ガノン・ジ・オリジン(ピース・ワン) #7
「おおおっ!?」
「ガノン!?」
「耐えろ!」
開戦からまだしばしも経たぬ内に痛打が入った事実。それはガラナダ氏族の者どもを大いに動揺させ。
「決まったか!」
「勝ったぞ!」
「鐘を鳴らせ!」
「いや、まだだ!」
ペルーザ氏族の者どもに勝利を確信させた。しかし。だが、しかし!
「ぐうううっ!」
すり鉢の底から、野太い声が響く。獣が唸るが如き、蛮声が聞こえる。ペルーザの者どもは気付く。これは氏族の誇る最強戦士、アマリンガのものではない。ガラナダの者どもは気付く。これは戦神の申し子との呼び声も高い若き戦士、ガノンのものである。すなわち、ガノンはまだ!
「~~~ッッッ!!!」
直後、両氏族の者どもは見た。アマリンガの一撃を受けた男が、全力で間合いを取る姿を。アマリンガが、それを悠然と許す姿を。ペルーザはそれを最強戦士の鷹揚と受け取り、ガラナダはそれを、仕切り直しの一手と踏んだ。
「ッッッ!!!」
はたして戦場からは、ガラナダの予測を認める声が響いた。ガノンが声を上げ、アマリンガに突貫していったのだ。されど。ああ、されど。
「オオオッッッ!!!」
「……」
見よ。ガノンの嵐が如き連撃は、アマリンガという大木を薙ぎ倒すまでには至らない。いとも荒々しき連撃が四方八方から襲い掛かっている。にもかかわらず、アマリンガはそのすべてを受け切っていた。かわすのではない。受け流すのでもない。ガノンの連続攻撃、そのすべてを見切り、棒で合わせていたのだ。なんたる技量差。なんたる余裕ぶり。これでは、大人と幼子の。
「若き戦士よ。棒を置け。我は貴様の命までは取りたくはない」
連撃のさなか、アマリンガはガノンに声を与える。前夜に抱いていた期待は、すでに消え失せていた。目の前で暴れる若き男も、少しやるだけの戦士にしか過ぎなかった。ややもすれば、次か、その次の頃には、己を超え得る男だったのかもしれない。だがガラナダは、そんな人間を無駄に消費してしまった。むしろそんな事実が、悲しかった。怒りさえも覚えた。この場ですべてを晴らそうとするあまりに、若き人材を浪費する。感情には同意できても、理屈としては許し難いものであった。
「断る」
「なぜだ」
激しい連撃をして、なお息を切らさぬガノンが、真っ直ぐに己へと反駁してきた。故に、彼は問う。その心根は、いかにと。すると。
「怯懦を、戦神は許さぬ。戦神は、戦いの神。心意気をもって戦い、千軍万馬を前にしてなお恐れぬ者にこそ神威をもたらす。戦神は厳しき神。己の五体を風に晒し、その肉体と武器をもって敵に挑む者こそを尊ぶ。故に、おれは退かない」
「戦神は、無謀を称賛する神ではないぞ」
晒された心根に、アマリンガはなおも問う。ガノンの言葉は、通り一遍の崇敬である。ラーカンツの戦士たる者が欠かさぬ、基礎基本たる戦神への祈りである。さりとて戦神は、優しき神でもあった。無謀無策をもって強敵に挑むを良しとはせず、時には意を決し、正しく退くこともまた認めていた。無論、怯懦の果てに統率を失い、愚かしく退くことは許さぬのだが。アマリンガはその点を引き、ガノンに問うていた。
「その通りだ」
はたしてガノンは、その事実を認めた。アマリンガは、口角を上げた。ガノンが狂戦士に堕していなかった事実に、胸を撫で下ろした。しかしガノンは、その上で。
「されど手を尽くさずして諦めるは、怯懦にあたる。そうなればおれは戦神に詫び、己を裁かねばならない。だからこそ」
幾度となく繰り出されて来たガノンの棒が、アマリンガの正中、その直下を襲う。だがその狙いは、アマリンガにはあまりにも明らかだった。
「急所も狙う。手を尽くす。見事。どうやら我は、貴様を見くびっていたようだ」
その一撃を止めて、アマリンガは間合いを取る。棒を高々と構える。戦神への聖句を、小さく唱える。
「どうやら我は、貴様を殺すつもりで挑まねばならぬらしい」
直後、光芒の如き一閃がガノンへと向いた。瞬く間に間合いが詰まり、【天を衝く】という二つ名に相応しき高所から棒が下り来たった。落雷? 否、天より神々の思し召しによって降り来るとされる隕石が如し。それはガノンの棒を叩き折り、頭部へと明確にめり込んでいく。ガノンが繋いでいた意識を、勝利への希望を。一撃にして粉砕していく。
「……」
「……」
もはや、両氏族に声はなかった。ガラナダの者どもは、ガノンを救う準備を始めんとしていた。仮にこのまま彼が戦ったとしても、もはや勝ち目はない。氏族としては恥となるが、未来の最強戦士を喪うよりは。
だが。ああ、だが。されど。
それは、ゆらりと始まった。
「…………」
倒れるだけだったはずのガノンの身体が、ゆらりと揺れた。
「なんだ? まだやるか? 見事ではあるが……」
アマリンガは、称賛しつつも目を疑った。この状況にまで追い込んだ戦士が意識を保った事例など、彼の戦歴には存在していなかった。確実に、意識を叩き折った。そのはずだった。生死を彷徨うことにはなるが、それ自体はガノンがあまりにも粘り腰だったことによるものである。仮に死すれば『殺人』として裁きを受けることになるが、彼にとってはどうでもよかった。すでに、最強たるという崇敬には飽いている。どうなったとしても、それはそれで構わなかった。
「……」
ガノンは、だらりとしていた。折れた棒を両の手に持ち、ふら、ふらとアマリンガへと間合いを詰めていた。その姿に、アマリンガは棒を上段に構えた。真に叩き折らねばならぬと、覚悟を決める。戦神崇敬に篤き、若き戦士を葬る。そう思うと、こみ上げるものがあった。
「……。……」
だらりとしたガノンが、なにかを呟いていた。アマリンガは、思わず耳をそばだてた。この世を去るにあたっての、遺言か? そう思い、耳を傾けた。しかし。
「いと厳しき神よ……。我は征く……」
「――!」
アマリンガは、絶句した。直ちに左足を引き、攻撃態勢に入った。ガノンが呟いていたのは、戦神への聖句の一説。目の前の男は、戦神への崇敬のみで戦意を繋いでいる。そこに、彼は畏怖を感じた。折らねばならぬと、構えてしまった。ああ、されど。
「我、五体をもって、戦場に……」
戦闘態勢は、遅きに失した。すでに力を失っていたはずのガノンの身体が、にわかに光る。生気を失いかけていたはずの瞳にも、力が篭もる。だらりと下がっていたはずの両腕が、二本になってしまった棒を構えている。
「これは!」
アマリンガは、ラーカンツ最強の一角、【天を衝くアマリンガ】は気付いてしまう。ガノンに、戦神の加護が降り来たったと。彼は、ガノンよりも深く知っている。戦神は、厳しき神であると。戦神は、己を磨き続ける者にしか応えぬ神であると。ここで、神が応えたということは――
「【使徒】、か!」
彼は悟った。ガノンは、ラーカンツの歴史でも数少ない【戦神の使徒】に至ってしまったと。だがそれでも、彼は己に強いて棒を振り下ろした!