キミの本気が見たい
多肉生活を始めて2年くらいの秋。
園芸店で度々見かけ、その存在が気になっていたのがアエオニウム属の黒法師だ。太い幹(茎というより見た目は幹)がすーっと上に伸び、そのてっぺんには黒くて艶のある葉が放射状に広がっている。まるで大きな黒い傘を差したような風貌だ。モダンでカッコいい、大人の雰囲気漂うオシャレな多肉なのだ。
私のような者が、このようなオシャレな多肉に手を出してよいかと躊躇していたのだが、いつまでも欲望に勝てるわけもない。葉が元気そうな株を一つ選び、育てることにしたのだ。
黒法師をネットで調べてみると、比較的育てやすい多肉であるが暑さ寒さに弱いらしい。しかも多湿にも弱いのに、多肉にしては水を欲するというのだ。夏の水やりはどの位あげたら良いのか、迷いそうな気がした。
この時点で、果たしてこれは比較的育てやすい部類なのだろうか?という疑問を感じたが、季節は秋から冬に変わっていた。
黒法師は比較的寒さに弱いとあったので12月には室内に入れ、日当たりの良い窓辺に移動させた。これでたぶん大丈夫。というより、この部屋は暖房器具がないので、これ以上の対処ができないというのが現状だ。申し訳ないが黒法師には、この環境で頑張ってもらうしかない。
2~3日すると、黒い葉の付け根が緑色に変化し始めた。それは一見、色素が抜けた感じのように見えた。何が原因何だろう?日光不足と水やりの加減のせいだろうか?
そこで私は色々試すことにした。まず日光に当ててみようと外に出してみた。すると4日ほどで緑色の部分がまた黒色に戻ったのだ。
やはり黒法師の葉は黒色がいい。元通りになったままでいて欲しかったが、さすがに寒くなってきたので仕方がない。再び窓辺に置いた。すると、また黒い傘はみるみる緑色に変わってしまったのだ。なんて素直なのだろう。
いや、植物は皆、単純で素直なのかもしれない。環境さえ整えばすくすくと育ち、悪ければ枯れてしまう。
黒法師は、日光の加減で葉の色がコロコロと変わるのだ。本当に面白い。
ここまで素直な姿を見てしまうと、もはやモダンでカッコいいというクールなイメージに、素直で可愛らしいイメージも加わってしまった。
そうか。黒法師は、ダンディの中に可愛らしさを感じる大人の男性のイメージなんだな、と思った。ふと私の頭に、はにかんだ笑顔の「舘ひろし」が浮かんできた。私の中で可愛らしいダンディな男性は、舘ひろしだったのだ。
残念ながら、舘ひろしと黒法師は似ても似つかないのだが。
ところで、先ほども書いたが、多肉を置いている室内は暖房器具がない。
南側の室内だというのに、真冬にもなると5度以下になってしまう日もある。ただでさえ耐寒性が低い上、光量が少ないこの環境は多肉にはよくないのだろう。他の多肉と同じように、黒法師も元気がなくなってきた。
葉がしわしわと縮んだようになり、下の葉から枯れ始め、1枚また1枚と落ちていったのだ。この環境で頑張って耐えてもらうしかない。私は見守るしかしかない。落ちていく黒い葉を拾うことしか出来なかった。
そして春が来た頃には、すっかり哀れな黒法師になってしまった。
緑色でもモリモリと葉があったあの頃が、ものすごく懐かしい。辛うじて残った葉も、大きさが全盛期の半分以下という貧弱ぶりだ。これから一体どこで光合成をするのか?と聞きたくなるような風貌になってしまった。きっと黒法師も無くなった毛、いや、葉に戸惑っていたのかもしれない。勢いよく育つはずの春を謳歌することもなく、夏を迎えてしまったのだ。
その年の夏は、恐ろしいほど暑かった。
黒法師をはじめ、どの多肉たちも暑さでヘタっていた頃、私は多肉友らと「おばちゃんの店」へ行った。「おばちゃんの店」は多肉植物が多く揃っており、他店では300円位する多肉植物を100円で売っている店だ。確か5個買えば1鉢オマケを付けてくれる。かなりお買い得なお店として、この辺りでは有名だ。「商売」という言葉を忘れてしまったかのような多肉専門店なのである。正式店名はあるのだが、私らはいつも「おばちゃんの店」と呼んでいる。なので正式店名は憶えてない。
基本、夏に多肉は買わないのであまり園芸店に行くことはないが、この時は暇だったので行くことにしたのだ。
私はそのおばちゃんの店で、衝撃的な光景を目の当たりにすることとなる。
おばちゃんのハウスに、威風堂々とそびえ立つ巨大な黒法師がいたのだ。
高さはざっと3メートル位あるだろうか?葉の大きさも半端ない。20センチ位ありそうだ。もはや樹木と呼べるような黒法師を見上げると、てっぺんに黄色の花を咲かせていた。黒法師は花が咲くと枯れてしまうらしい。これが最後の雄姿なのかもしれない。
これこそ正に「黒法師の本気」だ。
私はそれを目の当たりにしてしまったのだ。今まで園芸店で見た黒法師は、大きくても30センチくらいしか見たことなかった。まさか、あそこまで大きくなるとは全く想像もしていなかった。
我が家の黒法師はあんなに貧弱なのに、この差は一体何なんだろう?
そう考えている内に、我が家の黒法師の本気を見たくなってきてしまった。
今は貧弱だが、同じ黒法師なのだ。可能性はある。
それにあれほど素直なタイプなのだから、環境次第では我が家の黒法師だって、あのような雄姿を見せてくれるはずなのだ。今の我が家の環境がよろしくないのだ。いかにおばちゃんの黒法師と同じ環境にどこまで近づけることができるか?そこが最大の課題だ。
タニラーに厳しいのは夏だけでない。冬も寒さと本気で戦わなければならないのだと、黒法師の本気が私に教えてくれたのだ。受けて立つしかない。