報い(後編)
「いやあ、あの長老の悲鳴は気持ち良かったな!」
「まったくだ! これでまた、我々は神の御心を世に表した!」
「その通り! 淫祠邪教滅ぶべし! 神の御心は我らにこそあり!」
夜更け。二十人ほどからなるその集団は、意気を上げつつ夜営を行っていた。顔や風体を隠していたはずの白ローブははだけており、油断しているさまが見て取れる。しかしながらその口ぶりは、先に祠を壊した面々にほかならなかった。さばいた肉をかっ喰らい、どこで調達したのか、たらふくの葡萄酒を飲んでいた。まったくもって、清貧とは異なる有様である。彼らは火を囲み、口々に叫びながら夜を明かしていた。
「うー。ちょっと催してきた」
「言うな言うな。さっさとその辺で済まして来い」
宴もたけなわ、不意に一人が尿意を訴える。すでに気が大きくなっているのだろう。誰一人として付いて行くことなく、その一人は森へと消えた。それが皮切りになったのだろう。少し経つ度に、一人、また一人と森へ消えていく。やがて、五人、十人と減って来たところで、一人が気が付いた。
「……おい、戻って来たか?」
「なにがだ」
「小便に行った連中だよ。いくらなんでも、遅過ぎないか?」
「そういえば」
声を掛けられた男は、不安げに周囲を見回した。しかし人の気配はない。かと言って、小用を済ませに行った連中が戻って来る気配もない。男の胸に、不安が沸き起こった。それ故に彼は、最初に意気を上げた男へと声を掛けた。
「隊長、ちょっと見て来てもいいですか? いくらなんでも、誰一人として戻って来ないのはおかしい」
「おう、行って来い。潰れてるのがいたら連れて来てやれ」
「承知しました。葡萄酒の一杯でも顔にぶっかけてやります」
下卑た笑い声を背に、男は森に向かう。するとほどなくして、一人の男が倒れているのを見つけた。
「おおい、なにやってんだ。潰れるには……」
「早いだろうな」
「えっ」
不意に沸いて聞こえた応じる声に、男は身をすくめた。敵が、いる? 彼は瞬時に、思考を巡らせた。しかし。
「うぐうっ!?」
「遅い。遅過ぎる。非道という割には、戦神に捧げる価値もない」
その喉には、指がはまっていた。その先には、丸太のような太い腕。さらにその先には……厳つい男の姿があった。彼は、自身が吊り上げられていることを知覚した。そうでなくば、己はこの男を、見上げているはずだからだ。それほどまでに、体格に差があった。
「う、ぐ……」
「とはいえ、おれに応報の権利はない。すべてはあの村の連中に委ねるのみ」
意識が遠ざかる中、男の声が耳に入る。応報? あの村? まさか、祠を壊され泣いていたあの村のことか? そういえば『【奴ら】か帰って来る』などとよくわからない……
「そういうわけで、おまえも寝ていろ」
「んぐぉっ!」
思考できたのは、そこまでだった。彼の腹に男の、岩のような拳がめり込んだ。彼は一瞬で意識を刈り取られ、気を失う。最後に聞こえたのは……
「さて、そろそろいいぐらいの数に減っただろう。行くか」
己を容易く打ち倒した男の、鎌首をもたげるかのような声だった。
***
半日後。村の広場には悲鳴がこだましていた。あの日、祠を破壊された村である。祠の痕には、今も【穴】がぽっかりと鎮座していた。
「お、オレたちは代表にそそのかされただけなんだ!」
「なんだと! 俺の訴えに応じたのはお前たちだろうが!」
「うるさい! こんなことになるなら付いて来なかった!」
「助けてくれ! 俺はただ、淫祠邪教を……。こんな連中が出て来るなんざ聞いてない!」
ガノンに叩きのめされ、縄で繋がれた男どもが、口々に己の正当性を訴える。無論、全員が全員ローブを引っ剥がされていた。彼らは互いを罵り合い、自分だけでも許されようと画策しているのだ。必然、聞くに耐え難い言葉の応酬が展開される。
「……五月蝿えな」
耳を覆うような罵倒合戦に眉をひそめるのは、朱槍の男。サザンである。
「潔さの欠片もない。やはり戦神にもとる連中だったか」
応じるのは、赤銅色の肌を持つ男、ガノン。不機嫌にけぶる黄金色の瞳を、この時ばかりは、より一層不機嫌にしていた。そんな彼が、近くに座していた村の長老へと目を向ける。瞬間、長老はたちまちの内に居住まいを正した。
「おれたちにこの連中を裁く権利はない。応報するなら手伝うが、正直なところ、どうしたところで構わん」
「……仮にわたくしが許したとしても。彼らが許すでしょうか」
長老はガノンを見上げ、真っ直ぐに返した。その後ろには、農具を構えた村人たちがいた。鍬、鋤、鎌。干し草をまとめるピッチフォーク。各々が、持てる限りの得物を持って、今にも襲い掛からんばかりの形相をしていた。当然、その対象は縛られた男どもである。
さもありなん。たまたま【穴】の向こうから現れたのが、ガノンとサザンだっただけなのだ。仮に匪賊野盗や軍勢が現れていたならば、彼らはその生命を刈り取られていたことだろう。サザンが【穴】を見張っていた間も、その恐怖に震えていたはずである。そして恐怖の発端は誰か? 祠を壊した、男どもにあった。やらねばならぬ。やらねば、また恐怖に怯える可能性が残されるのだ。今ここで、滅ぼさねばならぬ。報いを与えねばならぬ。村人どもの目は、すでに血走っていた。
「すでに腹は決まっていたか。ならば、なにも言うまい」
「はい」
「ま、待て! 神の教えは、正されねばならぬ! お前たちは、そう思わんのか!」
裁きが下りたのを察したのだろう。それでも男どもは、口々に己の正当性を訴えた。しかし村人は。
「関係ねえなあ」
「おいらたちは、飯が食えて家族が守れりゃ、それでええんだ」
「神様は、オラたちを見てくれてりゃ、それでええ」
「ま、待て、待て……うわあああああっっっ!!!」
聞く耳を持つこともなく、次々と鉄槌を振り下ろす。暴れれば蹴倒し、逃げようとすればピッチフォークで突き倒す。そもそも縛られた状態では多勢に無勢。怒れる村人の襲撃を、どうこうできる状況にはなかった。
「あ、あ……」
男どもの首魁は、遠のく意識の中で涙を浮かべた。己は、神の意志に従っただけのはずである。神の御心に沿う行動をしたというのに、どうしてこのような目に遭うのだろうか。どうして、どうして……
「あ……」
不意に、首魁は赤銅肌の男と目を合わせた。黄金色をした瞳に心を貫かれ、目を背けかける。瞬間、彼は気付いた。気が付かされた。
「ああ……【外界のもの】……」
そうだ。あの哀れな長老が、のたまっていたではないか。『【外界のもの】は、こちらの理を知らぬ』と。にもかかわらず祠を壊し、それを迎え入れたのは――
「報い、か……」
首魁が己の罪を悟った瞬間、振り下ろされた棍棒が彼の生命を刈り取った。
***
その後、この村がどうなったかは杳として知れない。ヴァレチモア大陸ならざるもの――【外界】のこと故、致し方なしと言える。ただ、タラコザ傭兵サザンが綴ったとされる手記には、以下の文面が残されていた。
『不意に現れし【穴】をくぐり、【外界】の村を知る。我が戦友にして悪友なる男ガノン、村に行われし暴挙に大いに怒り、村による応報を助け、これを成し遂げる。そののち、力ある僧侶の行旅に乗じて新たなる祠を建てさせ、村を去る。去り際、村人大いに感謝し、語り伝えると言うも、友ガノン、これを断る』
これが、【ガノンの外界渡り】。その顛末である。
報い・完