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がん告知されて得た幸福感

腎がんと告知され、私が夜に一人きりにならないようにと家族は気を使ってくれています。
夫と長男には夜勤があります。
リビングで頭を突き合わせて互いのシフト表を照らし合わせ、夜勤が重ならないように調整してくれています。
職場の方々にも協力していただいて大変ありがたいです。
ですが、どうにも調整できない日もありまして、今晩は二人とも夜勤です。
次男も大学があるので、午後にはアパートに帰りました。
昨日まで家族全員揃っていたのに、今晩はぽつねん……

***

「次の日曜日、俺も長男も夜勤になってしまったよ」
3日前の夫夜勤中、職場からわざわざ連絡が入りました。
「私は大丈夫だよ」
「本当に? 不安だったら実家に泊まりに行けば?」
とにかく心配性な夫。
だから私は平気だっちゅ~のっ!(by パイレーツ)

私より死にそうな顔して、時々うかがうように顔をのぞき込んでくる夫。
「なんて顔してるの。私は大丈夫だから」
大丈夫って、今まで何回言ってきただろう。
励ます立場が逆転してるんじゃね?
正直、モヤモヤが溜まっていた。

本当に平気なのかと問われれば、とても不安だし、すごく怖い。
でも、入院手術、はたまたその先まで不用意に病気に怯えながら生きていくのは絶対にいや。
同じ時間を過ごすなら笑っていたい。
でもそうやって、不安そうな顔をしてお伺い立てる夫の顔を見ているとネガティブに堕ちていく。
心配してくれるのは感謝してます、本当に。
でも、いつも通りに接して欲しい。

そんな気持ちが思わずこぼれてしまう。
電話口の向こう側で夫は黙りこくる。
気まずい沈黙。
あ、しまった……
夫は「わかったよ」と、それだけ。

覆水盆に返らず。
口から出た言葉は戻らない。
なんてことを言ってしまったんだろうと、後悔で体が震える。
「心配してくれているのに、お父さんにひどいこと言っちゃったかな」
電話を切った後、一部始終を聞いていた長男におそるおそる聞いた。
混乱してしまいそうだったが、長男の前で取り乱すことはできない。
「気持ちは言葉にしないと分からないもんでしょ。いいんじゃない?」
意外に冷静な答えが返ってきた。

***

がん告知され、私の毎日は幸せになった。
両親は楽観的に「大丈夫、心配するな」といつも通りにしてくれる。
義父母は、実父母以上に心配してくれる。
度々夕食を作って届けてくれる。
今日なんて小雨の降る中、自転車に乗ってお義父さんが来てくれた。

私ががんだと知り、お重を持って真っ先にかけつけてくれた義父母。
身体を大事にしてねと、今度はおでんも。本当にありがたい。

独立した息子たちも、大変だろうに帰ってきてくれる回数が増えた。
長男に関しては、ひと段落するまで住民票を実家に戻すと言ってくれた。
そこまでしなくてもと思ったけれど、もう子どもじゃない長男が決心したことを有難く頂戴することにした。
腎がんになったことによって、離れて暮らす家族の心が集まったように感じる。
心配してくれる家族がいる。
私は幸せ者だ。
声を大にして言いたい。
私は幸せだ!

夕方の台所で、そんな話を夜勤から帰ってきた夫にした。
「がんになった今が一番幸せだよ」
幸せと聞いて夫はあっけにとられた顔をしたが、「うん、うん」と話を聞いてくれた。
私は涙声になるのを必死にこらえる。
泣きそうな顔(感謝の気持ちでね)を見られたくなかったので、野菜を切る手元を見たまま顔を上げなかった。
夫は幾度か鼻をすすり、ティッシュで鼻をかんだ。
単に鼻がむず痒かっただけかもしれないが、それももう分からないことだ。

***

今晩、今まさに私一人きりの夜。
静かな暗闇が怖いと思った時もあった。
でも今は怖くない。
「がんになって私は幸せに気づいたよ。ありがとう」と、家族に言い続けて過ごしていこう。
幸福感に包まれながら手術室に入ろう。

~2021.12.12~


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