目的が果たせるのなら本末転倒も悪くない
書く道具に興味を持っていかれる。
わたしはこだわりが強い方だ。
特定のモノに関してだけは、やたらこだわる傾向にある。
こだわる、と聞くと安物では済まされないイメージが強いかもしれない。
いや…実際そういうことになる。
なってしまうのだ。
だがそこにお金をかけている、というよりも自分の好き度に見合い、かつホンモノに出会うまでの通り道にすぎない。
「ボールペンに数千円…?!」
興味がないとこんなふうに思われるかもしれないが、どこにお金をかけるかは自由。
単に価値観のちがいなだけ。
だからお金をかけている部分にだけフォーカスしてほしくない。
ララLIFEという番組がある。
先日の放送で強く感じた。
アガベのチタノタという植物を森田剛氏が台湾に買いに行く、という回だった。
安いものは数千円程度。
それが数万、数十万、車が変えてしまうものまである。
そこで森田氏は言う。
「値段を伏せませんか?」と。
値段だけが先走って、視聴者からあーだーこーだ言われることを懸念して…。
わたしはすごく共感した。
首がもげるほど心の中でうなずいた。
どうせ買うならいちばんいいグレードの車を手にしたい。
こういった考えの人も少なくはないだろう。
「好き度」と「こだわり具合」が人それぞれちがうだけで。
わたしは走ればなんだっていいとはならない。
書けたらなんだっていいともならない。
長い年月をかけ、最高に相性のいい紙とペンを見つけた。
愛してやまなかったトモエリバー。
薄いのに万年筆が裏抜けしない。
とにかくなめらかな書き心地で大好きだった。
なのにKOKUYOは、遠い昔からこの用紙をつくっていたのだった。
見覚えがある人はいるだろうか。
campusスプレッドペーパーは、この「書翰箋」と同じ用紙だったのだ。
そして、トモエリバーの書き心地をあっさりと超えてくれたのだった。
書き心地がいいと「書くこと」にストレスを感じることはない。
書いているときの時間がたまらなく好き。
それでいて、ペンをすべらせている自分がこの上なくよろこんでいるのがわかる。
好き度とこだわりを優先した結果、書きたくなる。
本来の目的は「書く」ことにある。
だから道具なんて二の次でいい。
だが、本末転倒も悪くない。
自分が納得するところに着地できたのなら…。
※本体はなぜジェットストリームじゃないのかは割愛する