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ガノン・ジ・オリジン(ピース・ワン) #9(エピローグ)

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 草原に冬枯れが訪れ、冷たい風が吹き付けるその日。ガノンは氏族の者どもの見送りを受けていた。大祭の折には伸ばしていた髭を剃り落とし、火吹き山の如くうねる赤髪は首の下辺りで切り揃えられていた。これから始まる長い旅を思えば、身支度としては妥当なものである。ラーカンツ戦士の掟に則って上半身は寒風さえも構わずに晒し、下半身には下穿きと靴のみ。いずれも豪壮なものではなく、少々履き潰しても丈夫な程度のものだった。盾じみた五角形の顔も、大ぶりなその構成物にも、変わりはない。少し変わったとすれば、大祭の折よりも、さらに肉体がおおきくなったことであろうか。その事実こそが、ガノンがいまだ年若く、成長期にあることを示すに足るものだった。

「汝の旅立ちはすべて、テ・カガン陛下による格別のご配慮である。そのことを心し、常に励め」
「わかっている」

 居並ぶ氏族の者ども。その先頭に立つ長老から、彼は戒めの言葉を受け取っていた。それは、非常に重たい言葉である。しかし彼は言葉短く応え、うなずくに止める。さもありなん。彼自身こそが、そのことを重々に理解していたのだから。

「……」

 ガノンの目をまっすぐに見た長老は、されどすぐに首を振った。呆れか、諦めか。あるいは別の感情か。読み取れるものは少ない。そして次の瞬間には、近くの者を呼び寄せる。その手には、剣が握られていた。装飾はなく、造りも荒い。長さもそこそこ。手頃という言葉が、相応しい剣だった。背に括り付けるための、装備も準備されていた。

「汝の成人を認め、棒に代わって剣を授ける。……これで、良いのかの?」
「構わん。豪壮な剣など、旅路には向かぬ。棒と変わらぬ程度が良い」

 長老が剣を受け取り、ガノンへと授ける。ガノンはそいつを、無造作に背中へと括った。氏族の者の一部が、眉をひそめたような表情をする。しかしガノンには、一切合切が関係なかった。

「行くが良い、ガノン。汝の旅路に、戦神のご加護があらんことを」
「ああ、おれは行く。戦神にもとるような旅路は、絶対にしない」

 長老の祈りを背に、ガノンは牛へとまたがった。氏族一等の牛には、最低限の荷物と食料が括り付けられている。無限の旅路を征くであろうガノンへの、最低限の餞別だった。

「さらば、ガラナダ。そしてラーカンツよ。いつかは帰るだろうが、それは今ではない。また会おう」

 牛の上から、ガノンは右の手を掲げた。氏族の者へと贈る、最後の礼だった。もしかしたら、最期になるやもしれぬ。今生の別れになるやもしれぬ。わかってはいたが、ガノンは決して口にしなかった。彼は己を知っている。今の己が、戦士アマリンガさえも打ち倒せることを知っている。過信はしないが、それでも不慮の死を遂げるような振る舞いだけは。そう心に、決めていた。故に、不吉は口にしなかった。
 牛は、ゆっくりと草原を進む。それでも一刻もすれば、ガラナダの人々は見えなくなっていた。牛の背に揺られて、ガノンは人々を想う。両親を。姉貴分を。長老を。ミムアを。アマリンガを。相見えたテ・カガンを。だが次には首を横に振り、それらの想起をかき消した。彼が目指すのは草原の向こう。荒野に立つ強者と、広い世界のみだった。

 こうして強大なるガノンガノン・ザ・ギガンテスは長い旅路へと踏み出した。彼が再び故郷へと足を踏み入れるのは、十二年もの後のことになる。その時男は、すべてを失い、失意に打ちひしがれていた。無論、この時の彼には想像もし得ぬことであった。

 ガノン・ジ・オリジン(ピース・ワン)・完

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南雲麗
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