突如、我が家に到来したけん玉ブーム
年末年始はずっと家で過ごしていた。もともと私はインドア派なので、スティホームはそれほど苦にならない。
溜め込んでいたドラマを見終わると、あとは本を読んだり、ネットサーフィンをして過ごす。休日は夫が洗濯と風呂掃除をするので、私は簡単な掃除とご飯を作ればいい。だから昼寝もし放題で、気がつくとウトウトしている。
そこそこ大きくなった子供達は、それぞれの部屋で自由に過ごすので、あまり気にならない。強いて言えば、夫と二人でリビングにいる時間が長くなったのと、「ご飯何?」と聞かれる回数がやたらと増えたのがストレスなくらいだ。
そんな自堕落的な生活は、もったいないと思う反面、慌ただしい日々から解放された貴重な時間だと感じる。家族が私のことをどう思っていたかは知らないが、『お母さんだってダメ人間なんだよ』と、勝手に開き直って過ごしていた。
そんな中、さすがに暇を持て余した三男が、おもちゃ箱からけん玉を引っ張り出してきた。なんでけん玉!?と思ったけど、どうも二学期の終わりにクラスで開催されたお楽しみ会で、友達が隠し芸として披露していたらしい。
「僕も、けん玉できるよ!」
そう言いながら、垂らした玉を引き上げて大皿に乗せようとするが上手くいかない。
「あれ?おかしいなぁ」
けん玉は簡単そうに見えて、とても難しい。玉を上げる時も、手先だけではなく、膝を曲げて身体全体を使う。上げすぎてもダメだし、勢いが弱くてもダメ。あと、一定のリズムも必要だ。
それを説明して教えるが、頭と身体を同時に使うことが苦手な三男にとっては、難易度がかなり高かったようだ。何度も何度も挑戦して、やっと乗った時には誰も見ていなくて、「なんで見てないの!」と文句を言いながら、また挑戦するということを繰り返していた。
「よっ!」「それっ!」「ほっ!」
大きく見開いた目に、『ひょっとこ』みたいに尖らした口。そこにぎこちなく動く身体が相まって、まるで壊れかけのカラクリ人形のようだ。本人は真剣そのものだが、見ている方はおかしくて堪らない。
「なんでお母さん笑うの?邪魔しないで!」
そう言いながらも、諦めずに練習している姿を見ていると、こないだまでブロックやパズルをものの数分で投げ出していたのになぁと、子供の成長の早さを感じ嬉しくなる。それでも、顔を見るとやっぱりおかしくて笑いが止まらない私に、三男は「お母さんのせいで集中できないじゃん!」と怒っていた。
その日から毎日、三男はけん玉を練習した。なかなか上達しない三男に、夫が専属コーチとして指導する。その姿を見ていた二男が、「ちょっとやらして」と挑戦するも、意外と乗らないのが悔しかったらしく、三男が寝た後にYouTubeを見ながら練習していた。
『日本一周』という、小皿→大皿→剣先の順で乗せる技をやりたいと頑張る二男だったが、最後の剣先がなかなかできない。
「なんで刺さらないんだろう?」そう悩みながら、休むことなく身体を動かす。
コツコツタイプの二男は、小さい時から根気強かった。勉強も運動も飛び抜けてできる訳ではないけれど、その努力によってどれもバラつきなくこなす。要領は悪いかもしれないが、真面目さでは3兄弟の中で一番だ。
私はそんな二男が何かに熱中している姿を見るのが好きで、「頑張れ!頑張れ!」と応援しながらその様子を眺めていた。
そこに塾から帰ってきた長男が、なかなか成功しない二男をじっと見て、これまた「ちょっとやらして」と始めたところ、ものの数分で日本一周ができた。
「えー!?」
こういうことろが長男だ。なんでもコツを覚えるのが早いというか、そつなくこなしてしまう。
そんな長男相手に、みるみるやる気を失った二男は、「もういいや」と自分の部屋に帰って行った。
あぁ、残念、、二男の日本一周が見たかったのに。
ガッカリする私に構うことなく、今度は長男がけん玉を始めた。小皿→大皿→中皿→剣先の順に乗せる『世界一周』をしたいと言う。
いやいや、あなた受験生なんですけど??
そう言ったところで聞かないのが長男だ。そのまま放置していたら、次の日には世界一周を習得していた。
それから毎日、家族全員でけん玉を交代しながら練習するという日々が続いた。そんな努力の甲斐もあり、冬休みは終わる頃には三男も、もしかめ(大皿→中皿→大皿を繰り返して乗せる技)を10往復以上できるようになっていた。
それがよっぽど嬉しかったらしく、冬休みの思い出を書く宿題には、けん玉の絵がダイナミックに描かれ、それを見て何故だか分からないけど、けん玉があって良かったなぁと思った。
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そして今、けん玉は部屋の隅に追いやられている。
冬休みが終わった途端、誰も触らなくなったけん玉を見つめて、あのブームは一体なんだったんだろうと考える。
ゲームでもYouTubeでもない、昔ながらの単純なおもちゃに、家族全員がハマった年末年始。あの異常な熱中ぶりは、スティホームじゃなかったらあり得なかっただろう。
そんな突如として巻き起こった我が家のけん玉ブームは、台風の如く去っていったのだけど、家族で過ごした『けん玉をした思い出』は、ちゃんと三男の描いた絵と共に残った。
それは、今までで一番つまらない思い出の絵だっかもしれない。でも、長い人生の1ページに、そんなつまらない思い出がひとつくらいあっても良いよなと思った。
そんな事を考えながら、私はけん玉を拾い上げておもちゃ箱に戻した。
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