を、戦神は愛さぬ。戦神は、常に戦場いくさばにある漢のみを愛するのだ」
「……負けたな。ああ、参った。旦那のお縄になるなら、俺も税を納めてやるよ」

 恨み言じみた言葉を吐きつつも、ナピュルが膝を折る。ガノンは離れて戦況を見ていたガラリアを呼び寄せ、縄を借り、その身体をしっかりと縛り上げた。この後の策が残っているとはいえ、ここまでについては細工なし。それが、三者の取り決めだった。その時。

「ハッハッハ! 見事見事! 旋風つむじかぜのナピュルよ、縛に就いた気分はどうだ!」
「ヘッ。こうなるんだったら、腕比べよりも速攻だったかねえ。俺もヤキが回ったもんだ」

 執事を引き連れ、強欲ジェッパードが現れる。先刻までとは異なり、その尊大さが極まっていた。だがナピュルとて、口を塞がれているわけではない。減らず口を叩くほどの胆力は残されていた。

「フン。反省だけならましらでもできる。貴様はこれより、刑場の露となるのだ!」
「刑場に連れてってくれるのかい? 存外に慈悲があるもんだな」
「見せしめにせねば、今後も不遜な盗人が出ないとも限らん。貴様は朝になったら四つに引き裂き、街に晒すのだ。死してもなお、辱めてくれる!」
「やってくれるぜ」

 強欲と盗人が言葉を交わす。カノンとガラリアは、そのさまをじっと見ていた。そして、言葉が切れたところを見計らい。

「ともかく、ヤツはこの手で捕らえた。報酬をよこせ」

 敢えて蛮人の振る舞いで、ガノンは口を開く。

「そうさね。少々不躾だけど、貰うものは貰わなくちゃ」

 ガラリアも口を揃える。すべては、この強欲な男との【契約】を絶つためだ。

「フン! 蛮人というのはどこまでも野蛮よな! 執事!」
「はっ」

 強欲が苛立ち紛れに言葉を放てば、執事は即座に袋を取り出す。その重みからすれば、触れ込み通りの五百金――ポメダ金貨だ――は下らない。

「契約の際、我は捕らえれば倍額と言った。だが、貴様たちは一度あやつを取り逃がしておる。故に、据え置きだ」

 ジェッパードの嫌味混じりの言葉を、ガノンは無言で受け流す。そもそもガノンにしてみれば、妥当な裁定でもあった。あの折ナピュルを取り逃がしたのは、己の責任でもある。それを打ち消さずして倍額を得るのは、矜持に反するとも言えた。ガノンは一応の礼節を尽くし、金子入りの袋を受け取った。

「ありがたき幸せ」
「フン! これで用は済んだであろう。さっさと出て行け! いかに急場とはいえ、屋敷に蛮人を招き入れたなど、家名に傷が付くわ! 執事、酒を用意せよ! これより酒宴を開く!」

 ジェッパードは唾棄混じりにガノンを追い払わんとする。しかしガノンは、その場を動こうとはしなかった。ジェッパードはいよいよ、苛立ちを増す。

「どうした蛮人! 契約はすでに終わった! くと去れ! さもなくば……」
「契約は、切れたな?」

 ガノンが、顔を上げた。

「む?」
「契約は、切れたな? と言った」

 訝しむジェッパード。ガノンは、再度問うた。

「なにを言うか! 貴様は奴を捕らえた! 我は金を払った! それ以外になにがある? ないであろう! 貴様、これ以上我を愚弄するならば……」
「よし」

 ガノンが、立ち上がった。巌めいた身体が、ジェッパードの視界を隠す。さしもの強欲も、これには慌てた。

「な、なんだ! なにをする、貴様!」
「なに、すぐに終わる」

 そして、風が吹いた。室内に、吹くはずのない風。なにが起きたか。わかる者にはわかるであろう。そうだ。この場にそれを為せる者は――

「助かったぜ、お二方。おかげで俺も、祖霊に恥じんで済みそうだ」
「ナピュルーっ! 貴様ーっ!?」

 旋風のナピュル。いつの間に解き放たれていたのか? その姿は、今や硝子箱の傍らにあった。否、すでに【シンヂッチの腕輪】を手にしていた。その輝きは、風の中ですら眩いばかり。ジェッパードは、泡も吹かんばかりに絶叫する!

「貴様ーーーっっっ! なぜ! なぜその腕輪を!」
「それを言われて答える奴が、この世のどこにいると思う?」

 ニヤリと笑うナピュル。いよいよジェッパードは激昂した。蛮人に向け、強い言葉を言い放つ! しかし。

「ば、蛮人! なにをしている! 捕らえた者が逃げておるではないか! さもなくば……」
「契約は終わった、だろう?」
「へ?」

 蛮人は動かない。少し離れた場に立つ女も、動きはしない。強欲は、思わず素っ頓狂な顔を見せ――

「すでに契約神の御力が及ぶところではない。そういうことだよ」

 ガラリアがそれを突き落とした。

「じゃあな!」

 再び突風が吹き荒れる。ジェッパードは動かない。否、動けない。ガノンとガラリアも動き出す。風に紛れ、この場を去るためだ。さもなくば、強欲によって滅ぼされるのが明白だからだ。そして。

「おのれえええーーーっっっ!!!」

 すべてが済んだ時、ジェッパードの周りには誰一人として居なかった。

#5(エピローグ)へ続く

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南雲麗
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