見出し画像

鉄の玉



ある日、空から鉄の玉が落ちてきた。

ジャガイモ畑のやわらかい土に、
その鉄の玉が半分ほどめり込んだ時、
そばには誰もいなかった。

しばらくして、下校途中の中学生ヨシオが通りかかり
直径2メートルほどの黒い鉄の玉を見つけた。

そのジャガイモ畑は、ヨシオの父親の持ち物だった。

ヨシオは、すぐに父親に知らせた。

父親は、警察に知らせ、警察は県庁に知らせた。

ジャガイモ畑にもどってきたヨシオは、
鉄の玉の観察を始めた。

それは直径2メートルほどの継ぎ目のない鉄の球体で、
古い戦争につかわれた砲弾のようにも見えた。

表面はざらざらでつるつるだった。
鉄アレイの表面に似ている、とヨシオは思った。

連絡をうけ、
近所の大学の物理学の教授と、そのゼミの学生たちがやってきた。
そして、いくつかの測定器を作動させた。

カナリヤが入った鳥かごをもった学生もいた。

簡易的な検査が終わり、
放射線などの危険なものを出していないことがわかった。

毒素を含んだ気体を放出する物でないことも、カナリヤが証明した。


大学の団体のあと、国の調査チームがやってきた。

鉄の玉は、国の研究施設に運ばれることになった。

大型の釣り上げ機や、太いタイヤのトラックがジャガイモ畑を踏み荒らした。

テレビの中継車が、
研究チームが踏み荒らしたジャガイモ畑の上に停車し、
この状況を世界に伝えた。
そして、仕事が終わったら帰っていった。

収穫直前だったヨシオの父親のジャガイモは、ほとんどが潰れたり傷ついたりして、だめになった。

       ★

政府は、専門家委員会を組織して、
鉄の玉の徹底的な調査を依頼した。


あらゆる検査がおこなわれた。

球体の表面の物質は、鉄ではなかった。
地球上にはない未知の物質で出来ていた。

だが、判明したのは、それだけだった。

重さは、6トンと少しあった。


「普通の隕石ではない」

それだけが、専門家委員会が出した結論だった。

「何のための研究機関だ!」

政治家たちは、文句だけ言った。

       ★

検査の結果、
鉄のような未知の金属は、
厚さ30センチメートルほどの殻のような構造をしており、
内部に何かがある事がわかった。

すぐに、内部調査の専門チームが結成された。
対象物を破壊することなく、
内部を調査できる専門チームである。

数日が過ぎた。

内部調査チームは徹夜で作業をおこない、倒れる者まで出た。

彼らは、驚くべき事実をつきとめた。

ぶ厚い固い殻の中に、生物らしき動きを確認したのだ。

研究所ぜんたいは、
アリの巣をほじくり返したようになった。

地球外生命体の存在が明らかになったのだ。
これは、人類史上、初めての事件であった。

皆が浮足だって走り回った。
中には叫び出す者もいた。


専門家委員会の会長は、遠くを見た。

内部調査チームのリーダーは、興奮しすぎて吐いた。

内閣総理大臣は、自叙伝の冒頭部分を書いた。

それほど大きな出来事であった。

      ★

その後、
来る日も来る日も研究は続いたが、鉄の玉に変化はなかった。

二週間が過ぎた。

一人の研究者が、中の生命とコンタクトをとることを提案した。

このまま時が過ぎるのを待っていても、
事態は動かないような気がしたのだ。

このままだと、
研究チームは、何もせずに国から報酬を得ることになってしまうのだった。
そうなると、専門家委員会の存在意義が問われかねなかった。

鉄の玉に、何らかの変化があってもらわなければ困るのだった。

異生物とのコンタクト委員会が設けられ、
あらゆる人材が集められた。

言語学のプロ、生物学者、警視庁の交渉班、おもてなしのプロ、コメディアン、小説家、4コマ漫画家、月刊「暗号解読」編集長、宗教家、格闘家…。

そして、もし攻撃してきた場合にそなえて
自衛隊から精鋭部隊が集められた。

プラント内は、大学の学園祭のような騒ぎになった。
鉄の玉は、その中央に安置されていた。

       ★

まず、表面を規則的にたたいてみる実験が始まった。

次に、音楽を聴かせる実験。

大声選手権優勝者に、大声で挨拶させる実験もあった。

X線映像の観察の結果、
内部の生物は、ゆるやかに動いていることがわかった。

外部からの、どのような刺激に対して反応しているのかは
不明だったが、確かに、反応を示しているようだった。


「出られないのではないか?」

一人が言った。

総理大臣主導のもと、鉄の玉切断チームが結成された。

ダイヤモンドを刃の先端につけた特殊なカッターが用意された。
地球上にある物なら、どんな物でも切断できる最先端のカッターである。

作業は、
中の生物を傷つけないように慎重に進められた。

殻を割ってみると、どろりとした物体が出てきた。

それは、生き物というよりは内臓のようであった。
形を持たない種類なのかも知れなかった。
このような事態を想定して、鉄の玉の下には
巨大なシャーレが置かれていた。

どろりとした物体は、シャーレの中で力なく広がった。

固くぶ厚い殻は、
いつの間にか、ぶ厚いクラゲのようになっていた。

どろりとした物体の中央で、何かがうごめいていた。
そこには、規則的な脈動が見て取れた。
その動きに、ほとんどの人がドキリとした。

やっちまった!

その動きは次第に弱くなり、
最後にはピクリとも動かなくなった。

「死んだ…」

誰かが、ぼそりと言った。

専門家委員会のメンバーたちは、
かたずを飲んで、その様子を見つめていた。
プラント内は、お通夜のように静かであった。

       ★

どろりと出てきたのは、生物の内臓であった。
外側の殻を切り開いたため、
内臓がはみ出てきてしまったのだ。

鉄のように固い殻を持った、
人類がはじめて遭遇した地球外生物は、
地球人の手によって殺された。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?