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ぜったいに遅刻しない高校

30歳になった。
30歳の誕生日をむかえてしばらくたった日、
誕生日が近い高校時代の友人から連絡がきた。

「いよいよ30歳になったので、
 俺もここいらで大きなことをしようと思う」

とだけ。

不安になった僕は、久しぶりに帰省してその友人に会いに行った。

そいつは高校を卒業してから、
大学には進学せずに就職の道を選んだ。

しかし、就職先になじめず一カ月で辞めたと聴いた。

それ以来、30歳になるまでの12年間、
家に引きこもり、

たまには誤魔化しのようなアルバイトをしていたようだが、世に言われているニート生活を送っていたようであった。

僕は12年間、面倒なので連絡をとらないようにしてきた。

       ×       ×       ×

実家に荷物を置き両親と顔をあわせ、
元気か、うん、などお決まりのやりとりをした後で、
ちょっと散歩に行ってくるわ、と断ってそいつの家へ向かった。

そいつの家の呼び鈴を押すまえに、
家の隣にある空き地に何かが建設されているのが目に入った。

塀。

そして、門。

奇妙なのは、その塀がぐるりと囲んでいる土地が異常に狭いこと。

1.5メートル四方といったところか。

その四角い狭い土地を塀がぐるりと囲んでいる。

門には縦長の白いプレートが貼りつけられていて
「世界高等学校」
と、がっちりとしたゴシック文字で書かれていた。

これがおそらく、

やつのメールにあった「大きなこと」と根を同じくするものだろう。

突然、家の玄関が開き、やつが出てきた。

再開の挨拶も何もなく、
やつは、その奇妙な塀や門について解説を始めた。

「俺は高校をつくることにした。
 俺は、この世界高校の校長になった」

「はあ」

僕は、力なくこたえた。

それ以上反応を示さない僕に、
やつはいら立った様子で

「ぜったいに遅刻しない高校だ」

言っていることがわからない。

「内側が高校の外側で外側が高校の内側なのだ」

「え?」

「つまり世界全体が高校なのだ」

「は?」

「つまり我々は、生まれながらにして高校の中にいる」

「はあ」

「朝起きた時から高校の中にいる」

「ほう」

「そもそも高校の中で寝て高校の中で起きている」

「へえ」

「通学の必要もない。すでに高校の中にいるのだから」

「つまり遅刻しない、という論法だ」


僕は、あらためて奇妙な門を観察しはじめた。
塀は、ぐるりと内部空間を囲んでいて門を備えている。
門には高校名。

待てよ。

高校名のプレートは、
ぐるりと囲んだ塀の内側の人間に読ませるように貼りつけられている。

要するに、塀で囲まれた空間が高校の外側で、
塀の塀の外側にみえる我々が立っている場所こをが高校の内側という理屈だ。

やつの解説をそのまま頭の中で反芻している自分が馬鹿に思えたが、
なるほど納得した。

単なる認識の逆転であって、
小学校5年生が夏休みの自由研究で製作して感心される程度のやつで、
矛盾だらけだ。

こんな物を時間をかけて建設していたのかと思うと僕は哀れになった。

家の隣の、おそらくどこかに所有者がいるであろう空き地に、
いい歳をしたニートがこれを工作している姿があったわけだ。

近隣の住人は、それどう見ていただろうか。


まず、やつの理論は日本の法律を完全に無視している。
日本だけではない。
世界を巻き込んだことになってしまっている。

やつの屁理屈だと、
塀に囲われた小さな土地以外は、すべて高校の敷地内である。

僕の実家も、東京大学も、阿蘇山も、太平洋もハーバード大学も、
イランもイラクも、すべてこいつが校長を務める高校の敷地内ということになる。

無茶苦茶だ。

その理論がまかり通るなら、
世界中の権力者が、いとも簡単に世界を手中におさめることに成功するだろう。

待て、権力者だけじゃない。

世界中のあらゆる人間が、この方法で世界を自分の土地であると宣言したら…
えらいことになる。

「いや、ならない」

「えっ? 聴こえてた?」

「おまえさっきからぶつぶつ声に出してしゃべっていたぞ」

僕は、考えを整理する過程で、声に出してしまっていたようだ。

「確かにこの方法だと、世界中の人間が、世界を手に入れることができる。
 だが、それがどうした」

「戦争になるだろ」

「ならない。
 共有すればいいじゃないか。
 世界は私の土地だが、あなたの土地でもある。
 そうすれば戦争は起きない」

「なるほど」

僕は、キツネにつままれたような気持ちになり、
そのまま東京に帰ってきた。

あれからいく度、やつの理論について考えただろうか。

世界じゅうの人が、塀を作り、小さな土地を囲い、
そこ以外が自分の土地であると宣言したら…

そして、全員が土地を共有することを認めたら…

地球に暮らす人全員が、自分の土地を小さな塀で囲い、

違う…

自分の土地以外を小さな塀で囲い、

その土地以外の所有権を主張して広大な土地の共有者になる。
いったいどういう状況になるのか。


       ×       ×       ×


あれから20年。

僕は50歳になった。

やつはまだ、この世界高校の校長を続けているのだろうか。

(了)


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