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恋の炎は消さないで【前編】/短編小説
あたしが通っている高校のすぐ裏手は消防署だった。夕方四時頃になると、オレンジのつなぎを着た消防隊員が、学校前の県道をランニングしていた。年齢は様々のようで、たぶんうちのパパくらいの人もいると思う。「幸せ太りだよね、ママ」とパパもママも仲良く同じような体型をしているけれど、ランニングしている消防隊員のオジサマ方は、引き締まって若く見えた。
オレンジのつなぎの上半身を腰で結んだ、背の高い白いTシャツ姿とすれ違った。胸の筋肉を見せつけるように、汗に濡れたTシャツは肌にピッタリと付いていた。短髪の黒髪は、スコールにあったように濡れている。あごから汗の雫がぽたぽたと落ちていた。ほとばしるさわやかな汗のしぶきに、あたしは恋をした。
年齢は分からない。彼女がいるのか、結婚しているのかも分からない。ましてやどんな性格なのかも分かんない。
恋をするとあたしは鉄砲玉のようになった。こんな情熱をどこに隠し持っていたのだろうと自分でも驚いた。ある放課後、県道添いのバス停付近で待ち伏せた。彼が一人で走っているのを伺い狙い、あたしは仁王立ちになって行く手をふさいだ。彼は当然あたしを避けようとしたが、その度にお互い右へ左へと体を揺らした。
「俺に何か用ですか」
行く先をふさがれ、迷惑そうに彼は立ち止まり、肩で息をしていた。
初めて声を聞いた。落ち付いた低い声。ますます好きになる。多分、ハイトーンボイスでも好きになったと思う。
「G高校三年の黒崎明日香といいます。あたしと付き合ってください!」
彼はちょっとあたしを小バカにしたように左の口角を上げた。両手を腰にあて、足元を見下ろしながら息を整えていた。あたしは次の言葉を、彼をジッとにらみつけながら待っていた。パッと顔を上げ、髪に付いた汗の雫を手で払って言った。
「高校生とは付き合えません。これが俺の答えです」
「じゃあね」と言うと、汗の匂いの混じった風があたしの髪を撫でて走って行った。
「あたし、あきらめませんから!」
県道を走るトラックのクラクションが、虚しくあたしの声をかき消す。長い影を残し、オレンジ色の彼の背中が夕焼けに溶けて消えた。
想定内の範囲よ。あたしは鼻で笑った。むしろ、女子高生の告白にホイホイ付いてくる人でなくて良かった。がぜん燃えた。絶対に振り向かせてみせる。消防士であっても、あたしの恋の炎を彼には消せやしない。あたしが勝つ。あの屈強な身体に立ち向かう決心をした。
彼らは毎日ランニングをしているわけではない。会えるか会えないか分からないけれど、県道を往復するのが日課になっていた。それでもたまに彼の姿を見かける日もあった。あざとかわいく小首をかしげ、両手をひらひら振っても、フイッとそっぽを向くのだった。少しでもいいから笑ってみせろよ。手ごわいヤツめ。女子高生のパワー、なめんなよ。
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