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その男、沼につき 取り扱い注意①

彼は私のひとつ年上のもうすぐ47歳。
見た目はすごくカッコいい訳でもないし、年相応の所謂おじさん。

独身だけあってすごく軽い。

タンポポの綿毛が風に飛ばされて好きなところへ流れついた。
そんな自由で気ままな人生を送ってきたのだろうなぁと想像する。
まるで20代前半の男の子と話しているような感覚に陥る。

ようちゃんは、どうして、そんな酷いことが言えるの?
もう少し物の言い方ってもんがあるでしょう?
20代の男の子でも、そんな言い方はしないよ。
実は、昨日こんなに悲しいことがあったの・・・

「先生に聞きたいことがたくさんあって、たぶん今話したら
30分じゃ足りなくなっちゃいそう。でも、先生は忙しいから
教室の外で話す時間はないでしょう?」

「無いよ、あと、ほんとうはライブに来て欲しくなかった」

あれ程、呆然自失という言葉がぴったりな瞬間は人生で初めてだった。

つい半月程前。

「次はどんな顔をするんだろうって思ったら
毎回ライブに行きたくなるの。もう、中毒みたい」

ようちゃんの固い表情がぽわんと少し解れて嬉しそうな顔をした。

そんなことがあったのに・・・

あのときの表情は何だったのだろう。
バッサリと切捨てられた気分。

「本当はそんな風に思っていたんだ・・・
先生だから行きたいって思っていたのに・・・」

「僕がどう思おうと、自分が来たいのだったら、来ればいいんじゃない?
毎回途中でいなくなるし」

「最後までいたくても、帰らなきゃいけないし・・・」

言葉に詰まる。
ライブハウスまで自宅から電車で40分、駅から徒歩で15分の距離。
夜遅くなったら、夫にも心配されるけれど、行きたい。
だから1SETが終わったら帰る。
それが私にとっての着地点なのに・・・

それよりも、それよりも・・・!!

私はようちゃんのファンです、と言っているようなものなのに
そのファンに向かって「ライブに来て欲しくない」は
言ってもいい台詞なのだろうか・・・

しかも、来て欲しくない私に、仕事だとは言え
「本当は教えたくもない」そう思っているのだろうか・・・

レッスンやライブでの楽しかった気持ちが全部否定された気持ち。
ようちゃんの言葉が胸を抉る。
私だけだ、楽しかったのは、嬉しかったのは、バカみたい。
自分が恥ずかしくなった。
手にしていたスティックがナイフだったら良かったのに。
ようちゃんが喜んでいたと勘違いした自分の胸を刺してしまいたい。
死んで、私の恥ずかしい勘違いも全部消してしまいたい。

涙で視界がぼやける。
一粒でも涙を落としてしまったら、もう、泣くのを止められない。
零れ落ちないように、指先で涙を拭った。

「何だか、全部分からなくなりました。ごめんなさい」

「分からないのは、自分だけじゃないでしょう?みんな分からない」

慰めのつもりでかけた言葉なの?
ようちゃんも分からないってことなの?
もう、ようちゃんの本心が分からないよ。

ようちゃんの顔を見たとき
今まで抱いたことの無い感情が湧き上がってきたことに気付いた。

私は、この人を好きでいていいのだろうか・・・
会わない時間が愛を育てると聞くけれど
私が育てていたのは、ようちゃんの幻想なのではないかと。

いつの間にか、ようちゃんが正しいと言うのなら
それが世界の正義と考えるようになっていた。

そして、ようちゃんに否定されると
私の人格まで全否定された気持ちになって・・・

ようちゃんてこんな人だったのかな。
会わない時間が、ようちゃんを神格化させて
勝手に期待していただけなのだろうか。

もう、潮時なのだろう。
いや、引き際を完全に見誤っていたのかもしれない。

進むのも戻るのも、どちらを選んでも茨の道だ・・・







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