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日本一の「町のお菓子屋さん応援企業」をめざして。4代目アトツギが新規事業挑戦を決めた理由
ついつい買いたくなってしまうものに「お菓子」がある。大切な人に贈るため、あるいは自分のご褒美のため。買う動機は様々だが、共通しているのは「気持ち」を動かす存在だということ。お菓子そのものの見た目や味はもちろんのこと、箱や紙袋、バースデーケーキをデコレーションするキャンドルなど、お菓子を取り巻く要素も含めた全てがわたしたちの気持ちを引き出してくれる。
このような包装資材から包装用機械までを幅広く取り揃えている資材の総合商社が、1949年創業の株式会社愛起(愛知県名古屋市)だ。創業から20年間は寿司用の折箱屋であったが、町に洋菓子店が増えてきた時代の流れに合わせて洋菓子の包装資材業に参入。「リボン1本から機械まで、お菓子屋さん運営に必要なものはすべて揃う」をコンセプトに、愛知、岐阜、三重の東海3県の和洋菓子店やベーカリー、レストランに向けて商品を提案している。
愛起は現在、DX推進で業務効率改善と電子受発注用「ECサイト開設」という新規事業立ち上げの準備を進めている。主導するのは、4代目承継予定の多久田篤希さん。26歳のときに家業に戻り、最初は前職との規模の違いに戸惑いながらも、「変えるべきこと」と「変えなくていいこと」をしっかりと見極めながら家業の改革を進めてきた。
会社のミッションやビジョンを大事にしながら、長く事業成長を続けていくために新たな事業の柱づくりに取り組み始めた多久田篤希さんに、挑戦へ踏み切った経緯を聞いた。
何もしないまま、家業を手放すことはできなかった
―― まずは、家業に入るまでの経緯を教えてください。
多久田:「継いでほしい」と言われたことも無かったので、幼いころから意識はしてなかったんです。大学卒業後は、大手量販店の物流企画や物流改善に携わる仕事に就きました。入社3年目に地元である愛知県への転勤が決まって帰ってきたとき、父親が体調を崩して。そのときに初めて家業に入ることを意識したんです。現在は回復していますが、当時は「現場復帰が難しいかも」という話も出ていて、早いうちに僕が継ぐか事業売却するかどちらかを選ばないといけなかったんです。
―― かなり責任を伴う決断ですね......!
多久田:はい。そのときに、これまでの会社の歴史や働いている従業員の方のことを考えると、何もしないまま会社を手放すことはできないなと思って家業に入ることを決めました。ただ、覚悟を持って入ったわけではなくて「サラリーマンとして働くのも家業に入って働くのもそんなに変わらないだろうし、僕が入ればなんとか現状維持くらいはできるだろう」くらいの気持ちでした。それが26歳のときです。
―― 前職は、業界大手で経営資源も豊富な企業ですよね。そこから家業に戻ってきて、最初はどんなことを感じましたか?
多久田:従業員が数万人規模の企業から40人ほどの企業に移ったので違いはあって当然なのに、最初は真っ向からすべてを否定してしまって。しくみやマニュアルが無く、システム化もできていなかったので、すべてを改善しなければと焦っていました。ただ、数か月働くうちに、「中小企業だからこそ、すべてを仕組みやシステムでがんじがらめにする必要は無い」と気付くことができたんです。変えなくてもいい部分がわかると、反対に変えていくべき部分も明確になって。
ECサイト開設に向けて準備中。オンラインでもお客様に欠かせないパートナーになる
―― 家業に入って、「変えていきたい」と思ったのはどんな部分でしたか?
多久田:テクノロジーを事業に取り入れていくことです。当社は営業が配送まで兼任しているため、週1~2回お客様と顔を合わせるなどお客様との接点をとても大事にしています。ただ、例えるなら昔は10店舗のお客様で1000万円の売上を挙げていたところが、今は100店舗のお客様で1000万円の売上を挙げているような状況に変わっていて、いわば経費が10倍掛かってしまうような状況です。お客様1店1店とのコミュニケーションを大切にしたい気持ちは変わらないからこそ、細やかなサービス提供を続けていくためにも、テクノロジーを使ってコミュニケーションを補完していかねばと考えるようになりました。
―― 他には、どんなことに「取り組まなければ」という課題感や使命感を感じましたか。
多久田:感じたのは選択と集中の必要性です。お菓子屋さん用のパッケージを提供していると一言で言っても、自社商品、メーカーの既製品、お客様のオリジナル商品などさまざまなカテゴリを扱っていて取り扱いアイテム数は78,000点にも及びます。お客様のオリジナル商品を倉庫で預かっていることもあり、保管スペースも膨大になり、オペレーションも煩雑になってしまうんです。こうした課題が、経費の多さや売上の伸び悩みをひも解いていく中で見えてきました。今後は、町の顔である中小規模の路面店のお客様に対して、弊社の強みである既製品をメインに商品を届けていくためにと新規事業に取り組んでいます。
―― お話しいただいた課題を踏まえて、これから取り組んでいく新規事業がどのようなものなのかを教えてください。
多久田:お菓子屋さん向けの包装資材に特化したECサイトを開設します。長年多数の仕入れ先と関係性を築いてきたので、ケーキ箱ひとつをとっても数十種類を取り揃えているなど、お客様にとって魅力的な選択肢を提示できます。また、物を売るだけで終わらない「問屋精神」も大事にしているので、専門知識豊富な社員が電話やチャット機能を使ってお客様の相談に乗る体制を築くなど、今まで対面で行ってきたコミュニケーションをオンラインで実現したいと思っています。
―― プロに相談に乗ってもらえたり最適な提案をしてもらえたりする環境がオンラインにあると、お客様も自身にとって都合の良いタイミングで仕入れができそうですね。
多久田:コンセプトは「パティシエの右腕」で。小さなお菓子屋さんのパティシエはやるべきことが多く仕入れを専門に行う人がいない。とにかく忙しいんですよね。彼らから、仕入れをすべて任せていただけるような存在になりたいと思います。
―― ちなみに、オンラインでのお客様とのコミュニケーションが活発になることで、社内のメンバーの方の働き方も変わるように思うのですが、スムーズに移行できそうでしょうか?
多久田:実は今も、営業が訪問できない東海3県以外のお客様を担当する内勤営業がいるので、彼らに任せつつ最初は僕もそのチームに入って対応しようと思っています。そのため、働き方は今とそれほど変わりません。在庫のバリエーションを変える必要も無いので、今のリソースをうまく使いながら売り方だけを変える新規事業だと言えます。
外部人材活用を認めてもらうため、自ら別企業のプロジェクトにも飛び込んだ
―― 新規事業に取り組むことに対して、お父様を含めた社内の方の反応はいかがでしたか。
多久田:大きな反対の声はありませんでした。というのも、実は10年前にも同じようなことにチャレンジしようとしたみたいなんです。だから、「その流れがもう一度来た」という認識のようで。今は同業他社も含めてECに注力する流れがあるので「思い切りやってくれ」と言われています。
――それは心強いですね。一方で課題となっていることは何かありますか?
多久田:東海3県のお客様以外との接点はそれほど無いので、ECサイト開設後、スケールさせるために全国のお菓子屋さんとどのようにして繋がっていくのかは課題で。同じくアトツギの先輩でECサイトを運営する方と知り合ったので、集客や事業拡大の相談に乗ってもらっています。
――社内で、新規事業について相談できるパートナー的な方はいますか?
多久田:今のところ社内にECの知見を持ったメンバーはいないので、将来的にはWebマーケティングの専門性を持つメンバーの採用なども検討するでしょうし、事業責任者を任命したいとも思っています。実は1年前から外部人材の受け入れも始めていて、大手IT企業で働いている方が副業で携わってくれているんです。副業や兼業を認める企業も増えてきたからこそ、さまざまな方から知見をいただきたいと思っています。
―― 積極的に新しいことに取り組まれている姿勢が素晴らしいですね。どのようなチャレンジに対しても、お父様は応援してくれるんですか?
多久田:外部人材の活用に関しては、成果を証明できる事例を持って提案したいと思ったので、実は僕が自ら実験をしていて。3カ月間土日だけ、無償で岐阜県の陶器屋さんに入って新規事業の立ち上げや販路拡大のプロジェクトを経験しました。そこでの経験を社内に還元する僕の姿を見て、父親も「外部人材の活用は有効だ」と思ってくれるようになったんです。僕にとっても、貴重な経験になりました。
ビジョンに沿って事業の柱を増やしていきたい
―― 今後のビジョンを教えてください。
多久田:どこの町も開発が進んで景色が変わっていますが、町のパン屋さんやケーキ屋さんは長く愛され、地域に残っているお店が多いんです。そういったお店を支え続けたいので「日本一の、町のお菓子屋さんの応援企業になる」というビジョンを持って進んでいきたいです。そのビジョンに沿って事業成長や事業拡大をしていきたいと思っていて、まず第一弾がECサイト開設なので事業を育てていきたいです。弊社のミッション(使命)は「全ての町が個性豊かで魅力的な街であり続けること」ですので、その理念から外れることがなければ包装資材業でとどまる気はなくて、一つ事業の柱ができたら次をめざします。現在は売上約15億円程ですが10年後には売上50億円の企業になっていたくて、事業の柱を3つつくることができれば達成できる数字だと思っています。
―― 組織面では、どんな組織にしていきたいですか。
多久田:もっとボトムアップ型に変えていきたいですね。現場が不満に思っていることを積極的に改善していけるようなティール組織への移行をめざします。
―― 多久田さんのお話しを伺って、前向きに挑戦を続ける姿勢がこれから家業で挑戦していく他のアトツギのお手本にもなるように思いました。
多久田:実は僕も1年ほど前までは挑戦したいこともビジョンもぼんやりしていたんです。でも、陶器屋さんでプロジェクトに参画させてもらったり、自分の取り組んでみたい事業でピッチイベントに出てみることにして、そのためにプレゼンの準備をしたり、外部人材を受け入れてみたり、いろんなことにチャレンジする中で明確になってきたところが大きいと感じています。いつどんな状態や立場になるのか分からないから、動けるときに動きたいし、今はやりたいことは明確になってるので後は突き進むだけですね。今考えていることを早く実現して、次の課題を見つけてまた取り組むを繰り返して掲げたビジョンの実現に邁進します。
株式会社愛起
https://www.aiki-pack.com/
名古屋市天白区中平3丁目808-1