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遊興の女、奔る #2

<#1>

「さて。今までにわかったことを整理しようか」

 夜更け。ガラリアは宿にて男装束を解き、思考にふける。本来であれば素泊まりの雑魚寝宿を選びたいところであったが、悪目立ちを避けるためにもそうは行かない。周囲の目があっては、考えをまとめることもかなわない。結果、個室が許されるそこそこの宿を取らざるを得なかった。常から考えれば、途方もない出費である。だが先にも述べた通り、彼女は金の使い所を見極めていた。ここで金を惜しみ、ガノンを救えずに終わる。そのほうが彼女は、己を許せなかった。

「まず最初に。旦那はあからさまに無実の罪で捕縛された」

 彼女は、二日前を思い返す。この都市まちに入ってから捕縛までの間、およそ半刻。その間ガノンに、一切怪しい動きはなかった。無論、街に入る前もだ。交代で務めた夜営や、他の街での一泊。それらにおいて、彼が移動する隙は一切なかった。そのはずだった。唯一問題があるとすれば、これがガラリアの主観でしかないこと。すなわち、ガノン無実の裏付けとしてはあまりにも弱いことであった。

「そして旦那とアタシを打ち据えたあの棒。アレは多分、審判神――法にかかわる神様を称えているね。だからアタシたちの抱える罪――旦那なら戦における人殺し、アタシは賭博――に反応し、手酷く打ち据えた。まったく、酷いもんだよ。古い裁判じゃないんだからさあ」

 彼女は、古い歴史に思い至る。古のヴァレチモア大陸では、審判神に祝福された熱湯に手を入れ、火傷やけどを負った方が罪人だという審判方法が用いられていたとされている。無論、それが真実か否かは不明。だが、彼女にしてみれば。

「そんな穴だらけの方法で罪人を見極めようだなんて、阿呆と言っても良いんじゃないかね。悪戯し放題じゃないか」

 そう。ガラリアは遊び人である。己の才覚――手業てわざに依りて、荒野を渡り歩く者。つまるところ、そのような審判には。

「細工のやりようは、いくらでもある。今回、ガノンの旦那に罪が降り掛かったのも、似たような話だ」

 おお、見よ。ガラリアの目に、決意の炎が灯る。必ずやこの、陰謀じみた罪科を解く。そんな想いが、滲み出ていた。だが、それを成し遂げるには。

「続けて。今回の一件には、エトワーニュぎみとやらが一枚噛んでいる。ちょっとした調べで重要人物の一人とは判別が付いた。だが詳しく聞くと、誰もが『知らぬ』と言ってくる。逆に言えば」

 誰もが口をはばかるほどに、知られている、という可能性もある。そう彼女は呟いた。そして、ガノンから託されていた糧食――干し肉を頬張った。女性らしかぬ勢いで、肉を噛み千切る。味は素っ気ない。塩味が強い。だがその分、思考が研ぎ澄まされていく気もした。

「ああ、口止めという可能性もあるね。だけど。いくら相手が大物でも、街中にそれを張り巡らせられるとは思えない。まだ前者のほうが論理的だ」

 干し肉を噛みつつ、彼女はさらに思考する。しかし、どう考えようとも。

「どうにも困ったことになってしまった。相手は恐らく、この街の支配層だ。支配層。あるいは支配層の関係者。その辺りが犯した所業を、たまたま見つけた蛮人になすりつけようとしている。そうとしか思えない」

 彼女は、あらかじめ用意していた水を飲んだ。さして高級でもない、ざらついた感触の器。柔肌が少々傷むが、今の彼女には関係なかった。

「ちょーっとアタシ一人じゃ荷が重いかもしれないね……。やり口は穴だらけだというのに、相手が強過ぎると来た」

 さて、どこから攻め込もうか。そんな言葉を吐きつつ、彼女は己の荷物から骰子さいころを取り出した。二、三、と振り、集中を深めていく。どのような環境でも怠らぬ、彼女なりの修練だった。

「やっぱり、中枢を攻める他ないのかね……」

 そうして骰子の音とともに、彼女の夜はふけていった。

***

 翌日。ガラリアの姿は、城の近くにあった。装いも、昨日と同じ男姿。近くの暗所に張り付き、様子を窺っていた。それも、幾刻も掛けて、慎重に。時には場所を変え、決して怪しまれぬように。

「出入りの者はおよそ九刻から十二刻に集中……。だけど、これに紛れ込むのは多分無茶だね。だとすると……宴席に手配される接待娘……にしても、相応の警戒はしているはず。遊び人の小娘が、安易に潜り込めるかといえば難しい。どうしたものか……」

 しかし、その進捗は芳しくない。先の牢獄に比して、城の警備は厳重と言えた。ちょっとやそっとの賄賂で、どうにかなるとも思えない。良くも悪くも、相手は一都市の支配層なのだ。その事実を、改めて痛感させられてしまう。さりとて、だからこそ。

「とはいえ、こんだけ光が強いんだ。きっと陰はどこかにあるはず。いくら強い光を当て続けたからって、陰は散らせないんだ」
「ご明察」
「っ!?」

 己を励ますように呟いた、一つの言葉。それにまさかの、反応があった。それも、背後から。彼女は身体を震わせる。相手が警邏ならば、一巻の終わり。すべてが水の泡。ガノンを助ける手立て以前に、己が捕縛されてしまう。振り向くか、振り向かざるか。葛藤を、隠せずにいると。

「まあ落ち着いて。キミの勘は、基本的に正しい。真っ当な方策じゃあ、握り潰されて終わりだ。そして、そのままでいて欲しい。振り向こうだなんて、もってのほかだ」

 小さいながらも、確実な声。口ぶりからは、敵とは感じられないのだが。

「うん。いい子だ。この声がなくなり、足音が遠のいたら、キミは振り向いても構わない。その時目に入った物を、確実に手にしてくれ。それでは」
「……」

 ガラリアは、意を決した。言葉に従い、あくまで自然を装って前を向き続けた。視線の先では、民が日々の営みを繰り広げている。己の立場が日陰にあると、改めて理解するには相応しい。そうこうしている内に、足音は遠のいて。彼女はゆっくりと、背後を振り返った。そこには。

「石を包んだ……紙!」

 一見ただの石に見えたそれを拾い、包み紙を広げる。そこには、確かな筆跡で。

「……。罠か、助けか。行くしかないね」

 今宵の夜更け、常の姿である場所を訪れるように記載されていた。他に手立てもない以上、ガラリアはこれに従う他はなく。

「少々、出かけます」
「あ、はい」
「では……」
「……? あんな客、宿におったかな?」

 指定された時間に宿を抜け出し、その場へと向かう。女姿では少々厳しい、路地裏のいかがわしき場所。客層も悪く、油断をすれば、すぐ暗所に引きずり込まれかねなかった。しかしガラリアもさるもの。それらの誘いを、言葉巧みにかわし続けて。

「着いたね」

 指定された場所、小さな酒場へとたどり着いた。周囲の空気に比してあまりに酒場然としており、彼女にしてみれば拍子抜けしかねなかったが。

「行くよ」

 それでも決断し、ドアノブを引く。すると、その先には。

「ようこそ。やはり見立て通り、キミがあの蛮人さんの連れだったんだね」

 一人の、身なりの良い優男が待ち受けていた。

#3へ続く

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南雲麗
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