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Satsuma's Band 薩摩軍楽伝習生 その3

 薩摩軍楽伝習生が使ったロンドンのディスティン社に発注された最高品質の楽器一揃いの値段は1500ドルでした。


1500弗

 昭和16年に発行された小山作之助*1)遺稿「国歌君が代の由来」P.104に「(楽器買入代一組千五百弗也と思う)」と記されているのが、楽器購入価格が示されている最も古い記述かもしれません。(図1)

国歌君が代の由来 104ページ (図1)

 「楽器購入費が1500ドル」というのは、海軍軍楽隊史や中村祐庸遺録等にも見当たりませんが、1942年(昭和17)発行の堀内敬三*2)著「音楽五十年史」以降もあちらこちらに記されています。中でも、初版が1968年(昭和43)発行の山口常光*3)著「陸軍軍楽隊史」は物語として秀悦で、この「陸軍軍楽隊史」が新聞記事などでも出典としています。このこともあってか、山口常光氏の記述は、広く事実として認識されることになっていますが、残念なことに原本に関する言及はありません。(図2) 物語としては面白いですが、少なくても「ベッソン楽器店」と記されていることは誤りです。

陸軍軍楽隊史 20ページ (図2)

薩摩藩の維新前後の記録

 薩摩バンド成立の頃の薩摩藩記録を「忠義公ただよしこう史料」として鹿児島県が公開しています。公開されているものの見逃しの可能性もありますが、ここに「楽器購入費が1500ドル」という記述は見当たりません。なお、楽器購入の記録が見つかりましたのでそれは、「Satsuma's Band 薩摩軍楽伝習生 その4」をお読みください。

1888年ディスティン社カタログ

 薩摩軍楽伝習生が手にした楽器の価格をディスティン社カタログ価格で計算します。ただしこのカタログは18年後、1888年のアメリカ合衆国内用カタログと思われますので1870年当時よりも価格設定が若干高額になっていると思われます。

・それぞれの楽器の最高級楽器の価格を計算する。
・同名楽器が無い場合は同種と思われる楽器の価格を計算する。

木管楽器

ピッコロ   15ドル×1台
E♭クラリネット(カタログ掲載無しのためB♭クラリネット) 50ドル×2台
B♭クラリネット 50ドル×6台
バス・クラリネット(カタログ掲載無しのためテナー・サックス) 75ドル×1台

木管楽器10台 合計 490ドル

ピッコロ、クラリネットそしてテナー・サックス (図3)

高音金管楽器

E♭コルネット 75ドル × 1台
B♭コルネット 85ドル × 3台
フリューゲルホルン 85ドル × 1台
E♭トランペット(カタログ掲載無しのためE♭アルト)  47.5ドル × 1台

高音金管楽器6台 合計 462.5ドル

E♭コルネット、B♭コルネット、フリューゲルホルン、E♭アルト (図4)

中音金管楽器

E♭ベンチルホーン(カタログ掲載無しのためメロディーホーン)  65ドル×4台
アルトホーン    47.5ドル ×1台
テナーホーン    52ドル

中音金管楽器5台 合計 307.5ドル

メロディホーン、アルトホーン、テナー、バリトン (図5)

金管中低音楽器

トロンボーン 38ドル ×2台
ユーフォニウム(カタログ掲載無しのためバリトン) 58.5ドル ×1台
B♭バス 85ドル ×1台
E♭バス 100ドル ×1台

金管中低音楽器5台 合計319.5ドル

トロンボーン、バリトン、B♭バス、E♭バス (図6)

打楽器

小太鼓 7.5ドル ×1台
大太鼓  22ドル ×1台

打楽器 合計29.5ドル

小太鼓、大太鼓 (図7)

合計金額

 1888年ディスティン社カタログによる薩摩バンドの楽器購入必要金額は、全楽器合計で 1,609ドル ということになります。たまたま偶然なのかもしれませんが「(楽器買入代一組千五百弗也と思う)」というのは、それらしい金額なのかもしれません。


脚注

(1)小山作之助(こやま さくのすけ 1864-1927)日本の教育者・作曲家。
(2)堀内敬三(ほりうち けいぞう 1897-1983) 日本の作曲家、作詞家、訳詞家、音楽評論家。
(3)山口常光(やまぐち つねみつ 1894-1977)陸軍戸山学校軍楽隊長、初代警視庁音楽隊長。


(図1) 「国歌君が代の由来」P.104
(図2) 「陸軍軍楽隊史」P.20
(図3,4,5,6,7) 1888年ディスティン社カタログより最高金額楽器を編集


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writer Hiraide Hisashi

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