寡黙なお客さんは、ピッチャーだった!
この連休は1泊2日で東京出張だった。
土日祝日は、マッサージ店の稼ぎ時だ。完全歩合制の給与システムなので、できればこの3連休は出勤したかったが、もう一つの仕事の関係で、東京で用事があったのだ。
出張とは名ばかりの、仲のいい友達と旅行へ行ったって感じのものだったので、とても楽しかった。
さて、今日は朝からぽかぽか陽気で、お客様がたくさん来てくれるかな?と期待していた。
9:30頃にお店に着いて、予約の電話を待ったが、結局、10:30まで電話は鳴らなかった。
1本目の電話は、11:00〜60分のもみほぐしの予約だった。
平日の昼によく来る30代くらいの男性だった。
時間通りにお店に来ると、スーツからマッサージ着に着替えて、ベッドにうつ伏せになる。
「今日は、どの辺がお疲れですか?」
「肩から上と腰から下」
ぶっきらぼうな応え方だった。
背中〜腰はあまり疲れていないようだったので、私は言われた通り、肩〜首をほぐし始めた。
このお客様は今日で3回目。今までほとんど話した事がなく、勝手に不動産会社に勤めていそうだなぁー。って考えていた。なんで平日の昼間にスーツでマッサージに来ることができるのかなぁ?などと心の中で考えていた。
さて、マッサージスタート。
まだ若いからか、肩や首はすぐにほぐれた。
「腰から下」に時間を使おうと、お尻の筋肉に差し掛かると、かなり硬くなっていた。
「お尻がいつもよりだいぶ硬いですね」
「あー、はい」
「立ち仕事ですか?」
「あ、いや。野球です」
「え?野球されてるんですか?」
「はい。そうです。この3連休で大きな大会があって、それで下半身がくたびれてしまって」
「そうなんですか。ということは、最後まで勝ち残ったということですか?」
「あー、はい」
言葉が少ないというか、話しがふくらまない。あまり話すのが好きではないのかな?と思ったが、どうしても気になって聞いてしまった。
「強いチームなんですね」
「そうなんです。めちゃくちゃ強いんです」
「強いんですねー。守備はどこですか?」
「ピッチャーです」
「ピ、ピッチャー?」
私は声が裏返った。勝手に、外野手のバッターだと思ってしまったから。
ピッチャーって、一番大変そうな気がする。
私は小学生の時にソフトボール部だったけど、ピッチャーは憧れで終わってしまったのだ。
「こ、甲子園は。。。」
「甲子園は行けなかったんです」
「そうでしたか」
ここで会話は終了。
甲子園に出たかどうかなんて、聞かなければ良かった。話したかったら、自分から話すだろうに。
あーあ。
私は、その後、黙々と彼の今までの人生を想像した。
きっと、甲子園も真剣に目指していただろうし、プロ野球選手にもなりたかっただろう。
私が経験した、ソフトボール部や吐きながら頑張ったバスケットボール部など、比較にもならないほどのトレーニングを積んで、頑張ってきたんだろうなぁ。すごいなぁ。
私は彼をリスペクトすることに決めた!
そして、彼が少しでも楽になれるように、一生懸命マッサージした。
「あと少し時間がありますが、もう少しやって欲しいところありますか?」
「あ、そうですか。じゃぁ、首と頭をお願いします」
あ、頭と首か。聞いてみないとわからないもんだなぁ。
60分が終わって、ササッと着替えてPayPayでサッと支払って帰って行った。
お客さん一人一人に人生、物語があって、面白いなぁ。
マッサージのお仕事は、一人一人とじっくり向き合うことができるのも、魅力の一つだなぁ。