アリオス・文化教養シリーズ特別編「なぜショパンはポーランドの魂なのか」開催に寄せて~あるいは文化教養シリーズ4年間がもたらした“交響”について(1)
「どうなる!? コロナ後の文化芸術」というサブタイトルを掲げて、コロナ禍2年目の2021(令和3)年6月に始まった「アリオス・文化教養シリーズ」が、2025年3月21日(金)の「特別編 なぜショパンはポーランドの魂なのか」をもって、一旦の幕引きをみます。チケットは2月8日(土)から予約開始となります。
https://iwaki-alios.jp/cd/app/?C=event&H=default&D=03736
この公演は、本来は昨年11月16日、ショパン・コンクールの審査員でもあったポーランドのピアニスト、ヤノシュ・オレイニチャクさんをお招きして、氏の演奏と、このシリーズの監修をお願いしている文筆家・文化芸術プロデューサーの浦久俊彦さんとの対談をお届けする予定でした。しかし、オレイニチャクさんが来日直前の10月に72歳で急逝されたため、実現は叶わず中止とさせていただきました。
少し時間を置き、振り替え公演として企画し直した今回の公演は、このポーランドの名匠への追悼公演という意味も込め、氏の愛弟子でもあるピアニスト、福間洸太朗さんに登場いただくことになりました。かつてオレイニチャクさんが映画『戦場のピアニスト』(2002)の演奏を担当したショパンのナンバーから、師との思い出の曲なども含めたオリジナル・プログラムをご披露いただきます。
昨今、日本の新進ピアニストたちが世界を席巻するようになりましたが、福間さんはちょっとお兄さん格で彼/彼女らの先駆けになった存在であり、その実力は浦久さんの折り紙付き。200席のいわしん音楽小ホールで彼のピアニズムを堪能できるのはとても貴重です。楽しみにしていただきたいと思います。
https://youtu.be/NxpGaHXAf04?si=ZIH3ZcvtSUCpQTz_
(最近YouTubeにアップされた、福間さんのピアノ、キンボー・イシイさんの指揮、NHK交響楽団の演奏によるショパンの珍しい「ポーランド民謡による大幻想曲」)
演奏の前に、浦久俊彦さんと長野でトーク・セッション、「ショパンとポーランドの魂」を行います。いつも通りほとんど打合せナシのぶっつけ本番での登壇になると思いますが、それゆえ、どこに話題が飛び、どこに着地するかわからないスリリングさもあります。浦久さんから「ここでしか聞けない」お話をいっぱい引き出し、ショパンの知られざる魅力に迫るため、全力でぶつかりたいと思っているのでご期待ください。
* *
今となっては、まったく普通に「戻った」ように思える私たちの「日常生活」ですが、いわゆるコロナ禍と呼ばれた3年余りは、文化とともにある生活や、芸術活動(プロ、アマ問わず)、劇場・音楽堂と呼ばれる文化施設の存在意義が、根幹から覆されるような危機が続いた非常事態期間でした。また、不要不急の外出を控えたり、療養のために隔離したり、という状況が生じるなかで、大小さまざま、思わぬ“分断”が進んだ面もありました。皆さんも、思い出すことはいろいろあると思います。
そうした状況のなか、やはり下ばかり見てはいられない、こんな時期だからこそ芸術、文化、劇場施設の本質、その価値を「みんなで」見直し、掘り下げ、語り、未来に向けて共にしぶとく生きていこう、という願いを込めた企画を問うべく立ち上げたのが、「アリオス・文化教養シリーズ」という取り組みでした。シリーズの監修と、進行を、浦久俊彦さんにお願いししました。

1年目のシリーズ・テーマは、直球勝負で「どうなる!? コロナ後の文化芸術」。
第1回のシンポジウムのことは今でも忘れられません。2021年6月、「オーケストラに未来はあるか?―持続可能な方法論」と題して、浦久さん、Zoom出演で指揮者の山田和樹さん、地元いわきからは、いわき交響楽団コンサートミストレスの齋藤めぐみさん、福島県合唱連盟いわき支部・副支部長の佐藤和子、さん、福島県立湯本高等学校(当時・現いわき湯本高等学校)の小山田浩先生、そしていわきアリオスから長野が登壇。音楽小ホールには、あのご時世にしてはびっくりするほどの来場者がお集まりいただき、関心の高さを感じました。実際その日は客席からもたくさんの声をいたたきましたが、語りたい人が多かったのは、東日本大震災後の発災からしばらく経った時の状況に似ているとも思いました。
https://iwaki-alios.jp/cd/app/?C=blog&H=default&D=02212&O=STIME%3AD
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おそらく「オーケストラ」というイメージを問うだけでも、千差万別の言葉で語られるでしょう。だから、シンポジウムでは、統一した見方を得る、というより、オーケストラやそれを取り巻く環境のありよう、芸術活動への接し方について多様な視点を獲得する、という面が大きかったっと思います。
実際、私自身はこの文化教養シリーズの第1回がなければ、現在につながるいわきアリオスの取り組みの核を今のように鮮明化できなかったかもしれない、と振り返ることがあります。

この日、私は客席の皆さんに「(プロ・オーケストラのない)地方都市における“オーケストラ”の価値の更新」について、問うたと記憶しています。
たとえば、いわき市はNHK交響楽団と協定を結んでおり、年に一度の「定期演奏会」を行う、東北唯一の都市です(毎年、NHK交響楽団演奏会を行う都市はあります)。以下は、協定発表時の2009(平成21)年に我々が出した表向きのコメントです。いわき市のような中核都市で、年に1回N響が「定期演奏会」を行うことはシティ・プライドの醸成につながることであるし、東北一の音響性能を誇るいわきアリオスの大ホールの魅力をアピールするうえでも大きな意味があると言ってきました。いわきアリオス音楽学芸員の足立さんは、よく「プロ野球の巨人軍が毎年キャンプをしに宮崎に行くようなもの」というたとえとともに説明してきました。
シンポジウムの時点でも、N響さんとの10年余りにわたる本音の協働により、他都市では絶対にできない取り組みを積み上げてきたことは確かですが、将来のことを考えると「年に一度」の定期演奏会を行うことの価値、もっと引き出すことが重要になってくるのではないか。当然、N響の定期演奏会を1回開催するには、それなりの予算を伴いますが、それ以上の価値、リターンを生み出すこともできるのではないか、ということです。
クラシック音楽や、いわきアリオスのような公立文化施設が取り扱うような演劇、ダンスといった、いわゆるパフォーミング・アーツは、「それが好きな人のためのものなのではないか」という思われ方を、いまだにされることがあります。
でも本当は、好き/嫌い、関心のある/なしを超えて、老若男女「すべてのひと」のために行っている事業なのです。最終的に選択するのは各個人ですが、まずは「あなたのための事業なんですよ」ということを認識していただき、自分の関わり方で、年に1度の「定期演奏会」を心待ちにする。そのような環境や、地域の文化振興につながっていく取り組みにすることができないか……。
文化教養シリーズ第1回のシンポジウムにおいて自問自答したことが背景になったのかもしれない ーー と、いま振り返ると強く感じるのですが、翌年2022年度から「NHK交響楽団いわきアンバサダー」という取り組みがスタートしました。
この事業では、年に一度のNHK交響楽団いわき定期演奏会が行われるまでの期間に、「アンバサダー」に就任したN響の楽員さんに何度かいわき市に足を運んでいただき、市内のさまざまな場所(市民の日常生活に密着した場所)で演奏を披露し、N響のこと、次のN響いわき定期の聴きどころ・見どころ、クラシック音楽の魅力について、住民の皆さんにトークを繰り広げていただきます。市民の皆さんには、コンサートホールの舞台上でしか会えないと思った、楽団員さんの演奏・キャラクターに間近で接することにより親しみを感じ、「N響」への好奇心が掻き立てられ、NHK Eテレの「クラシック音楽館」でN響の演奏会が放送される際には楽員さんにも注目していただき、「N響いわき定期」に会いに来るようになってほしいほしいというのが事業の核になっています。
1年目のアンバサダーはN響第2ヴァイオリン次席奏者(当時)の三又治彦さん、2年目は、N響フルート奏者の梶川真歩さん、3年目の今年はいわき出身のN響バス・トロンボーン奏者・黒金寛行さんに就いていただきました。お三方の人柄と、並々ならぬ地域へのコミットや愛着の寄せ方、そして何より演奏そのものが、プログラムに触れた皆さまの意識を変えていく過程をまざまざと感じさせられた3年間でしたが、その素晴らしさについては、場を改めて紹介したいと思います。
N響いわきアンバサダーは、いわきアリオスが立地する平地区で行うよりも、平から離れた地域で意識的に展開するようにしてきました。特に重点的な展開を決めたのは、いわき湯本温泉がある「常磐地区」、海沿いの「小名浜地区」、そして1年目の事業を行っている際に「こっちでもやってよ」とラブコールを送ってくださった「勿来・植田地区」の3地区。いずれも、地元に密着したまちづくり団体や中間支援団体が機能しているのが一番のポイントかもしれません。(他の地区では四倉地区や、今年は好間地区にもつながりが)。そのまちづくり、地域づくりの担い手の皆さんに協力を要請し、「一期一会」ではない、継続的な関係性を築くなかで一緒に地域ならではのアンバサダー活動をカスタマイズし、地元のお客さまを呼び込み、「たまには平に言ってもいいかも」という口実の一つとして「NHK交響楽団いわき定期演奏会」が上がるようになってほしい、と思っています。
これも詳しくはしっかり書き残さないといけないのですが、各地域の受入れ団体の皆さんの協力体制も素晴らしく、アンバサダーの公演を行う会場について思いもよらぬ提案をしてくださったり、公演の広報や集客について、いわきアリオスのスタッフでは手が届かない地元の皆さんに浸透させてくださったり、何より、ひとりひとりのアンバサダーともがっちり交流し、地域の魅力や課題も含めて愛を込めて語り、親戚のような付き合いを継続してくださる……。もちろんNHK交響楽団いわき定期にもいらっしゃって、終演後、奏者の方にも会って労ってくださる。アンバサダー活動の継続的な展開は、各地区の文化振興のために一役買わせていただいてる側面もあり、それが受入れ団体の皆さんにとってはメリットになるのかもしれませんが、そうした短期的な利害関係を超えて、関わってくださる皆さんの地域愛や、まちを何とかしたいという強い想いがアンバサダーやゲスト奏者の皆さんに伝わり、「音楽」そのものを通して、地元関係者の皆さんにも、「音楽や、N響、いいよね」ということを体験し、腑に落ちていただく循環が構築されつつある、3年間続けて来てそんな手ごたえを感じました。これは、私たちが当初企図した以上の恩恵を、地域の皆さまが引き出してくださったと言ってもよいと思います。
地元のアマチュア・オーケストラ、「いわき交響楽団」の皆さんも、折に触れ、N響メンバーの皆さんと交流してくださり、いわき公演の際も歓待してくださるなど、応援をいただいているのも忘れてはいけません。
そうした取り組みが、定員1,740名のアルパイン大ホールで行われるN響いわき定期の集客に対して効果を上げた面も、予想したほどではなかった面もあるかもしれず、そこは詳細な検証が必要かと思います。
ただ、アンバサダー活動を始めてから3年目の今年、2025年2月2日に行われた「第12回 NHK交響楽団いわき定期演奏会」の会場の4階席最後列(9列目)や、滅多に開放しない4階バルコニー席の先端までびっしりと埋まった客席から、ステージ上に注ぎ込まれる視線や拍手は、明らかにコロナ禍前のいわき定期とは違った質のものが流れていました。ステージ上には、いわきではおなじみのアンバサダー3名や、いわきに愛着を持ってくださっている奏者の皆さんの姿が各セクションにありました。(舞台転換に動くN響のスタッフの皆さんにもお馴染みの顔が)。
オーケストラと客席が無言でつくりだす一体感が生まれていたと思います。その要因のひとつには、確実に、「N響いわきアンバサダー」の取り組みの積み上げがあったはずです。「流れ」が変わった感触を得たのが、今年のN響いわき定期でした。
4年間にわたる「文化芸術シリーズ」がもたらした“交響”は、さまざまにあると思います。シリーズ第1回のシンポジウムのテーマに掲げられた「オーケストラに未来はあるか?」という問いに関して、4年を経過した時点で私自身がいえる回答は、「ある! ここいわき市に関しては。そしてみんなに『ある!』と言わせたい!」とうことです。コロナ禍の閉塞した状況から、今は大きな希望が目の前にひらけているのは、浦久さん、いわきアリオス音楽学芸員の足立さん、お集まりいただいたパネリストや客席の皆さん、NHK交響楽団の楽団員や事務局の皆さん、アンバサダー活動を中心にいわきアリオスの活動を応援してくださる地域の皆さんや実演団体の皆さま、そして文化教養シリーズに寄り添うように、また後世の財産となる客観的な事業レポートを残してくださった音楽ライター/音楽ファシリテーター飯田有抄さんのおかげだと思います。