苛政は虎よりも猛し、戦争はゴジラよりも恐ろしーゴジラ-1.0感想
少し前に「ゴジラ-1.0」を見た。監督がクセの強い山﨑貴さんなので身構えたが、素直に良くできた名作だと感心した。
記憶頼みなので間違っている点はあるだろうが、ようやく気持ちが落ち着いたので、同作の感想と、何が良かったかを書きたい。
ネタバレに関しては細心の注意を払ったつもりだが、楽しみが減ってしまうかもしれないので、敏感な方は注意して欲しい。
極めてきちっとした構成
本作のストーリーは実に論理的だ。例えばゴジラの弱点をきっちり前振りしたうえで後のシーンでそれが突破口になる。今作はこのような三段論法の応酬だ。
観客のフォーカスを絞る工夫も忘れない。例えば大戸島の整備工たち。生き残るのは橘のみだが、彼以外の名前は出てこない。ゴジラ伝説を主人公・敷島に教えてくれるあのお兄さんも…。
このような徹底した論理性と枝葉を広げすぎないコンパクトさが、本作を追いやすいものにしている。コンパクトな一面は、奇しくもシン・ゴジラの徹底的に詰め込んだ方法論と好対照である。
復讐するは我にあり
そんなゴジラ-1.0のストーリーの大黒柱は、敷島青年の復讐劇だ。ゴジラは彼に様々な因縁を付けてくる。まずは大戸島で、そして戦後の機雷撤去に出た海で。さらに決定的な仕打ちを彼に与える。そんな彼にリベンジのチャンスを与えたのは、機雷撤去バイトの仲間達だった。
山崎監督は敷島青年にゴジラに対抗するに十分な力(故障を偽装できるパイロット技術)を与え、この様な徹底的な理由付けをすることで、主人公たらしめている。
それは量子力学とニュートン力学のように
怪獣ものの性として、マクロな怪獣とミクロな人間とのインピーダンスが合わない問題がある。両者のコンタクトが限定的になり、それぞれのストーリーが単独進行して、怪獣に蹂躙されるか、超兵器でコテンパンにすると言う形でしかやり取りできないことが多い。
その結果、いくら怪獣ドラマが凄くても、フォーカスのずれた群像劇や、シャキッとしない人間側主人公が生まれてしまう。
ミクロとマクロを自由に行き来できるウルトラマンはその問題の解決手段の1つといえよう。ガメラや2代目ゴジラの様に善玉怪獣がいることで、マクロがマクロで完結するという方法もある。
そんな中異端を誇るのがシン・ゴジラである。ミクロな視点を極力削ることにより、怪獣対人間の壮絶な戦いを俯瞰する叙事詩に仕立て上げた。
それとは逆に、見上げる目線を大事にして、人間側主人公をどう関わらせていくかという難題に真正面から挑み、見事な解答を提示しているのが本作である。
オキシジェンデストロイヤーは無いけど…
また、科学考証が行き届いているのも満足感の理由だ。ゴジラの放射熱線は物を放射能まみれの業火に包み込むだけでなく、爆風をも生み出す。そりゃそうだ、空気が急激に温められるんだもの。でもそういう表現がきっちりされるのは新鮮だし、ドラマ的にも大事なシーンだ。
そして、肝なので詳細は省くが、ゴジラ撃退作戦も、当時の科学力でどう立ち向かえるかというのが極限まで追求されていたものだ。オキシジェンデストロイヤーという金字塔があるからこそできた道ともいえよう。
デウス・エクス・マキナを使わずに、ヒリヒリするゴジラ対人間のスリリングな攻防が、本作の持ち味と言えよう。
太平洋戦争のあとしまつ
序盤の敷島青年の疎外感はどことなく「ランボー」を思わせる。「戦争が終わっていない」点も同じだ。ジョン・ランボーとの違いは、彼には戦うべきモノが存在していたということである。
いや、この作品の男たちはみな戦争が終わっていないのだ。水島少年は出征できずに、ヒーローになれなかったことが心残りだし、秋津船長はそんな水島たち次世代に夢をつなぐために全てを背負う。野田博士は命を軽視してきた戦時の日本を反省し、「誰も死なない作戦」を立案した(もし彼がブラック企業が蔓延る令和の時代を知ったら、どれだけ嘆くことだろうか)。橘も、整備士だからこその過去への清算を成し遂げた。
そして、皆がゴジラ討伐でその想いを成就している。ゴジラへの復讐劇は、戦前の過ちへの復讐劇でもあったのだ。
女たちもたくましく生きている。戦争で子どもを失い、敷島青年に心ない嘆きを浴びせる澄子は戦災孤児の明子を前に母性を取り戻し、むしろ彼らを世話する様になる。敷島青年の家に転がり込んできた典子は、危険なバイトに出る青年を横目に、コールガールとして自立を求める。
あの時代に誰もが感じたであろう、太平洋戦争に対するやり切れなさ、忸怩たる気持ち、流行病の如き熱狂に乗ってしまったことへの後悔…それらを糧に生きる人たちへの最初で最大の壁としてゴジラが立ちはだかる。
本作のドラマがコンパクトであると先ほど述べたが、一人一人のストーリーがこのように練り込まれているので、物足りなさを感じない。
最後に
ゴジラ-1.0が日本の実写映画で全米最高収益を挙げたというニュースを見て、この微妙な機微を多分に含んだ映画が海を超えて評価されたことが嬉しかったことと、Angry Video Game Nerdことジェームズ・ロルフ(ゴジラフリークでもある)の温かいレビューに触発されてこのレビューを書いた。
色々書いてきたが、ここまで評価される1番の理由は山崎監督のこれまでー「ALWAYS 三丁目の夕日」や「永遠の0」などを作り上げてきた中で得た経験、取材で得た知識と暗黙知ーを余す所なくつぎ込んだことだろう。時々突飛な作品を世に出したり、ちょっと自意識過剰なところはあるけど、本作は彼だからこその力作だ。
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