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不死魔人の死 #8(エピローグ)

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 おおよそ二刻後。ガノン、サザン、ブンの姿は、【黄昏の塔】よりわずかに離れた場所にあった。その傍らには、名もなき盛り土。黒剣と黒槍も、供えられてはいない。ガノンの元へと、戻されている。そんな盛り土を一瞥した後、サザンが口を開いた。

「旦那。ここで良いのかい? 荒野の一角、名も刻まない。これじゃあいつか」
「朽ちるだろうな。だが、これでいい。このおれが、この場所を憶えている。あの塔に近ければ、物見遊山に踏み潰される。墓に名を刻めば、旅鴉の一羽とはならん。彼はたしかに名を失った。だが、最期の最期にその名を名乗った。そいつは、おれたちが憶えていれば良い」
「……なるほどな」

 サザンが槍を振るい、墓に背を向けた。彼らタラコザ傭兵は、常に傭兵の証たる腕輪と銀の識別票ドッグタグを身に着け、斃れてもなお、それを故郷へ帰らせるという。そんな彼らからすれば、ガノンの情けは得心が行かぬのか。ガノンは思い、その姿を見やる。しかし直後、彼は思いもよらぬ言葉を放った。

「もしも、だ。もしも俺が、旦那の近くで死んだら、だ。旦那が俺を、故郷へと帰してくれ」
「なんだと」
「本気だよ、俺ぁ。旦那なら、なにがあっても俺をタラコザに帰してくれるはずだ。そうしなければ」
「戦神にもとる、と」

 ああ、と、サザンはうなずいた。

「約定せなんだらどうする」

 ガノンは問うた。するとサザンは、口角を上げた。

「旦那は、必ず首を縦に振る。そういう人間だと、俺は知っているからな」
「……ちぃ」

 ガノンが小さく舌を打つ。それが肯定を示すという事実は、サザンのみがわかっていた。

「約定成立。俺はこの絵が完成するまで彷徨い歩くが……いざという時は頼むぜ」

 サザンが己の顔を指す。そこには、紋様めいて刺青が刻まれていた。ガノンは知っている。その刺青こそが、タラコザの男が生涯を賭して築き上げる【絵】であることを。敗北の度に刺青が増えていき、【絵】が完成した後に一筆加えることに至った場合。そこにて彼らは、己の運命を決するのだ。

「……わかった」

 ガノンは、憎々しげにうなずいた。そこにいかなる感情が渦巻いているのか、神ならぬ身にはわからない。この場にてわかった事実は、ただ二つのみだった。
 一つ。テシオラ・バルクエドは名もなき荒野の旅鴉として名もなき地に葬られたこと。
 一つ。ラーカンツのガノンが、後に至るまで己を縛ることになる約定を受け入れたこと。
 これらが未来をいかなる形に変えるのか。この時点では誰一人とて知りようがなかった。

***

 数日後。ブンは元の盗掘市で思考にふけっていた。仲間――と言うには繋がりは浅いが、同じく盗掘市にて商売を働く者ではある――が気にかけてか声を掛けてくるが、彼はそれさえも言葉少なに追い払っていた。口さがない連中が己を見、コソコソと何やら話しているが、彼は気にも留めなかった。

「……本当の『強さ』ってのは、ああいうことを言うんだろうな」

 店先にて、彼は小さくつぶやく。ガノンとサザンのやり取りは、己を考え込ませるには十分すぎるほどのものだった。彼は、己が強くないことを理解している。それゆえ常に不機嫌顔を作り、己を強く見せかけ、それをもって成果を立てていた。しかしそんな程度の矜持は、ガノンの手によって散々に打ち破られた。彼の強さに触発されて芽生えたわずかな抵抗も、あの機巧からくりの前には散々だったし、むしろガノンの気分を害するのみだった。

「おいらは今後、どうしたら」

 半ば淡々と客をやり過ごしつつ、ブンは考える。思えばこの盗掘市で、彼はある程度金貨を稼いでいた。ガノンからも一定の料金をせしめたので、懐にはかなりの余裕がある。考えるのなら、己がなにかを志すのなら。今こそが好機だ。彼の思考は、そこまでたどり着いていた。

「まずは……ガノンさんに会ってみようか」

 ブンは、決断した。行く先は決まらずとも、目的を定めた。後は動くのみ。彼は直ちに店じまいを行い、周囲の盗掘者に自身の商品を売り付けた。中には買い叩かれたものもある。思った以上の、高値を繰り出されたものもある。だが、今の彼にとって売り値はどうとでも良かった。何事かと彼に問う者もいたが、それさえもどうでもよかった。彼は今、目的のために邁進していた。そんな彼だから、翌朝にはすべての準備を終えていた。大枚と、わずかな旅支度。そして少々の武具。それだけが、彼の持ち得る装備だった。

「行くぞ!」

 彼は、太陽に向かって踏み出した。そのまま速度を上げ、遺跡から遠ざかる。彼の行く先になにが待ち受け、そして彼はどういった物語を描くのか。それらについては、また異なる機会に綴られるであろう。

不死魔人の死・完

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南雲麗
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