石舞台100
「板垣さん、何で2周しかしないんですか?」
選手・大会関係者の方からこの質問を何度もいただいた。
TAMBA100やLAKEBIWA100等の出走歴から、私は100mileランナーという認識がこの業界とりわけ関西では付いているのかなとありがたい反面、本来はミドルレンジ型のランナーである。
VKやショートレースは持ち前のスピードでは競えないし、ロングレースでは終盤まで持ちこたえる耐久力がない(胃腸トラブルも起こる)。たどり着いた活路は50~100キロまでのミドルレンジのレースであった。
しかしながら、ミドルレンジで一定結果を出せるようになると、それ以上の世界へチャレンジしようと思い、ここ2~3年は100キロ以上のレースに参戦するようになった。100キロを超えた100mileの世界は異質であり、必ず一晩超えて走ることになる。眠気こそ大丈夫であるが、足が終わる事や胃腸障害になってしまうことがしばしばある。また100mile後のダメージも甚だしく、レース1本出るためには覚悟が必要である。
前置きが少し長くなったが、得意の距離で負担少なく走ってみようと思ったのが、今回の2周の部のエントリー経緯である。ただ、最後の最後までチャレンジ4周の部には後ろ髪を引かれた。相当厳しい制限時間(3周の部が25時間であるのに対して4周の部が26時間)の中、数少ないFINISHERになる事が出来れば、カッコいいなと思ったからである。ただ今回はギリギリまで悩んだ結果、2周の部で出走する事を決定した。
【コース紹介】
奈良県の西北部に位置する高市郡明日香村風舞台をスタートゴールとして開催されたトレイルランニングレースである。奈良県明日香村といえば石舞台古墳が有名である。石舞台古墳は飛鳥時代において聖徳太子とも縁の深い蘇我馬子の墓と言われている。また周囲には日本古代史を彩る藤原宮跡やキトラ古墳、亀石、甘樫丘など歴史史跡が多く、当時の原風景を想像しながら、レンタルサイクリングで飛鳥周辺を巡る事が可能である。石舞台古墳公園内の風舞台をスタートし、談山神社・音羽三山・宮奥ダム・竜門岳・芋ヶ峠・高取城跡を巡って風舞台に帰ってくる1周約35キロ・獲得標高約2,500mの険しいコースである。コース上の最高地点は熊ヶ岳の904mであるが、1周回上で大きな登りが4回存在するため、獲得標高が2,500mほどに
もなる。何といっても音羽山への長く続く急登と竜門岳下りの急落箇所が難易度を高くしている。
【エントリーリストから】
同じ2周の部でライバルをチェックする。今回は1~4周の各カテゴリーで別れるため、ライバルが分散される傾向がある。他カテゴリーでは、4周チャレンジの部で中谷亮太選手、3周の部では廣瀬康一選手が目を引く。同じ2周の部では何といっても荒木諒選手である。荒木選手は北陸の雄であり、過去2度同じレースに出場している。近江湖南アルプストレイルレースと比叡山インターナショナルトレイルランであり、それぞれ開催年度は違うが、同じ滋賀県内のホームコースで両方とも負けている。2戦2敗であり、苦手意識が非常に高い。走力レベルでどれくらい差があるのかは不透明だが、接戦になりそうである。
【12:30 1周の部・2周の部スタート】
この日の天候は晴れ。気温もそこまで寒くなく、無風である。真冬の1月にしたら良好なコンディションであるが、山の上のコンディションはどうか。去年の開催時には山が雪に覆われた中で開催されたため、レース必携装備に軽アイゼンが必要であり、その他防寒対策は念入りにしていかないといけない。そのため、ザック中の荷物はかなり重めになった。
12:00に和やかな雰囲気の中、2部門同時スタートする。スタートして間もなく、荒木選手と枝元選手とひと言ずつ話をして、健闘を誓う。1周の部のランナー男女各1名ずつがスタートダッシュで前に出る。2人とも若いスピードランナーに見える。1周の部はカテゴリーが違うので本来気にする必要はないが、ペースは必然的に引っ張られる。ロードの登りから始まり、トレイルに入っていく。トレイルに入って間もなく、この男女ランナーを追い抜く。70キロあるレースにおいて、入りのペースとして速いなとも思いながら後ろを振り向くと荒木選手がピッタリと追走していた。
【談山神社を経て第1エイド宮奥ダム(15キロ地点へ)】
最初の400m高度の登りを終えると、ロードに出る。ロードの僅かなアップダウンを経て進むと談山神社の前を通る。ここから下りが始まり、音羽三山の取り付けまではロードで下っていく。談山神社の鳥居を超えるとデイリーヤマザキのある交差点に辿り着くが、ここまでのロードの下りでほんの少し荒木選手を引き離していたが、この交差点の信号待ちにより追いつかれる。信号が変わり、再びロードの下りを走っていく。少し余裕も出てきて荒木選手に改めて話かける。会話自体は何気ない話であるが、石川出身の荒木選手は今回の地震で実家に影響があったようだ。毎年この時期、北陸の山では雪が積もり、山のトレーニング自体は出来ておらず、今回も万全の仕上がりとは言えない。荒木選手と私の共通点としては、福井の補給食メーカーでおいエナさんから、競技サポートを受けている。そのため、同じおいエナ大好きランナーズとして1・2フィニッシュ出来たらいいですねと話をした。
下りのロードを終えると音羽三山へ向かっていく。音羽観音への登りは車両が上がっていけるようコンクリート舗装されているが、車両が上がれるのだろうかという急傾斜である。角度は非常に急だが舗装されており、また1周目の序盤のため、歩幅狭く走って登っていく。
荒木選手は歩きで同じようなペースで追従される。しばらく登ると音羽観音を過ぎて、舗装箇所が終了し、音羽山展望台方面へ。ここから私もパワーウォークで登っていく。展望台に到着するも振り返る事なく(振り返れば飛鳥一望と金剛山系が見通せる景色が広がっている)、音羽山山頂方面へ。この辺りで30分前にスタートしていた3周の部ボリュームゾーンランナーを追い抜いていく。音羽山・経ヶ塚を経て、コース最高地点の熊ヶ岳へ。熊ヶ岳山頂へはスタートから約1時間30分ほどで到着した。音羽三山の稜線上はちらほらと残雪があったが、走行にはほぼ支障が無かった。熊ヶ岳を下りていき、ロードを経て第1エイド約15キロ地点の宮奥ダムへ到着した。
【宮奥ダムから難所急落下りの竜門岳】
第1エイドの時点では、水分をそこまで摂取していなかったため、エイドスルーを行う。しかし、エイド内に通過センサーがあったようで、呼び止められる。今回の各選手位置の確認にはIBUKI端末が手渡されており、コースを外れたりすると大会本部側からすぐ分かるようになっている。第1エイドには荒木選手と同着となった。一口サイズのエナジーバーのみを摂取し、荒木選手と同タイミングでエイドを出発した。滞在時間にして、10秒程度。ダムをグルっと一周して、今度は反対側の山へ登っていく。ここから竜門岳へ登りが始まる。竜門岳取り付け部で少し道を外した結果、荒木選手が先行して登っていく。幸いにも10m程度のロストとなったため、荒木選手は見える範囲で追いかける事になった。荒木選手の登りを後ろから観察
する。万全のコンディションではないと思うが、登りでは私のほうが比較的優位であるようにこの場面では感じた。稜線に出ると、登りと平地を繰り返す箇所に出るが、平地になった時の荒木選手の足の動きが、ストライドが大きく、すぐ加速するイメージを受けた。平地でのアドバンテージは荒木選手の方があるのかもしれないと思い、今後の展開に備える。竜門岳の山頂へは、もう少し登っていくのだが、山頂までに荒木選手を追い抜いた。そして、下りが開始する。竜門岳の下りの特徴は、最初は緩やかに走っていける角度であるが、最後に強烈な急落箇所がある。気持ちよく下っていき、到達した急落箇所。登山道の脇にはロープが張ってあり、登りの際はロープを掴んで登っていく。下りに関してはロープを掴みすぎても、
転倒や火傷のリスクもあるため、難しいところである。案の定、何回かお尻から転倒した。上を見上げると、荒木選手も足を滑らせているようであった。ここは時間をかけてでも、丁寧に慎重に。それでも何度か転倒したため、肘や掌は擦りむいた。少々の出血もみられるが、これくらいなら慣れているため、何ともない。下りきってロードに出る。
【中々到着しない第2エイド芋ヶ峠まで】
ロードを少し走って、そのままロードの峠走へ。ここまでで約20キロ走ってきたことになる。まだまだ足はフレッシュなため、問題なくロード登りも走っていける。荒木選手も見える位置で走って登ってくる。気は抜けない展開が続く。どこまでこのような展開なのだろうかとふと思う。このままずっと同じ位置で走って、2周目も競っていたらかなり辛いなと思ってしまう。ロードの登りを少し走ると、ロードの脇の最近重機で切り開いたようなトレイルに入っていく。ここのトレイル登りで、コース上の大きな登りの4本目である。走れるか走れないかの角度であるため、この登りで頑張る事をこの時決めた。おそらくこの登りで荒木選手を引き離せると感じたからである。まだこの先50キロ近くも距離を残すため、足を使ってしまう
ことの不安はあるのだが、見えない位置まで引き離して精神的な楽さを得たいという思いがあった。一生懸命に登っていき、登りが終了する地点では何分かのアドバンテージを得る事ができた。さてここからは、後ろをなるべく気にする事なくマイペースで進みたいという事ではあるが、常に後ろを確認しながらの走行が続く。次の第2エイド芋ヶ峠までは、平地ベースで小刻みなアップダウンを繰り返しながら走れるトレイルを進んでいく。しかしながら、中々芋ヶ峠へ着かない。先ほどの登りで足を意識的に使ってしまった事もあり、5キロ程度の道程が長く感じた。芋ヶ峠手前の下り箇所は少し急であるが、無事第2エイド芋ヶ峠到着。
【高取城跡を経て、1周目終了】
第2エイドでも特に補給をせず、エイドスルーをした。荒木選手が補給をしたのか分からないが、1周目で少しでも離しておきたいところである。高取城跡まで少し登るが、高取城跡からは下りで気持ちのよいコースである。トレイルを下りきるとロードに出て、4~5キロほど走るとスタートゴール地点である風舞台に到着する。1周目のタイムは4時間15分。1周目の想定は4時間30分程度で考えていたため、予定より速い。荒木選手の存在がそうさせたのだろう。1周目を終えた時点で足がバキバキだったため、2周目に向かう事に相当な不安をこの時感じた。第3エイドである風舞台で、しっかり補給していく。1周目は500ミリの水分で持ったが、2周目は疲労度から水分をかなり摂る事が予想されるため、左右のフラスクに満杯にして持ってい
く。ここのエイドではカレーとすじ大根とお茶漬けがあったが、時間を優先して食べやすいお茶漬けを摂取した。滞在時間は約6分。ここから夜の2周目が始まる。
【凍えるナイトパート】
エイドに6分程度滞在していても荒木選手はやってこなかったため、それ以上の差である事は確認できた。再び1周目と同じ道を辿っていく。談山神社を過ぎ、音羽三山の登りに入っていくところでヘッドライトオン。日差しが無くなり、止まってしまうと凍える寒さである。ここまでのウェアリングは、半袖シャツと半袖パンツ。アームウォーマーも着用していたが、暑く感じていたため、折りたたんでいた。2周目では1周目の疲れから、走れていた登り箇所もパワーウォークで進んだ。音羽三山を通過し、エイドのある宮奥ダムへ下りる。1周目はほぼスルーであったが、第4エイドとして50キロ地点であるため、お餅を食べたり、減ったフラスクの水分をしっかり補給していく。宮奥ダムを抜けると、寒さで手先が硬直している事に気
づき、慌てて手袋を着用する。エイドの僅かな滞在で体温が下がってしまった。やはりこの時期一歩間違えば、低体温のリスクが付き纏う。幸いにも手袋を着用した瞬間に指先の感覚は戻り、事なきを得た。半袖半パンはそのままの状態。ここまで強度高く動けている事と風が吹いていないので、危険な寒さは終始感じないコンディションであった。しかし1周目と違うように感じた事は路面が凍結しているのではないかという事である。走れるトレイルの下りでも凍結しており、尻餅をついた。竜門岳を越えてから、最難関急落箇所がまた現れるため、凍結した路面では相当危険であるため、慎重に慎重を重ねて下った。竜門岳を下りると、2周目も残すは最後の大きな登りである。ここまで荒木選手の気配はない。2周目の自分もペー
スダウンを余儀なくされているが、荒木選手はどうだろうか。不安はまだまだ持ち合わせている。最後まで気は抜けないが、残りは15キロである。
【栄光のゴールへ】
ロードの登りも走れており、トレイルの急登もテンポよく登れていたため、順調そのものであったが、芋ヶ峠までの平地基調のトレイル区間5キロで空腹に気づく。エナジージェルを今回は3個ザックに入れていて、あと1個だけ残していたが、その1個を摂取しても空腹でハンガーノック一歩手前であった。やはりこの区間は1周目と同様長く感じる。足は動いているため、追われる気力でのみ走る。このレース中で一番苦しい時間帯であったが、何とか耐えて芋ヶ峠エイドに到着した。エイド到着してすぐ食べ物はないですかと尋ね、スープパスタがあるとの事で、3杯も食べさせてもらった。本当に美味しくて本当に助かった。空腹も解消され、残すは高取城跡からの下り区間のみ。ここまで走ってきて足裏に皮のめくれを感じて、下り
になると少し痛く、ペースダウンを余儀なくされたが、無事栄光のゴールに辿り着けた。
【レースを振り返って】
ゴールタイム9時間15分。1周目は4時間15分に対し、2周目は5時間を要した。1周目はエイド滞在時間ほぼなしで、2周目は全部のエイドに5~6分程度滞在したため、その時間はプラスされるが、それでも1周目に比べ、30分程度遅い事になる。ペースダウンしたことに少しがっかりするが、それもレース展開からはやむを得ないことだろう。今回のレースに点数をつけるならば、90点くらいの出来であり、大変満足して石舞台100を終える事ができた。
【レース装備】
MEDALIST90001つ
MEDALISTジェル3つ
おいエナ・TOPRUNNERを水で薄めて合計500ミリ
【エイド補給分】
水分(スポーツドリンク・麦茶・水)合計3L
お餅3つ・お茶漬け1杯・スープパスタ3杯・チョコ2つ
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