
報仇の乙女 #4
一方。廃墟に設えられた敵陣中では、一騒動が起きていた。
「一体全体どうする気なのだ!? 余が引き入れた腕利きも、汝が放った黒とやらも! 一人として帰って来ぬではないか! 余は無策にて討たれるは御免被るぞ! 側周りをまとめて、帰らせてもらう! 否、そうしようとした! それを何故に、このような!」
天幕の中央、声を荒げるは髭も見事な非道領主。されど、現況はあまりに情けない。配下の者どもとともに、縄で縛られ、座らされていたのだ。
「言ったろう? 『今回の遊びが終わるまで、アンタにはここにいてもらう』って。勝手に帰るなら、アンタの首根っこを握らせて貰うとも」
長い黒髪も艷やかな女首領が、領主を鼻で嘲笑う。彼らになにが起きたのか? それは簡単な話だ。領主一行が荷をまとめ、勝手に陣を引き払わんとしたのだ。しかしその行為はいともあっさりと見破られた。そして全員が縛り上げられ、現在に至る。悪逆非道を謳われた男も、こうなっては形無しだった。
「くっ……百歩譲って、首根っこを握られるのは構わん! だが、我が手勢が殺されるのは聞いておらん! このままむざむざ殺されるのも、帳簿に合わない! 故に城に戻ろうとした! それの、なにが……」
「領主さんよ。アンタ、わかってないね」
「いっ!?」
領主は、首元に冷たさを得た。女首領が、剣を押し当てていただのだ。
「アンタは、アタシにこの話を持ちかけた時点で、終わっていたのさ。やるならもう少し、脅しの手段を講じておくべきだったねえ。あるいは、カネを引っ張るか。まあ、カネの切れ目は縁の切れ目。遅かれ早かれ、こうなっていたのかもしれないね」
「ぐ、ぐぬ……!」
「オイオイ。これでも俺たちの『元』雇い主だ。あまり邪険にしないでやってくれねえか? ホレ、今にも小便を垂れ流しちまいそうだ」
声を震わせる領主に、助け船が入る。否、これは助け船と言って良いのだろうか? 割って入った男の声は、あからさまに領主を侮蔑していた。しかも女首領と交わす視線が、妙に柔らかい。これは、まさか。
「お、おい! バザルァ、貴様まさか……」
「そのまさかよ、領主様。こっちの女に付いた方が、今後の実入りが大きそうなんでね。ヨロシクやらせてもらうことにした」
バザルァと呼ばれた髭面の男が、ケラケラと笑う。この男、領主が引き入れた五人の腕利きの中でも、一等腕の立つ者であった。ただしその腕に比例して悪辣さも凄まじく、また機を見るに敏な者でもあった。要は領主が不利をかこった時点で、この男は女首領と手を組んでいたのだ。これでは仁も礼もへったくれもない。否。これこそが荒野の掟。時局を読めぬ者は、滅びるのみなのだ。
「く、く……」
「まあ、俺の顔に免じて生かしてやるから。二度と余計なことを考えるんじゃねえぞ?」
バザルァが、領主の肩を気安く叩く。もはや威厳など皆無。領主は完全に、傀儡へと成り下がっていた。もはや反論の一つさえも叶わず、うなだれるのみ。バザルァはその姿をよそに。
「ところで、例の娘はどうする。この様子だと、伝令を待つまでもなくこの村に帰って来るぞ」
「アンタを除いて、打てる手は打っちまった。あとはここで迎え撃つ。それだけさね」
「逃げねえんだな」
「逃げないね。ソイツをやっちまったら、『遊び』の約定違反だ。悪党の振る舞いじゃない」
女が、口の端を吊り上げる。バザルァはその姿に莞爾と笑った。
「ハッハッハ。コイツは面白い。どうやら、一本芯の通った悪党様のようだ。やっぱりオメエ、匪賊にしておくにはもったいねえよ」
「褒め言葉と、受け取っておくよ。さぁて。どんな男を、あの乙女は誑し込んだやら。この目でしかと、拝んでやろうじゃないか」
「ガッハッハ! それはいい! そののち、嬲り殺すとしてやろうか!」
おお、おお。悪党どもが、皮算用の高笑い。されどこ奴らはまだ知らぬ。乙女が戦神の【使徒】を引き当てたことなど、露知らぬ。悪党よ、刮目せよ。汝らに訪れるのは、死の結末のみ。そして……
「無惨な……」
二日目の夕刻にして、遂に死をもたらす男は到着した。ダブ馬と乙女を引き連れ、廃墟となった村を睨む。乙女もまた村を見、ひっそりと涙した。ここで報仇を果たしたとしても、もはや村は元に戻らない。なにもかもが失われてしまった。その事実を目の当たりにし、実感したのだ。しかし、感傷はそこまでだった。蛮声と武装の高鳴り音が、押っ取り刀で二人の前へと訪れたのだ。
「おー! オレたちに犯されに戻って来たか!」
「グヘヘ……よっぽどオレたちのが良かったんだなぁ?」
「またヤッてやるとするか!」
「ハッハッハッハ!」
おお、おお。匪賊どもが下衆な声を響かせる。報仇の乙女は顔を背け、嫌悪をあらわにした。ガノンがそこに、割って入る。容貌魁偉の身体が、乙女の姿を覆い隠した!
「おー? こりゃ随分とデカブツだなあ?」
「デカブツだけに、アッチもオレたちを忘れるほど、ってか?」
「ハハハ! 冗談がウメえなあ、おまえはよ!」
「忘れたってんなら、囲んで叩いて思い出させるだけよ!」
匪賊が皆、高笑う。しかしガノンは、ただ静かに剣を抜き。一言。
「……それだけか」
「あ?」
「それだけかと、言っている」
低く、押し殺した声。されど、匪賊は。
「そうさなあ。もっと言ってやることはできるぜえ?」
「そうそう。いかにデカブツのアンタとはいえ、オレたちは百人からの仲間がいるんだ」
「皆で囲んで押し潰し、あっちの女は慰み者にする。それでおしまいよ」
「ハッハッハッハッハ! ……ハッ!?」
散々に言ってのけたあとの、最後の高笑い。しかしそれは、直後驚愕へと変わった。ガノンが踏み込み、横薙ぎ一閃。それだけで、数人の身体が裂かれ、吹っ飛んだのだ。なんたる一撃、なんたる威力。これが、戦神の【使徒】たる顕現なのか?
「ち、ちくしょう! やっちまえ!」
「おおう!」
直情径行たる賊徒が動く。数でもって押し潰さんと、ガノンへ真っ直ぐに襲い掛かる。しかしガノンは、冷静だった。冷徹だった!
「フン」
先頭の数人めがけて、空振りめいた横薙ぎを一つ。されどそいつは、いとも容易く腹を割いた。瞬時に踏み込み、瞬時に斬る。敵手には、なにが起こったかさえわからぬであろう。それほどの隔絶たる差が、両者の間に存在した。
「ぬん!」
ガノンは踏み込む。容貌魁偉がほのかに光り、ガノンに力が宿っていく。敵手を上回る速度で四肢を振るい、百人からと称した敵勢を次々にねじ伏せていく。ガノンが暴れる度に人が吹き飛び、人が膝を付く。あまりにも、無惨な光景。されどこれは、報復である。報仇である! 哀れな村長を、村人を露に変えた無法の輩に、掛ける慈悲など微塵もなし! 故にガノンは、徹頭徹尾無慈悲であった!
「お助け!」
「無理だ! 勝てっこねえ!」
やがて、ガノンの暴力旋風から逃げ出す者が現れた。弱者を打ちのめす狂気から解き放たれ、己が弱者であるという現実を悟った者どもである。しかし彼らには。
ドスドスドスッ!
その眉間へと、矢が突き刺さる。寸分過つことなく、ただの一矢でもって絶命へと追い込まれていた。その主は!
「壁にもなれず、逃げ出すような腰抜け。私の配下には、必要ないね」
おお、見よ。黒髪も艷やか。鎧兜ではなく、艶めかしげな装いに身を包んだ女首領が、弓を構えているではないか。そして、その傍らには!
「なるほど。あの輝ける赤銅、噂には聞いたことがある。【匪賊殺しのガノン】じゃねえか」
双剣を携える、髭面の男。すなわちバザルァ! さらにその膝下には!
「たひゅ、たひゅけ、て……」
縛られ、引きずられ、縄でバザルァと繋がれた非道領主! ここに三悪、報仇の対象が揃い踏みである!
「どきな!」
暴虐の場へ、一喝が響く。海割りめいて割れた手下どもの間を、三悪はカツカツと進み行く。否、一人は地面に引きずられているが。
「よく帰って来たねえ。褒美に、報仇の権利をくれてやろう」
「……」
馬から降りたマルティアが女首領と対面する。その身体は、かすかに震えていた。されど、目には憎しみの光。それを一瞥したあと、女首領はガノンへと目を向けた。無論、見上げる形になる。
「で。コイツがアンタの刃と。大きいねえ。いろいろと、大きそうだ」
「……」
ガノンの肉体に、舌なめずりさえする女首領。されどガノンは、黄金色の瞳を不機嫌にけぶらせるのみだった。
「無反応は、堪えるね。まあいい。【匪賊殺しのガノン】とやら。相手は私ら二人だ。私は弓で、そこのバザルァは双剣でアンタと戦う。アンタが負ければ、そこの乙女は永久に慰み者だね。いいかい?」
「構わん。戦神に捧げる価値も無き者よ。ただ滅びるがいい」
ガノンが、再び声を押し殺す。そして、乙女を護るように、腰を落とした。その時、戦の開闢を告げる一矢が放たれた!
いいなと思ったら応援しよう!
