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財宝か、死か #2

<#1>

 また一刻の時が過ぎた。男は、否、男と少女は、自らの意志で煉瓦造りの道を突き進んでいた。あの罠と不可思議な矢玉の襲来以降、遺跡からの反撃は確認できない。男――ガノンは、三歩後ろに付き従う少女へと口を開いた。

「道は、合っているのか」
「この造りが続いているのであれば、おそらくは。その、私とて」
「そうか」

 男は無骨に、道を進む。右手から滴っていた血も、いつしか止まっていた。くすぶった黄金色に宿る視線は、今も暗き道の向こうを見つめている。今はガノンが振るう【使徒】の力――戦神の加護――によるほのかな光と、先刻護衛に託された松明のみが、彼らの視界を構築していた。少女はその背を見ながら、意を決して男に尋ねた。

「どうして」
「む?」
「どうして、わたくしの言を信じてくださったのですか。妄想や夢見など、切り捨てようと思えば」
「切り捨てることはできたな、文明人」

 強い発言が、煉瓦造りの壁を叩く。少女は思わず、軽く身をすくめた。今から戻ると言われてしまえば、ここまで来た意味が消えてしまう。それは彼女にとって、恐怖極まりないことであった。しかし男は、力強く言葉を続けた。

「安心しろ。おれは貴様に裏切られぬ限りは、契約を請け負う」
「ありがとうございます……」
「だが、裏切ったとみなした時は」
「承知しております」

 少女は、胸の前で手を握った。ガノンが類稀なる力で断ち切った手錠。その残り香が、今も腕輪として手首に残されていた。それは首元も、同じであった。少しだけ視線を下げた後、彼女は顔を上げ、言い切った。

「もしもこの先に、貴方に託すに足るものがなかった時。わたくしはこの命をもって贖いましょう」

***

 かくて、時はわずかに遡る。謎めいた矢の一撃を受け止め、少女を死守したガノンは、その少女自身から想定外の要求を突き付けられた。

「このまま、財宝の在り処まで向かってほしい、だと」
「はい。ことがこうなった以上。わたくしには祖先の財宝、その真実を知る義務が発生いたしました」
「義務」

 少女からの突然の発言に、ガノンは面食らった。己は故あって二束三文のボメダ金貨で売られた身。雇い主どもの発言は、せいぜい夢見人か誇大妄想かと切り捨てていた。またそうすることで、連中の所業から目を背け、肉壁の仕事に徹していた側面もあった。

「もちろん、無償でなどとは申しません。今の我が身には差し出せるものはございませぬが、仮に祖先が申す通りのものがあれば」
「その内より、か」
「はい」

 少女は、曇りなき瞳でガノンを見据えた。その姿に、南方蛮人は考え込む。ややあってから、彼は重ねて尋ねた。

「貴様は先刻まで正気を失っていたかに見えていたが」
「ええ。祖先の宝を不届き者に荒らされると思うと、とても正気など」
「……わかった。腕を出せ」

 ガノンは唐突に、少女へ要求した。少女は、言われるがままに腕を出す。二つの腕は手錠の如く、鎖と腕輪で繋がれていた。ガノンは口内で戦神に祈りを捧げた直後、鎖へ向けて、ほのかに光る右腕を振り下ろした。

「ハッ!」

 すると、なんたることか。ガノンの右腕は柔らかい肉を断つかのように、両の手を繋ぐ鎖を分断せしめたのだ。ガノンはそのまま、首の鎖をも断ち切り、短くした。

「見てくれは悪いが、多少は動けるようになるだろう」
「では」
「おれは雇われの身だ。だが、全滅は寝覚めが悪い」

 ガノンは少女に背を向けた。あたかも、ほだされそうな自身に楔を打ち込むかの如く。そして、己に強いるかのように歩き始めた。

「どうせ拒否しようと進むのだろう。道が合っているのならば、付いて来い」
「は、はい!」

***

 それは、いかんともし難く奇妙な道行であった。先行きを松明で照らしながら、彼らは上っているとも、下っているともつかぬ道を進んでいた。そんな中で、少女がまたしても口を開いた。

「……気にならぬのですか」
「なにがだ」
「私の名とか、いかにしてこのようなことになっているのか、とか」
「それを知ったところで、先行きが開けるわけでもないだろう」

 ガノンは、前を見たままに応じた。彼は、あくまで雇われた身の上である。しかも今回は、相当に特殊な事例だ。だからというわけではないが、此度のガノンはいささか剣呑であった。少女に対して、未だに気を許していないというのが、相応しい文言であろうか。

「……」

 ガノンの取り付く島もない物言いに、少女はまたも沈黙する。その時、今度は突如として前後に煉瓦状の壁が這い出した。

「むっ」
「ええっ」

 前後の行く手を塞がれ、ガノンは少女を太い腕で制した。可憐な少女は小さくうなずき、ガノンの背中へと隠れる。しかしそれこそが、この遺跡の秘めた悪辣なる罠だった。

「むぐうっ!?」

 少女が隠れた後方の壁から、やにわに煉瓦造りの腕が生えた。それは彼女の口元を押さえつけ、壁の中へと引きずり込まんとする。

「ぬんっ!」

 しかし、彼女が声を上げたのが幸いだった。南方蛮人はすぐさま振り向くと、ほの光る右のかいなで、煉瓦造りの腕に大振りの一撃を叩き込む。見事に入った一撃の重みは、煉瓦造りの腕を一本るには十分な破壊力だった。解放された少女は、即座にガノンの背後へと滑り込む。

「――――!」

 腕の持ち主のものであろうか。奇怪なる叫びが、四方よもを挟まれた空間に響き渡る。男は即座に防御の姿勢へと移行し、少女を背にかばい、中央に陣取る。

「これは……」
「娘、後ろに目を向けろ」
「っ!」

 動揺を隠せぬ少女に、ガノンが活を入れる。少女はわずかにためらうも、意を決してガノンに背を預けた。その温かみが、彼女に希望をもたらしていく。しかしそんな感慨をよそに、ガノンは少女に、やるべきことを告げていく。

「そのまま気を配れ。腕が生えたらおれに告げろ」
「は、はい!」

 ガノンは、腕の生えた壁に対して正対を崩していない。そして恐るべきことに、奪ったはずの腕が修復されつつあった。そして。

「なるほど。寓話にありし岩石怪人ゴーレムか。合点がいく」

 壁に擬態していたのか、いかなる仕掛けか。壁から抜け出てくる怪物モンスターあり。煉瓦を積み上げた身体に、煉瓦造りの四肢と頭部。ガノンも大きいが、こちらもまた、ガノンよりも頭一つ大きかった。

「……不足なし、か」

 ガノンは口内にて、小さく戦神への感謝を告げた。

#3へ続く

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南雲麗
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