蒼き槍兵紅き蛮人 #6(終)
「さあどうする。手がないのであれば、おれが殺してすべてが終わるぞ」
ホジャの声が、ガノンの耳を叩く。ガノンはサザンに視線を飛ばした。もはや、こういった策でしか届くまい。確信めいた、思惑があった。
「まだだ」
ガノンの声を合図に、二人はホジャの前面へと立った。直線上に、ホジャ、サザン、ガノンの順で並ぶ形である。構えを取られてホジャは、それでも笑みを浮かべていた。
「なるほど。二人で掛かって来るか。面白い」
「ぬかせ!」
サザンの槍が、唸りを上げる。その腕前は、今度こそ至高の領域に入りつつあった。穂先が幾重にも分かたれ、避けられる度、さばかれる度に勢いを増す。されど。ああ、されど。加護と紋様の力を併せ持つホジャには届かない。ホジャのほのかに輝く肉体は、サザンの攻撃を受けてなおかすまない。剣で受ける回数が増えてなお、その身体には寸分たりとも触れさせなかった。
「……っ!」
しかしその究極たるせめぎ合いは、二人の本命ではなかった。攻防のある一点を見て、ガノンが駆け出す。彼が目指すは、サザンの背中。ただ音のみで連携を取り――その類稀なる脚力で背を蹴り――跳ぶ!
「むっ!」
ここに至ってホジャも、二人の思惑に気付く。サザンの槍撃はあくまでも撒き餌。本命は!
「ちいっ!」
ホジャは飛び退かんとした。ガノンの跳躍は、いや高い。いかに己の剣が紋様で強化されていようとも。己と同じく、なんらかの加護を受けている相手からの一撃だ。剣ごと斬り裂かれる可能性さえもある。逃げの一手が最適手。そのはずだった。が、その時。彼の腰に衝撃が走った!
「逃さねえよ」
ホジャは衝撃の原因を見る。見てしまう。そこには、槍を捨てたサザンがいた。サザンが己を見上げ、笑う。その顔には、【絵】が描かれていた。タラコザ傭兵が、敗北の度に刻み込むといわれる、【絵】。ホジャは気付く。その【絵】の正体は。
「うぬよ、その絵はまさか!」
「そうよ。■■」
「オオオッ!」
最後の会話を、蛮声がつんざく。ガノンのほの輝く身体が、舞い降りて来ていた。ホジャは、運を天に託し、両手で剣を掲げた。もはやサザンを見ている余裕はない。全神経を、ガノンに集中させる。ホジャの主観において、すべてが鈍化していった。
「~~~ッッッ!」
まず、掲げた業物が無惨に断たれた。落下の勢い。全力の斬撃。そういった要素も、あるにはあるのかもしれない。だがすべては、紋様が加護に打ち消された。それだけだろう。そうでなければ、こんな手頃な剣などに。
「ッッッ!」
もはやそこからは、剣を防ぐ暇などなかった。頭蓋に衝撃が走り、痛みがよぎる。骨が割られ、肉が断たれる。頭部から鼻にかけて、縦一文字に刃が走る。ホジャの視界が、赤銅色に染まる。身体から力が抜けていく。
「ここぉ!」
その一瞬を逃すことなく、下から声が轟いた。タラコザ傭兵のものだった。身体が傾ぐ。押されていく。抵抗は叶わず、ものの数瞬で地面に打ち倒された。またも頭に衝撃が走り、意識が揺らぐ。それでも立ち上がらんと、身体に力を込めた。無理だった。肉体に反逆されたかの如く、力は入らなかった。
「……」
「やっと、一刀を浴びせられたぜ」
霞む視界に、男二人の姿が入った。紅と、蒼。二人の傭兵。己を、打ち倒せし者。
「止め、刺さねえとな」
蒼が、槍を構えていた。血のような、朱色の槍。業物かどうかは不明だが、使い込まれた痕跡があった。
「最期に、言うことはあるか。おまえの名とともに、戦神に言伝しておこう」
輝きを収めた紅が、言葉を投げ掛けてくる。ホジャは小さく、息を吐いた。
「言うことは、ない。おれが、うぬらを見くびった。それだけだ。悔いもない。憎しみもない」
「そうかい。じゃ、やるぜ」
蒼が、己の喉元に穂先を突き付けた。冷たい感覚。されど、身体は動かない。むしろ、気が遠くなりそうだった。直後。喉元に痛みが走る。そのまま一気に頸を貫かれ――。ホジャの意識は、そこで途絶えた。一廉の剣士として有名を馳せていたであろう男は、されど。ただ二人の戦士によって、無惨な荒野の骸となったのだ。
***
すべては無事に、終わりを告げた。あらかじめ連携が取られていたのだろう。伯爵領は、漂泊二人を正しく受け入れた。姫君は伯爵領預りとなり、二人は丁重に礼を言われた後、領外へと解き放たれた。これにて、姫君の旅路は決着となった。あとは例の貴族と伯爵家が、どうにかすること。二人には関係のない話であった。
「終わったな」
「あとは報酬を頂くだけ、だが……」
荒野を行く――報復の襲撃がないとも限らぬため、やや早足で、油断なく、だ――二人は、言葉を交わす。しかしサザンの目には、剣呑な光が宿っていた。
「だが?」
「ここで先の決着を付け、どちらかが報酬を独り占めする、って流れもある」
サザンが、こともなげに言ってのける。槍こそ未だに構えてはいないものの、その目がガノンへの敵意を告げていた。
「やるのか。ならば相手しよう」
ガノンはサザンと距離を取り、腰を落とした。先に決着が付かなかったのは、彼にとっても心残りである。やると言われれば、応じるのは必然であった。
「…………」
荒野に、荒涼とした風が吹く。得物を構えぬままに両者は腰を落とし、睨み合った。主観時間では、永遠にも似た時が流れていく。ホジャと向き合った時と同じか、それ以上の緊迫が両者を苛む。だが――
「冗談だ」
突然にして、サザンが戦意を失った。落としていた腰を戻し、脱力の姿勢を取る。瞳に宿していたガノンへの敵意も、一切感じ取れなくなっていた。
「どういうことだ」
ガノンの視線が、鋭さを増す。騙し討ちではないかと腹を、敵意の行方を探る。しかしサザンは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「ラーカンツの旦那とやり合うと、こっちも尋常じゃない目に遭うってこった。だったら報酬は折半で、今後も付き合いを続けた方がマシだ」
サザンはガノンに背を向け、背中を晒す。それを見てから、ガノンもようやく戦意を鎮めた。脱力の構えを取り、息を吐く。それから少し置いて、短く言った。
「怯懦か」
「怯懦じゃねえ」
瞬時に、サザンは言い返す。それから、背を向けたままに言ってのけた。
「俺はいつか、旦那を倒す。だがソイツは今日じゃねえ。何年かかろうと、いつか。俺は旦那の首を取る。それだけだ」
「……わかった。おれもその日を、楽しみにしている。そして、おれが勝つ」
「言ってろ」
こうして二人は、荒野を歩んだ。彼らはそのまま貴族の元へと戻り、その後報酬を手に、二手に分かれたという。
その後も二人の旅路は幾度かに渡って絡み合い、やがて刎頸の友と言っても過言ではない仲へと変わっていく。
されど、この日二人が交わした約定は。時を経て、思わぬ形で果たされることとなった。
蒼き槍兵紅き蛮人・完
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