英国式金管楽団独自曲事始 - その1
ブラスバンドの最初のオリジナル曲と広く認識されているのは、1913年全英選手権課題曲のパーシー・フレッチャー(Percy Fletcher)作曲「労働と愛(Labour and Love)」です。この曲が主要なコンテストで課題曲となった最初のブラスバンドのために書かれたオリジナル曲であるということには、間違いがありません。
しかし、実際にはそれ以前にもマーチを含む様々なブラスバンドのために書かれたオリジナル曲が、数多くコンテストで演奏されていたことは、その記録を見ると明らかです。
指揮者は作曲家であり編曲家であった。
ブラスバンド・リザルト(Brass Band Results)には、19世紀末から今日までの様々なブラスバンド・コンテストへの参加団体・指揮者・演奏曲等が記録され、そして公開されています。「労働と愛」が課題曲となる1913年以前の19世紀末から20世紀初頭のコンテストで演奏された曲目の中には、当時の指揮者等が作曲した課題曲や自由曲が多数あります。
デントン・オリジナル・バンド
第1回全英選手権で優勝したデントン・オリジナル(Denton Original)のコンテスト参加記録の最も古いものは、1864年6月24日に開催されたバクストン・コンテスト(Buxton Contest)ですが演奏曲名等は不明です。その後の演奏曲記録を見ていくと1889年に参加した5つのコンテストの全てでハリー・ラウンド(Harry Round)作曲のエクセルシオール(Excelsior)を演奏していて、その後「編曲ラウンド[arr. Round]」の表記が多く見られることに気づきます。
ヘンリー・ラウンド(Henry Round)、別名ハリー・ラウンド(Harry Round)或いは、H.ラウンド(H.Round)
ライト&ラウンド社(Write & Round.Co.)の創業者の1人ヘンリー・ラウンド氏は、1881年から1884年の間に18の大会で6団体の指揮をしていますし、19世紀末から20世紀初頭にかけて少なくても85曲を作曲していることがわかります。
特にNo.63 スコットランドの歌(Songs of Scotland)の演奏回数は群を抜いて多く、1890年から1949年の間に課題曲に42大会、自由曲として188団体に選択演奏されています。なお、第1回全英選手権の優勝バンドのデントン・オリジナルも1902年6月21日デントン・コンテスト(Denton Contest)で演奏しています。現在も価格33ポンドで購入できます。
No.55 カール・ローザの思い出(Recollections of Carl Rosa)は、1899-1914で11大会の課題曲となり、2団体が自由曲としました。現在も価格33ポンドで購入できます。
ラウンドの編曲
ブラスバンド・リザルト(Brass Band Results)では少なくても108曲の編曲作品を確認することができます。おそらくライト&ラウンド社の出版物の販売が促進されていたのだと思われます。
No.11 ボヘミアン・ガール(Bohemian Girl) マイケル・ウィリアム・バルフ(Michael William Balfe)作曲、ラウンド(H.Round)編曲の楽譜は、現在価格40ポンドで購入できます。
オード・ヒューム
オード・ヒューム(James Ord Hume 1864–1932))氏は、1894年から1930年の間に61の大会で31団体の指揮をしていますし、19世紀末から20世紀初頭にかけて少なくてもマーチ10曲を含む20曲を作曲していることがわかります。
No.9 エレファント(The Elephant)は群を抜いて多く、1907年から2021年の間に自由曲として134団体に選択演奏されています。
ティドビル序曲
ブラスバンドのための最初のオリジナル曲の一つはジョセフ・パリー*1の「ティドビル序曲」(Tydfil Overture)と思われます。この曲はシファースファ・キャッスル・ミュージアム*2で1980年代半ばに再発見された105冊の手書きパート譜からなるブラスバンドの忘れられていた所蔵物の中の1曲です。
シファースファ・バンド
このパート譜はシファースファ・バンド*3 のレパートリーの1部でその内容は、トレバー・ハーバート氏の「ヴィクトリア朝の地方ブラスバンドのレパートリー」*4 に詳しく述べられています。
編成
「ティドビル序曲」はシファースファ・バンドのために1874年*5 に書かれました。その編成はキービューグルとオフィクレイドを含む18の金管楽器と打楽器によるものです。
録音
ウォレス・コレクション(ニンバス・レコード)で、オリジナル編成に基づく録音を聞くことが出来ます。(1996年発売) また、コーリー・バンドによる現代編成での録音 (CD Heritage DOY CD 142 サイモン・ライトSimon Wright編曲2002年発売))もあります。また、アンソニー・ジョージ(Anthony George)による新しい編曲もあります。
105冊のパート譜
なお、105冊の手書きパート譜はシフアースファ・ブラスバンドのために特別に編曲されたものと出版譜を書き写したもので、(1)カドリール、ギャロップ、ワルツなどの軽い曲、(2)宗教曲やベートーヴェン・ハイドンの交響曲の完全な編曲を含むクラシック曲やイタリア・オペラからの多くのセレクション、(3)最初の2つのカテゴリーに当てはまらない「ティドフィル序曲」を含む様々な作品です。
編曲の多くはジョージ・リヴシー(George Livesey)、ダートニー(D'Artney)、ボーデン(Bawden)という人物の手によるものではないかと思われますし、編成の標準化がなされていないので出版譜(Boosey's Brass Band Journals等)も移調等の再アレンジが必要でした。
*1 Joseph Parry (1841–1903)ウェールズのマーサー・ティドビル生まれ。讃美歌 マイファンウィ(Myfanwy)の作曲で最も知られる。マイファンウィは南アフリカ国歌の原曲となりました。
*2 シファースファ・キャッスル・ミュージアムはウェールズのマーサーティドビルにあるシファースファ製鉄所の創業者クローシェイ家の城壁に囲まれた邸宅を活用した博物館・美術館です。
*3 1860年に開催されたクリスタルパレス選手権大会2日目に優勝したことでも有名なシファースファ・バンド(Cyfarthfa Band)は、クローシェイ家のロバート・トンプソン・クローシェイ(Robert Thompson Crawshay)が 1840年頃に創立したブラスバンドです。 20 世紀初頭までクローシェイ家の私的バンドでしたが、1902 年にはクローシェイ家からの資金援助が途切れ、第一次世界大戦前には楽器がシファースファおよびマーサー市立バンドに引き継がれました。シファースファ城の博物館にはバンドが使用したと思われる楽器が保管されているようです。
*4 Trevor Herbert 「The Repertory of a Victorian Provincial Brass Band」
*5 リュック・フェルトメン(Luc Vertommen)氏はこの曲が1874年から1880年の間に書かれたと推測しています。
英国式金管楽団独自曲事始 - その1
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英国式金管楽団独自曲事始 - その5
writer Hiraide Hisashi