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うちの嫁には生えてます!?(6/27)
第06話「昭和な彼女はお嫁さん」
荒谷美星は久々に、買い物する女の子の荷物持ちというのをやった。
ファッションセンターでは、千鞠がわりと真面目にアレコレ選んでくれた。何を試着しても笑顔を咲かせる辰乃に、不思議と表情筋が緩む。
今日だけで美星は、無表情な仏頂面を何度も和らげてしまった。
そして今は、雑貨屋や100円均一ショップを回って遅めの昼食中だ。
何の変哲もないファミレスでも、辰乃は入店前から目を白黒させていた。
「美星さんっ! お品書きにこんなに洋食が……どうしましょう!」
「いや、どうしましょうって。いいから好きなのを選びな」
「でもでも、ハンバーグだけでもこんなに種類が……ドリア? これはどんなお料理でしょう。それと、カルパッチョとは……!?」
メニューを広げて、フンスフンスと辰乃が瞳を輝かせている。
朝からずっと感じていたが、どうやら彼女は現代の日本社会に接したことが少ないらしい。1,500年も龍神とやらをやっていても、驚くほど俗世に疎かった。
洋服の一枚一枚に感動し、携帯電話を持たせれば驚きに言葉を失う。
小さなお嫁さんは、見ていて飽きない素直な感情の塊だった。
「どうしましょう、美星さん……ハンバーグは100g単位で大きさを選べます! しかも……追加で海老フライも付けられるんです! そして、ごはんがおかわり無料」
「お腹いっぱい食べるといい。辰乃は食いしん坊だからな」
「はっ!? ……そ、そんなにですか?」
「うん。だから、遠慮するな」
結局辰乃は、一番大きなハンバーグに海老フライをオプションでつけて、それと別にカニクリームドリアを注文した。
それにしても、よく食べる。
あの小さな身体のどこに入るのだろう?
既に買った服へ着替えているから、改めて華奢なスタイルの良さが際立っていた。今はプリーツスカートに襟のあるシャツを着ていて、ふわふわした以前の着衣よりも柳腰が目立つ。そのくせ、過不足ない胸と尻の存在感が自己主張していた。
頬杖ついて辰乃を見ていると、彼女はメニューから顔をあげる。
「あ、あの……美星さん。わたし、何か変ですか?」
「ん? いや、別に」
「その……えと、今日は本当にありがとうございます! こんなに沢山お洋服を」
「まあ、嫁らしいからな。だろ?」
「はいっ! 辰乃は美星さんの妻です!」
「そゆ訳だから。あとは……神さん、もとい神様にもう一度会わなきゃなあ」
行きつけの焼き鳥屋で会った、謎の老人。
辰乃が神様と呼ぶその人物が、酒の席で妻に娶れと勧めてきたのが辰乃だ。
どうしても美星は、老人に確認しておきたいことがあった。
それは、男女同権の価値観が広まった現代では、当然とも思えることである。つまり、保護者と思しき神様に問いたいのだ。本当に自分のような男に、龍神の少女を嫁がせていいのかと。
辰乃には聞くまでもないような気がするが、美星には臆病な気持ちの理由もある。
そのことを不意に、辰乃はおずおずと訪ねてきた。
「あの、美星さん……先程の女性、千鞠さんは」
「ああ。あいつ、妹つったか?」
「はい。……あの、あまり似てない、ですよね」
「そりゃそうだ、血が繋がってないからな。そもそも千鞠は――」
「で、では、異母兄妹とかでしょうか。それとも、その」
彼女なりに、デリケートな話題に触れている自分を自覚しているらしい。
水の入ったグラスを両手で握って、上目遣いに美星を見詰めてくる。
彼女の不安を取り除いてやる必要があると思った。
美星は、自分でも思わせぶりなことを言っていることに気付けていない。それは、無意識に過去の話題を避けているからだ。
だが、辰乃はキッと前を向くと、最短コースで核心に触れてくる。
「あのっ! 美星さん!」
「はい。……ちょうど今、もう少し説明をと」
「わたし、ちょっと嬉しかったです! その……千鞠さんが妹さん以上の存在であっても、そんなに珍しくないお話ですし! それに」
「待って、ちょっと待って。えっと……珍しく、ない?」
「ええ。古くからどこの集落でも、親族同士での婚姻はありましたし。血が繋がってなければ、兄妹同然に育った関係がそのまま夫婦になることもごく普通に」
「……それ、何百年くらい前の話かな」
「つい最近です、ほんのつい最近……えっと、あの戦争の前ですから、んと」
少し視線を外して、辰乃は記憶を辿り出した。
だが、不意に彼女は小さく笑った。
本当に、蕾が綻ぶような笑みだった。
「でも、嬉しいのは本当です。……少し、ちょっぴり悔しいですけど。わたし、この姿になった時に神様に言われたんです。もっと、ええと、ぐらまあ? とにかく、大人の女性になった方がいいと」
「そんな、それこそ服を選ぶような気軽さだなあ」
「わたしが知っている時代は、二十歳を過ぎればもう行き遅れです。更に歳を取れば、行かず後家なんて言われて……でも、神様はこうも言いました!」
グイと辰乃がテーブルの上に身を乗り出す。
そして、とんでもない爆弾発言をはっきり言い放つ。
「世の殿方は全て、程度の差こそあれ……ろりこんというものらしいです!」
「……おっと。まあ、えっと、あー……まさに、神発言?」
「美星さんも、その、ろりこん? そういうの、ありますか?」
「いや、どうだろう」
「でも、先程千鞠さんを見て安心したんです。……お二人が親しい間柄のようで、美星さんも優しい顔をされてました」
意外な話だ。
自分の無感情な鉄面皮には、自覚がある。
ある日を境に、ずっと美星は無感動な日々を送っていたのだ。その時から、顔は五感を感じる器官の集合体でしかなくなったのだ。
だが、そんな自分から表情の機微を読み取ったと辰乃は言うのだ。
それも、どこか嬉しそうにはにかみながら。
「わたしには、その、ろりこんというのはよくわかりません!」
「えっと、とりあえず連呼はよそう。あと、声が少し大きいよ」
「す、すみません。神様は病のようなものだとも」
「まあ、病的な人もいるね、ロリコンってそういうもんだからね」
「でも……千鞠さんもわたしも、そう変わらない姿なので、安心しました。わたしも……あの、こんなこと言ったら、えっと……で、でもっ!」
真っ赤になって口ごもりながらも、身を乗り出したまま辰乃は目を潤ませる。
その眼差しが不思議と、美星の頬を熱くした。
「わたしのことも、その……すっ、好きになって頂けませんか? 美星さんの妻として、頑張ります。一生懸命働きます。だから」
「辰乃……俺、ロリコンじゃないけど。だけど、とっくに、って話なんだよな」
「え、じゃあ」
「辰乃はいい娘だから、嫌うのは凄く難しいと思うんだよなあ。それと」
辰乃は先程にもましてまばゆい笑顔になる。
そのうち周囲に本当に花が咲きそうだ。
神通力とやらがあると言っていたので、本当にやりかねない。
その証拠に……頭には普段は隠してある角が現れていた。
「それとな、辰乃。まず、角が出てる」
「あっ! す、すみません、つい嬉しくて」
「あと、千鞠は22だ。大学四年生」
「えっ!? 成人されてるんですか? ……お若く、見えましたが」
「幼いっていうのかな、童顔だしツルペタだし。それこそ、辰乃が言うロリコンっていうのは……まあ、その話はよそう」
ただでさえ目立つ辰乃は、いるだけで周囲の視線を吸い上げる華があった。
そんな彼女が、先程から特殊な性癖の名を連呼しているのである。
自然と店内の誰もが、美星に向ける目を複雑な心境で彩っていた。
だが、いずれ話すことだからと美星はしっかり言葉を選ぶ。
隠すことではないし、自分で触れたくなくても辰乃には知ってほしい。
これからどうなるにせよ、現在進行形で彼女は自分のお嫁さんなのだ。
「俺は……昔、恋人がいた。将来を一緒に考えていた奴がな」
「まあ……でも、当然です! 美星さんはとても素敵な方ですから!」
「いつか、もう少し気持ちが整理できたら具体的に話すよ。がっかりさせるかもしれないけどな」
辰乃は一生懸命に首を横に振った。
さらさらと翡翠色の髪が揺れる。
そして、次の言葉で実星を振り返らせたのは、彼女ではなかった。
「なんじゃ、そういうことを気にしておるのか」
背後のボックス席から、老人が二人を見下ろしていた。
突然の再会で、思わず美星は真顔のまま固まってしまう。
それは、先日美星と辰乃の縁を取り持った人物……神様だった。
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