なぜ日本製鉄が巨額のM&Aを行ったのか
【2023年12月19日】日鉄、USスチール2兆円買収 粗鋼世界3位に日米で大型再編
記事の要約
米鉄鋼大手USスチールを約2兆円で買収すると発表。脱炭素で電気自動車(EV)に使う高機能鋼材の需要が増えるなか、経済安全保障も背景に日米企業同士の大型再編となる。
「粗鋼業界」と「日本製鉄」について
1980年ごろまでは
日米欧露が生産量の多くを占めていたが、徐々に世界各地に生産地域が拡大。日本は1970年から世界トップに君臨するも、1996年から連続して中国が世界一位。世界の生産量は、90年代が7億トンで22年で19億トン。世界人口増加や経済成長予測等から、2050年に約27億トン、2100年に約38億トンに増加するとの試算も
直近、中国の不動産市場の冷え込みを受け、余った鋼材が国際市場に急増している。日本(3位)は、中国(1位)インド(2位)に価格競争では負ける。日本勢の強みは、軽量で強度が高いうえに加工がしやすい高級鋼材の生産。人口減により国内需要の先細りが見える中、高付加製品の生産と海外市場への展開が必須。
日本製鉄は19年に過去最大の赤字を出した。22年の純利益は過去最高を叩き出す。「①汎用品の比率を下げ、高付加価値製品に注力②値上げ③国内高炉を5基削減」の3施策を実施。過剰設備の集約で固定費を削減し、損益分岐点を下げ利益を上げた。
アメリカ市場とUSスチールの課題と投資メリット
USスチールは、1901年に複数のメーカーが合併して誕生した。1960年代には世界最大の鉄鋼メーカーに。「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギーも設立に関わったらしい。生産量は世界27位で米国では3位。
米国は世界4位の生産量を誇る。人口も長期的に増加しており成長市場。製造業の国内回帰を促す法も進み、EVへのサプライチェーン組み替えや、半導体工場の建設ラッシュなど変化の波が押し寄せている。日本企業からすると、保護貿易主義の壁と輸送コストが原因で進出が難しい国とされてきた。米国企業は、長年の保護貿易主義の影響で、米鉄鋼業界の高コスト体質を招いた。
USスチールも同様である。設備の老朽化、高炉からはCO2(二酸化炭素)を大量に排出し、生産設備の多額の投資が迫られている。ただ、日本製鉄からすると、保護貿易の影響で米国内に生産拠点を持つ事は利幅を維持しやすい。また、高炉と比較しCO2排出量が4分の1の電炉を手に入れる。生産設備と日鉄の技術の相乗効果でEV市場に売り出す。水素も現地調達できクリーンな鉄の製造コストも抑えれる。
今後について
まだ買収は完了していない。規制当局の調査が始まる。また、現地からは反対の声が大きい。ロックフェラー効果という「愛国心」から買収に反対する現象だ。USスチールの従業員は、加盟する労働組合から規制当局への厳しい審査を求め、米議員も反対の声を上げている。
考察・示唆
地政学リスクが高まる中、24年以降は安全保障の観点で企業の統合や連携、国の各分野での企業の呼び込みが加速するのではないか。22年2月にロシア・ウクライナ、23年10月にイスラエル・パレスチナの戦争。米中関係・台湾問題なども不安定。
化学業界・製造業では地産地消のビジネスが進むのではないか。日本ではクリーンな水素の製造が難しく、輸送コストが発生する。自国で水素や炭素などの資源を調達できる国は、クリーンビジネスも進みやすい。
労働組合などの反対意見は強いがM&Aは成功する。USスチールの社名は残るし、資金と人材が投入されることで現在のコスト体質の改善が期待され、EV領域でも日鉄の技術を用いる事で、市場を広げていけるのではないか。政治家は次年度の選挙に向けてのファイティングポーズとも言われている。