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甘党ダーリンの憂い
「メロンソーダのお客様は……」
ウエイトレスさんはそう言いながらも、当然のようにわたしのほうへとメロンソーダを置こうとした。
「あ、それぼくのです」
わたしは烏龍茶。
彼がメロンソーダを頼んだのだった。
ウエイトレスさんの手が止まる。
「失礼しました」
去り際にウエイトレスさんが「ふっ」と笑ったのを、わたしたちは聞き逃さなかった。
***
「ねえねえ、男がメロンソーダを頼むのって変?」と、彼がふくれている。
「ちょっとお子ちゃま……っぽい?」わたしはのど元に出かかった言葉を吞み込んだ。
〈甘いもの=女の子〉との決めつけがあっても仕方ないよね。
子どもとも大人ともつかない二十歳そこそこのわたしたち。
彼はウエイトレスさんに笑われたのがショックだったみたいだ。
オトコとしてのプライドを傷つけられた彼は、その日から大好きなスイーツを注文するのをためらうようになった。
「チョコレートパフェも食べたい」
「うん、頼みなよ」
「なごみちゃんは?」
「わたし? いらない」
彼は一人で食べるのがイヤだったみたい。
だけど、わたしは食後にそこまで食べられない。
「チョコレートパフェのお客様は……」
「わたしで~す」
頼んでもいないのに「はいはい」と手を挙げる。
彼は涼しい顔で知らんぷり。
ウエイトレスさんが去ってしまうのを横目で確認。
目の前のチョコレートパフェを、彼のもとへとそっと移動させる。
これが二人の暗黙のルールだった。
***
たまごスイーツカフェがオープンした。
たまごサンドが美味しいらしい。
いつ行っても完売で、わたしはガッカリ。
たまごたっぷりのプリンとロールケーキをお土産に、夫はホクホク顔。
先日ようやく、たまごサンドを食べられるチャンスがおとずれた。
セットの飲み物が選べるので、夫はカフェラテ、わたしはコーヒーを頼んだ。
「お待たせしました」
これまた当然のように、ふわっふわのカフェラテがわたしの前に置かれた。
もう慣れたもんよと、二人で目を見合わせる。
店員さんが去ったのを確認し、カフェラテとコーヒーを静かに交換する。
三十年の月日が経とうとも、甘党ダーリンの憂いはつきまとって離れてくれない。