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取説は卒業
いつからだろう?
私は分からないことがあると、取扱説明書に頼る人間になってしまった。
例えば、多肉植物。
兎に角、買った多肉植物は全て、ネットや本で、細かいところまで調べるだけ調べる。水はどれやればいいのか?暑さに弱いのか?寒さに弱いのか?寒さに弱いなら何度まで耐えられるのか?
調べるだけ調べたら、それをノートにまとめ、ネットにも記した。
どうしてここまでやるのか?
それは独身の頃に、育てた植物を全て枯らしたからだ。最後には、枯れないと思っていたサボテンまで枯らした。それから植物は極力買わないようになった。「自分は植物を枯らす女」という呪いを自分にかけたからだ。
今、書いていて思い出したが、亀もそうだった。独身の頃、部屋で亀を飼っていた。亀は陸でも生きられるからと、部屋で放し飼い。もちろん陸亀ではない。だから当然、亡くなってしまった。そんな過去があるから、再び亀を飼うと決めた時は、とことん調べた。亀は紫外線が必須だということも。水位はどれくらいがベストなのか、等々。
今回、大切な人と別れてしまったことで、私は取説としてタロット占いを聞きまくるようになった。YouTubeで無料で観れること、そしてタロットチャンネルが多かったこと。おかげで見放題だった。
私はこれからどうすればいいのか?
彼はどう思っているのか?
未来はどうなるのか?
私が変わると、未来は良くなるのか?
願いは叶うのか?
もう二度と失敗したくないからー
この1ヵ月間くらいは観ていたと思う。
確かに得るものは多かった。自分に足りないものがわかったことは良かった。
でもこれは大衆向けの取説だ。
あまりにも聞き過ぎたから、頭の中は取説の言葉でいっぱいになってしまった。しまいに自分の声が、聞こえなくなってしまった。
結局、自分はどうしたいんだ?
もう十分すぎるくらいの知識は手に入れたから、聞かなくてもいいのだ。
もう前々から、そう分かっていたのに見てしまったのは、自分を信用してないからだ。
過去の失敗を二度としたくないなら、自分の声を聞くべきなのに。
取説は自分軸でない。ある意味、他人軸だ。結局、やるもやらぬも、決めるのは自分だ。どの道に行くのかを決めるのは、自分。
それだけのことだったのに、何を難しく考えていたんだろう。
もっと肩の力を抜いて、ゆっくりと焦らず、楽しんでいけばいいだけだったのに。
わからないことは自分に聞く。
こんな簡単なことに、やっと気づいた。
あいかわらず、私はバカだなぁ。
ああ、そうか。私は元々THE FOOL(愚者)だった。
なんせ、亀を部屋で放し飼いするヤツなんだから。