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恋の炎は消さないで【中編】/短編小説
「おねえちゃんも、しょうぼうしゃすきなの?」
うろついた消防署の前で、ママに連れられた小さな男の子に声をかけられた。
「うん、大好き。ボクは?」
「ボクね、おおきくなったらしょうぼうしゃになるの」
そう言って、消防車のミニカーを見せてくれた。
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「今日は非番で帰ったから、待っててもあいつは来ないよ」
しつこいほど消防署前に行くものだから、顔を覚えられてしまった。ランニングする隊員は皆一様に、片手を上げながら愛想よく声をかけてくれる。なんだか決まりの悪いような、居心地の悪いような気がして、部室が並んでいる北側の学校敷地内に引っ込んだ。学校と消防署の境界にある破れたフェンスに額を当てて、彼が通るのを待っていた。
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時々、暇にしている親友の杏樹が冷やかしに来る。
「まんまと制服マジックに引っかかっちゃってさ。そういうのに限って私服姿がダサかったりするんだよ」
「そんなこと、絶対にないもん!」
ふりかえったあたしを、杏樹が指さして笑った。額にフェンスの跡がくっきり残っていた。
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雪が降る、降る。いつまでも、降り続く。机に突っ伏したまま、恨めしく教室の窓の外を眺めていた。
「明日香、一緒に食べよ」
机に伏せたあたしの目の前に、購買の苺サンドワッフルが置かれた。大好物なんだけど、購買で一番高くてなかなか手が出ないやつだ。
「いらない……」
「さっきもお弁当いっぱい残してたでしょ。ちょっと痩せたんじゃない?ほら、食べようよ」
杏樹があたしの前の席のイスに逆座りした。
「パンツ見えそう……」
「もう!体操着はいてるから大丈夫!」
真っ赤になって制服のスカートを押さえた。
「最近、消防士と会ってないの?」
「ん……」
名前が分からないから、杏樹との会話の中で彼の三人称は「消防士」だった。あと、恋人同士ではないから「会う」という表現もおかしいんだけど。
冬になったら、全く会えなくなった。そもそも、雪道をランニングなんてしないだろう。さらに、今年はいつもより雪が多い。見通しのいい県道では多くの車はスピードを上げるので、タイヤが跳ね上げるシャーベットが足元を凍らせる。走り去った車をにらんでも、濡れネズミのあたしは、みじめで泣きそうになる。そうなると、通りを待ち伏せる回数も減っていった。
あたしは深くため息を漏らした。
「もうすぐ卒業だよ。どうするの?」
杏樹が苺サンドワッフルを二つに割った。そして、苺が一個多くサンドされているほうをあたしにくれた。「いらない」と言ったくせに、突っ伏した顔をすんなりあげてそれをほおばった。
「あたし、全く相手にされてない。どうしよう」
裏の消防署から、けたたましい出動のサイレンの音が聞こえた。
「今行ったら会えるかな」
「明日香、あんたヤバい。八百屋お七みたいなことしないでよ」
「なに、それ」
「いや、知らないほうがいいわ」
杏樹が肩をすくめて首を横に振った。