うちの嫁には生えてます!?(8/27)
第08話「嫁にはまだまだ生えてます」
帰宅後、荒谷美星は自宅のことをアレコレと辰乃に言い聞かせた。
炊飯器や洗濯機の使い方、お風呂のボイラーにテレビ等の家電製品。特に辰乃が驚いたのは40インチの薄型テレビで、言われるまでテレビと気付かなかったらしい。真空管がどこにあるのでしょう、と首を撚る彼女は、やっぱりちょっとかわいかった。
そうこうして辰乃のご飯を食べて各々に入浴を済ませると……あっという間に夜になっていた。
「……とりあえず、密着はまずいな」
寝室に二組の布団を敷きつつ、美星はその間をちょっとだけ離す。
だが、変に距離を置くと……遠ざけられてると思うのではないだろうか?
慌ててくっつけるが、それで昨夜の感触を思い出した。
淡雪のような手触り。
温かなぬくもり。
甘い匂いがほのかに香る。
そして……立派な雄々しい角。
慌てて脳裏の妄想を振り払い、何度も布団の位置を変えてみる。
美星はつい、考え過ぎてしまう……思考で動いてしまう。
彼の感情は機能不全で、よかれと感じることを論理が許してくれないのだ。
そうこうしていると、ふすまが開いて辰乃が戻ってきた。
「美星さん、お風呂頂戴しました。すっごくいいお湯でした!」
「ん、そうか」
「洗髪料がすっごいいい香りです……髪がサラサラです! ほら、美星さん! サラサラなんです!」
「ただのシャンプなんだが……ま、まあ、よかったな」
布団の上にあぐらをかく美星の前に、ぽてんと辰乃は座った。
ファッションセンターで買ったパジャマは、水色の星柄である。少し子供っぽいのだが、それが優雅な起伏を描く辰乃のシルエットを包んでいた。スタイルの良さがアンバランスで、どこか妙な背徳感があった。
俺はロリコンではない。
そう断言できるし、辰乃は童顔の小さな女の子だが躰は大人だ。
大人の女性へ開花する直前の、その豊かさを湛えた曲線で構成されている。
「あの、美星さん?」
「あ、ああ……また、買い物にいこうな。鏡が部屋にないと不便だろうし」
「は、はい」
「あ! いや、何でも買ってやるという訳では。それに、買い与えればいいとはもう思ってなくて、その」
目の前で正座する辰乃から、つい目を逸らす。
バツが悪くて頭をボリボリとかきながら、美星はこれ以上はと思った。
間が持たないし、辰乃が眩しくて直視できない。
神様公認の夫婦なのに、あまり何も思わない……感じない。
かわいい娘だし、嬉しい筈だと考えてしまう。
結局美星は、小さく鼻から溜息を零して逃げを打つ。
「よし、辰乃。寝るか」
「は、はいっ」
「家事とか、あんまり頑張らなくていいからな?」
「いえ、わたしは美星さんの妻ですから。家を守る女として、炊事に洗濯、お掃除と全てをやらせて頂きます! 花嫁修業だけで軽く400年は研鑽を積んできた自信があります!」
「お、おう……そっか。じゃ、頼むわ」
「はい!」
布団に逃げ込もうとした美星だったが、ふと思い出して振り返る。
そこには、枕を抱き締めてこっちの布団に上がり込んでくる辰乃が近い。
「ええと、辰乃。奥の部屋な、もう一つ十畳の客間があって……今は物置になってる。そこだけは絶対に入らないでくれ」
「わかりました! ……お掃除とか、いいんでしょうか」
「いいんだ。その、見られたくないものとか……あるからな。それと」
辰乃は笑顔で頷くと、ポンと自分の枕を置いた。
美星の枕の隣に。
そして、潤んだ目を伏せながら美星の膝に手を伸べる。すっと細い人差し指が、いじらしく触れて八の字を書いた。彼女は徐々に頬を赤らめながらも、何かを言いかけては口籠る。
上目遣いに見詰めてくる表情は、普段のあどけなさが影を潜めていた。
そこには、夫の美星を求める女の顔があった。
「あの、美星さん……今夜こそ、えっと……わ、わたしと……夫婦の契を」
「お、おう……ええと」
「昨夜は随分とお酒をお召のようでしたし。でも、今夜は」
「あー、うん。じゃあ……い、一緒に寝るか? その、夫婦的な感じで」
耳まで真っ赤になりながら、何度も大きく辰乃は頷いた。
彼女は鼻息も荒く、膝でズズイとにじり寄ってくる。
自然と間近で見下ろす美星は、なだらかで華奢な肩へ両手を置いた。
黙って辰乃が目を瞑るので、戸惑いつつも唇を重ねる。
薄紅色の唇に、唇で触れた瞬間……小さく辰乃は身を震わせた。
そして、脳裏にあの声が蘇る。
――美星って、キスが下手だよね? でも、んー……そゆとこ、好きだよ?
それは一瞬で、そして永遠にも思えた。
ただ、唇同士が触れただけで、そしてまた離れる。
舌と舌も触れず、行き来する呼気すら交わらないキスだった。
それでも、瞳を開いた辰乃がぽーっと自分を見上げてくる。
そこに違う女の面影が浮かんでくる気がして、美星は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「美星さん……あの、明かりを」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「いえ、その……消してもらえないでしょうか。やっぱり、少し……恥ずかしい、です」
「あっ! そ、そういう意味か、そうだな! うん、そうしよう」
いそいそと立って紐を引っ張る。
あっという間に闇が寝室を包んだ。
窓を覆うカーテンだけが、星明かりと月光で絵柄を浮かび上がらせている。ぼんやり浮かぶカーテンの模様を見ていると、少しずつ目が慣れてきた。
そして、微かに響く衣擦れの音を聴く。
そっと辰乃の手が、美星の手に触れてきた。
「美星さん……ど、どうぞ」
「あ、うん。えっと。あー、なんだ。し、幸せにする方向でな、今後も色々考えるから」
「ふふ、わたしはもう……とっくに幸せです。さあ、美星さん」
まるで導かれるように吸い寄せられる。
既に全てを脱ぎ捨てた美星の、その白い肌が薄闇の中で浮き上がって見えた。
光を集めて輝く真珠のような柔肌に、そっと美星は身を重ねる。
頭にはもう角が現れていたが、洗いたての髪を優しく撫でた。
ちょっとでも気を抜けば、壊れてしまいそうな程に辰乃は細い。
その全てを抱き締めると、頭の中の女は消えてくれそうだった。
消えてくれと懇願する美星の胸に、その奥の心に……そっと辰乃が満ちてゆく。
「あ……美星さん、あの。角、邪魔じゃないですか?」
「平気だ、多分。その、全然大丈夫だから」
「は、はい」
「ただ、その……何か、えっと。ど、どうすれば……その、人間と同じで、いいんだよな?」
「はい……触れて、ください。わたしの全てに……どうか、今夜もお情けを」
そうは言うが、ちょっと美星は自分が情けない。
勿論初めてではないし、性欲がない訳でもないのだ。そして、一匹の雄としての劣情を励起させるのに、辰乃という存在は十分に過ぎた。
だが、どこか神聖で清らかな存在だと考えてしまう。
龍神の娘という彼女の肩書が、美星に合理での禁欲を促してくるのだ。
言い訳が立ってしまうことに安堵していて、本当に情けない。
「辰乃、じゃあ、その」
「美星さん……わたし、切ないです。どうか、もっと」
「わ、わかった。その、すまん」
そっと胸の膨らみに触れる。
張りと艶は異次元の弾力で、その重みがしっかりと重力に抗っていた。
そのまますべやかな肌を撫でて、おずおずと美星は指を走らせる。
そして、股間のささやかな茂みの、その奥へと――
「……ん?」
「ぁ……美星さん? まあ……忘れてました、その、わたし」
「えっと? 待て、落ち着こうか。落ち着こう、素数を数えるんだ」
「いえ、これは……ええと、嬉しくて」
布団の中から見上げる辰乃は、暗がりの中でもはっきりわかるほどに赤面していた。
そして……彼女の内股へと手を伸べていた美星は固まってしまう。
そこには、本来ありえない筈の太くて立派なモノが生えていたのだった。