コンビニスイーツと甲子園と、築40年の妹の家。

「明日の予定は?」
「特になし」
「家に行きます」
「は?はい」

そんなやり取りを交わして、片道40分の妹宅へ向かった。


暑い。日傘をさしても逃れられない日差しのなか、駅からの10分を歩く。
道中、2車線の狭い道路を挟んだ向かい側にセブンイレブンがあった。どうせだから何か買っていこうと思い、ジャスミン茶を手にしてスイーツコーナーへ向かう。ジャスミン茶はときどき、暑い日に飲みたくなる。ベトナムに行ったとき、ドロッと甘いアイスコーヒーと一緒にカフェで(お冷のような立ち位置で)出てきたお茶を思い出すからだ。

スイーツコーナーの前で、少し迷う。暑いからアイスだろうか。けれど腰の高さの冷凍コーナーにピンとくるものはない。ただ冷気で白くなった空間が気持ちいい。
迷った末に手に取ったのは「爽やかサマーポンチ」と「わらび餅宇治抹茶ラテゼリー」という2種類のゼリー。税込み200円台後半のスイーツは、自分一人のためにはめったに手に取らないけれど人と一緒だと罪悪感が薄れる。「爽やかサマーポンチ」はトロピカルジュースとフルーツポンチとかき氷のブルーハワイがぎゅっと凝縮されたような見た目が楽しい。「わらび餅~」は名前の通りものたちが集まっている。味も美味しいのだろうけど、こういうのは見た目の楽しさも大事だ。


妹の家に着く。少し前に実家を離れて一人暮らしを始めたので、初めての訪問だ。

築40年のアパートの2階。ぼろぼろとまではいかないけれど、年数なりに年季の入った外観だ。インターホンのない玄関をノックする。玄関の前で働いている洗濯機の残り時間が「1分」になっている。妹が出てくるのと同時に洗濯機も「ピーッ、ピーッ」と終わりを告げた。

部屋の中に入る。広い。1DKの和室とダイニングがそれぞれ6畳ずつある。お風呂とトイレと洗面台がそれぞれ分かれていて、南向きの和室には日の光が差し込んでいる。ダイニングの余ったスペースには子どもの頃から使っている勉強机が置かれている。

和室に入った。涼しい。30度の冷房を昼間はつけたままにしているのだという。つけたり消したりするよりも、その方が経済的だと最近よく聞く。


荷物を下ろして、すぐにテレビのチャンネルを「1」に変える。高校野球の今日の第一試合、履正社vs星稜の試合がすでに始まっている。試合は3回。すでに履正社が8点を取っている。

私の家にはテレビがないので、今日はこれを楽しみに妹宅を訪れた。私は甲子園野球と箱根駅伝が大好きだ。わざわざテレビを買おうとまでは思わないし、忙しいときには気にも留めなかったりもするが、見られる機会があれば日がな一日画面に食いついている。野球が好きとか駅伝が好きということではなく、どこかの学校を応援しているということでもない。ただ学生スポーツが好きなのだ。それまでの練習の苦労とか気持ちとかを共有しているわけではないのに、画面越しの選手の涙に共感して一緒に泣いてしまったりもする。ただのミーハー心なのだと思う。

初めて観た今年の甲子園は、私の知っているものとは違った。がらがらの客席。VTRで流れる各校の応援。選手たちにとって、勝っても負けてもこれがただ一度の試合であるということ。

練習時間は少なかっただろう。順位が決まらないということでモチベーションの違いもあったかもしれない。けれどそういう無念も乗り越えて、彼らの頑張りはストレートに伝わってきた。

試合終了のサイレンが鳴る。負けた星稜の選手は泣いていた。勝っても負けてもただ一度の試合。それでも涙は流れる。負けた悔しさなのかもしれないし思うようにプレーできなかった後悔なのかもしれない。はたまたコロナ期間を超えて甲子園で試合をできたことへの嬉しさからくる涙だったのかもしれない。画面越しに見ている私は想像しかできない。

ただひたすらに一生懸命な姿、人前で泣いてしまうほど何かに熱中している人の姿に心を揺さぶられるから、学生スポーツには見入ってしまうのだろう。年齢も環境もフィールドも全然違うのに、「私も頑張らなきゃな」と背筋が伸びるような気持ちになる。もちろん彼らにはそんなことは関係なくて、目の前のことにひたむきだ。だからこそ、ずしんと心を揺さぶられるような感情になるのだろう。


高校野球は、第3試合の途中まで観た。10時半から6時間くらい。テレビを観ながら妹との会話も途切れなかった。

就職エージェントのような仕事をしている妹は、今年のうちに転職を考えているのだという。辞めようと思った理由、この先どんな仕事をしたいか、お金の話、親の話。

彼女はテレビの制作会社に転職したいのだと話していた。「絶対ブラックだろうしやめたほうが」と思わないでもなかったけれど、妹なりにその業界の大変さも理解したうえで、自分自身のことも俯瞰してその選択をしようとしているのだと知った。周りが何を言っても人は自分の納得したようにしか動かないものだし、ひとまずは見守ろうと思った。失敗したら親でも姉でも助けてやるさ。それが今思う姉妹の距離感だ。


手土産のコンビニスイーツから、妹は「爽やかサマーポンチ」を選んだ。味が想像しやすい「わらび餅宇治抹茶ラテゼリー」を選ぶと思っていたから少し意外だった。

交換した一口からはレモンの爽やかさが弾けた。
花火も夏祭りもない夏は、早くも残暑に差し掛かっている。

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