電波ジャンパー

小説『僕は電波少年のADだった』〜第11話 今度こそ本当に紅白への道

 12時梅本入り。
「いやーおつかれちゃんおつかれちゃん」アッコさんロケバスに乗り込む。
「アッコ、いよいよ今日は念願の紅白に出られるね。おめでとう」と飯合。
「またまたーっお願いしますよ、ガハハハ」
 ドライバーまで含めたスタッフ男性陣全員、ロケバスから降りる。
 中で梅本着替えメイク。
 あっという間に終わって準備万端。アッコさんの着替えはいつもびっくりするくらい早い。
「さっ、やりますか」飯合がスケッチブック片手にそう言うと、カメラ白木さんはENGを肩に担ぐ。
 まずはロケから開始。ここから年越し生放送の中継まで、長い長い戦いが始まる。
「さ、アッコ。ココに立ってタイトルコールから行くか」
「あいあい、さあやりますかね」
  NHK本社ビルが見えるところがいつもの決まり位置。
  警備スタッフが遠くからこちらを見てる。
 「NHK紅白歌合戦にでたーい!」

 しかし毎回毎回、ここでロケを開始し、でかい声で「〇〇したいっ」とか言ってる梅本のタイトルコールは当然、警備スタッフも聞こえているはずなんだよな。
 ああ大晦日なのに大変だな、電波少年も。ま、あの電波少年が大晦日にロケしないわけないよな。くらいは思ってくれているのだろうか?まさかこのまま年を越すまで、ずっとココに張り付いてロケどころか生中継をすると思っているだろうか?
 そしてアッコさんはどこまで本気でロケしてるんだろうか?
 NHKにアタックすれば紅白に出ることが出来るって、どこまでホンキで思ってるんだろうか?
「さっいよいよ1993年大晦日を迎えましたが、私梅本明子は、ここNHK前でNHKさんに最後のお願いと思って参りました。では行ってみましょう」
いつものようにカメラは置き去りでひとりNHKの受付に向かう。

 今日はこの後、生中継の都合もあってディレクターでない僕にもイヤモニが渡されていた。夜の7時間半特番の都合でプロデューサーがロケ立ち会いできず、余っていたからっていう理由もある。
 イヤーモニター通称イヤモニはタレントのワイヤレスマイクの音声を聞くことの出来る受令機だ。タレントだけが交渉に行くことが多い電波少年ではなくてはならない機材の一つ。そしてタレント本人の声はもちろん対応してくれた相手の話していることも結構ちゃんと聞くことが出来る。このイヤモニで聞けているということは、音声が収録されているということだ。音さえ取れていればネタにはなる。
 よくスパイが盗聴器で相手の様子を探るというが、確かに音声がバレるというのはこんなに生々しく相手の様子を知ることが出来るのかと驚くくらい色んな事が分かる。セリフでなくても物音一つで結構色んな事が分かるものだ。編集やOAで十分見ていたが、やっぱり現在進行系の迫力は違う。初めてイヤモニをつけてびっくりした。
 あっ梅本が受付についたらしい。
「あのー紅白の関係者の方とお話がしたいんですが…」
「少々お待ち下さい」受付担当の女性はマニュアル通りのお答え
「また来てるよ」多分、受付を通ったNHKの職員の方の声。梅本に話しかけたわけじゃないんだろうけど、結構最近の高性能マイクは貴方の声拾ってるんですよ。梅本はこういうチャンスを逃さない。ガサツな足音。受付嬢を放ったらかしにして、スタッフの方にアタックをかけてる梅本の声。
「あのーどなたか紅白のスタッフを紹介していただけませんか?」
「よく来てるよねえ」
 最近NHKのでは、こういう受け答えが多くなってきていた。
「何の番組やってる方ですか?」
 梅本の交渉はまず仲良くなることから始まる。ともすると、かわいそうなタレントだなと思われるように誘導するとも言えるかも。
「いやいや番組のスタッフじゃないんだけどね」
「何をやってらっしゃるんですか」
「ごめんごめん、頑張ってね」
 そのスタッフの方はその場を立ち去りたいのだろう。
「まま、そう言わずに」。きっと今梅本はこのスタッフの方の左腕を離すもんとばかりに掴んで、いや失敬。腕を組んで交渉を続けているに違いない。カメラ白木さんはひたすらNHK本館の外景を撮り続けている。あんなサイズや、こんなアングルで。飯合さんはイヤモニに集中。
「じゃ頑張ってね」
「くそっ逃げやがった」梅本が悪態をつく。
 よく考えると、NHKの人がアッコさんに「頑張ってね」って言うのはありなのか、なしなのか、もうそこは電波少年ワールド。
 再び受付に戻る梅本。
「すみません何度も、紅白関係者の方とお話がしたいんですが…」
受付嬢も困ってる。
「申し訳ありません、お約束はありますか?」
 無いに決まってる。
「すみません。アポイントはないんですが紅白の偉い人と会いたいんです」
得意の押し問答が続く。

 大晦日なのにいつものパターンと言えばいつものパターンなのだけれど、リアルに今どうなるかわからない状況で、この押し問答を聞いていると本当にドキドキしてくる。そりゃ楽観的に考えれば、誰か偉い人が出てきて「よっしゃ何か考えるよ」という展開がない訳ではないのだが、その何倍もの確率で権威ある人のお怒りを買って「なんだ!あの梅本明子とかいうタレントは!」と言われたりしないかという不安でドキドキしてしまうのだ。
 梅本ももうかなり有名なタレントになってきていたし、歌も過剰に上手いスタ誕出身のアイドル(頭にバラエティついちゃうけど)。もしかすると電波少年でこんな事しなくても、いやこんな事しない方が紅白歌合戦に出られる可能性が高いんじゃないか?いやいやヒット曲がない。そりゃ無理か、いやいやいやジョニー五木作詞アーリャ・コーリャ作曲『ネコなんだもん』はいい歌だし、2週間前にカップリングで久保田利伸作曲、そして梅本自ら作詞した『たとえば、ずっと…』というカッコよい曲もできている。どっちかと言えば、こちらをA面にして地道に売り出したほうが良いんじゃないかって僕は思ってた。いやきっと音楽業界関係者は、みんなそう思ってたはず。ともかくこのどっちかがヒットすれば、梅本にだって紅白出場の目が皆無なわけじゃないと思うのだけれど、本人の本当の所はどうなんだろうか?
 でもこういうアポ無しで番組の企画でNHKいじってたら、意地でも梅本を選んでやるもんかみたいなことにならないんだろうか?僕がNHK紅白歌合戦の偉いプロデューサーだったら絶対そう思う。僕らは梅本を幸せにしてあげてるんだろうか?いいように利用しているだけなんだろうか?
 梅本もそうだが、仕掛け人である黒川仁男絡みを許してなるものかとNHKは意地を張ったりしないのか?それが紅白のプライドと思ってた。ま、黒川は昭和テレビの人間だし、笑えれば何でも良いわけだからNHKに嫌われても何の問題もないわけで…。と思っていたら、この5年後、黒川班に突然現れた若き天才塩山ディレクター(僕、長餅の3つ下の後輩…)演出によりのアッチャンカッチャンの赤村率いるポケットチョコレートなるユニットが日本音楽界を揺るがす大ブレイクを果たし、その派生ユニット勝原率いるブラックチョコレートとダブルで紅白歌手として選出され、メドレーを引っさげ出場することになる。黒川は2組の紅白歌合戦出場アーティスト(この頃歌手の事アーティストなんて言ってたっけな?)の関係者としてNHKホールに入ることになるのだが、そんな事を想像できた人は日本芸能界広しといえど、1人もいなかったと思うが、それはまた別の話。

 アッコさんの本当の気持ちはどうなんだろうなんて、分を弁えないことを事を考えていると、NHK前の緩やかなカーブのかかったスロープを走って梅本が帰ってきた。
「いやー本番当日はいけませんねえ。誰も相手にしてもらえませんよ」
 満面の笑みで梅本がカメラ前で報告する。
「しゃーねーな。駐車場前で偉い人探すか」
 飯山さんはそういうと一旦ロケを中断した。

 梅本を始めとするすべてのスタッフで一旦ロケバスに戻った。飯合さんはカメラ白木さんと中継車に入ってここまで撮った素材で編集を始めた。生放送内で今日のドキュメントとして放送するためのVを作るのだ。僕は何もお役に立てないので出演者と一緒に一時の休憩である。
 …
 分かるだろうか?このロケに大した展開がなく、ディレクターもプロデューサーもいないロケバスのどうしようもない空気。バスにいるのは梅本・梅本のマネージャー・ロケバスの運転手、そして僕。
 …
 いつもであればロケの合間、飯合さんとアッコさんが冗談を言い合ったり、プロデューサーの横浜さんや小豆さんが場持ちの良い話で繋いでくれてて、僕なんかは「よくいつも同じ話で盛り上がれるな」なんて心のなかで軽く悪態をついていたりするのだけれど、いざ自分しか制作部がいない状況だと、この場を盛り上げるどころかつなぐことさえ全くできない。
 …
 僕なんかが、いつもの定番ネタ「アッコ事務所の先輩の衣装をこっそり売って生活してたのがバレた事件」とか「アッコ下着が商店街のセール品でアイドル水泳大会の女子更衣室でみんなに驚かれた事件」とか、そんな話し出来るわけもないし、「いやー今日こそは紅白出たいですね」なんて言っても「そうね」で終わるの目に見えてるし。

 こんな静かな電波少年のロケバスは初めての出来事だった。
 永遠に続くかと思われた小一時間。
 お弁当でもあればなんとかなるかもしれないが、それもない。
 アッコさんはロケバスの窓から外を見てる。
 梅本マネージャーはスケジュール帳を見てる。
 僕はなるべく目を合わさないようにしている。
 いや何か話題を!何かいつもみたいな楽しい空気に!と、思いはするのだが口は動かない。

 アッコさん寝てくれないかな。
 今日は年またぎの生放送で長いんだから寝たほうが良いんじゃないかな。
 今日に限っては起きてるな。
  何考えてるんだろ?本当に紅白出られると思ってるのかな? 
 マネージャーの伊東さん、まだスケジュール帳見てるな。
 ピンクのスケジュール帳。さすが女子力高いな。
  仕事できるのかな?大変だろうな。 
 そっか正月3が日色んな番組には出ずっぱりだからな。
 その確認かな。
 そりゃそうか。
 空は青いな。
 今夜は天気持つかな。
 雨じゃなくてよかったな。
 もしかしてこれは僕がアッコさんと仲良くなるチャンスなのかな?
 こんな機会なかなか無いから聞いてみようかな?
 「紅白どれくらい出たいんですか?」って。
 「歌どれくらい好きなんですか?」って
 突然、そんな真面目な話ししたらビビられるよな。
 定番の黒川さんの悪口ネタ話したら、盛り上がるかな?
 と、その時!
 バン!と乱暴にロケバスの折りたたみドアを開け、飯合さんが編集を終えてロケバスに帰ってきた。
「いやーみんな冷てえな。相手してくれたって良いのにな」
「そうなんですよ。NHK様ですから」
 突然、いつものロケバスの空気が戻ってきた。
 梅本のガハハハ笑いがロケバスに響く。
 さっきまでの素材編集を見て飯合さんが、あんな事やこんな事でこんな事になったあんな事になったと梅本に突っ込む。
 楽しそうだよ。
 うーん。
 きっとアッコさんは飯合さんの事好きなんだな。
 伊東さんもヤンキーでイケメンの飯合さんと話すの楽しんだろうな。
 うーん。
 良かったよ、変なこと話しかけなくて助かった、助かった。
 ロケいつ再開するんだろ?
 編集が終わってカメラの白木さんもロケバスに戻って来たから、ますます話が盛り上がってきた。白木さんも結構タレント扱いが上手い。というか、こんなにタレントに話しかけるカメラマンもいないんじゃないかな?というくらいよく話す。
 確かに今日はイヤモニしてたから、僕もNHK受付前の展開は知ってる。
 そうそうあんな事やこんな事がこんな事やあんな事になりましたよね。
 あははは。
 そういう話をすれば良かったのか。
 うーん。
 なるほど。

 はっきり言ってロケディレクターの力量は待ち時間に出る。

 僕が今ディレクターになって、例えロケが出来ても、この雰囲気は作れない。いやこの雰囲気を作れなければロケは出来ないのだ。
 ロケって恐ろしいんです。だって今ロケしてるこのNHK前。代々木公園の入り口。渋谷公会堂の時計の見える交差点。あまりに日常。スタジオ番組ならスタジオで照明が焚かれて、スタジオならではのペデスタル・カメラ4台プラスクレーンカメラ1台に囲まれれば、否が応でもハレの舞台感が出るもの。しかしロケはそういう訳にはいかない。ただの日常の風景。目の前をコーラとムラサキスポーツの袋を持った大学生が歩いてたりするんですから。そんな日常の路上をステージに変えるのはひとえにディレクターのオーラ。それ以外何物でもありません。
 飯合さんにはそれが出来る。僕にはそれは出来ない。
 それが現実。
 それが出来る人がディレクター。
 思い起こせば朝一のあいさつ「アッコ、いよいよ今日は念願の紅白に出られるね。おめでとう」という軽いボケだって、もう演出。


「さあてそろそろ紅白関係の偉い人が入ってくる時間だろ?アッコ、車の中よく見てお願いして」
「もちろんですよ」
 梅本がそういったか、言わないかのうちにカメラ白木は準備を整えENGを担いでいた。
 15時ロケ再開。
 今度は本番に向けて車でNHK前ホール入りする人に直接交渉だ。
「紅白の偉い人ですか?」
「紅白の関係者ですか?」
 それらしい車が来る度に、紅白関係者が乗っていないか車の中を覗き込み手当たりしだいに声をかける梅本。あまりに車に近づくので、また警備員に注意される。
 梅本が声をかけた車には、ひとりくらい芸能界の偉い人も乗っていたはずだが、全く相手にはされない。
 16時、黒川の言っていた偉い人はひとりも捕まらない。
 17時、いよいよ生放送1時間前。
 再びロケを中断して、飯合さんとカメラ白木さんは再び編集へ。
 本番1時間前ともなると緊張感が漂い始める。
 僕も生中継の準備だ。
 今度はロケバス静寂地獄を味わわずに済んでよかった。
 衛星中継車の大きなパラボラアンテナがついに動き出す。
 飯合さんは編集もしながら、スタジオの大福とコーディネーションラインの確認をしている。右肩に電話の受話器をはさみ、両手で編集機のジョグダイヤルを握りの大車輪の活躍。

 僕は生中継の拠点となる場所にTVモニターと時刻が分かる大きなデジタル時計を設置。ここから24時まで何度も中継の映像を送る。TVモニターと時計のラインは中継車から送ってもらう。それとともに大きく今日のスケジュールの書かれた看板を設置。これらはいざというときすぐ撤収できるように、またケーブルや美術品がNHKの敷地に入っていないようにチェック。公道の使用許可は取っている。「年末の渋谷の風景を生中継する」ためのセッティングだ。ADとしてはやることがあるとホントに助かる。コレ本音。

 18時、特番放送開始。
 番組が始まってすぐ各現場の中継リレーが行われて、それぞれの企画説明が行われる。NHK前に中継が来るのは18時45分見当。梅村の借金美女の会場中継のあとだ。
 借金美女企画が行われている渋谷スタジオに中継の番が回ってきた。豪華なスタジオに梅村と電波少年で集められた10人の借金を抱えた美女がすりガラスの向こうにスタンバイしている。これから行われる借金チャラ企画の説明を要領の得ない梅村が力いっぱい終えると、NHK前に中継が振られた。
「はいどうも、NHK前の梅本です!」
 気合の入った梅本の胸には『絶対出るぞ、紅白歌合戦』のたすきがかけられている。照明が焚かれ、突拍子もないほどの大きな声で企画説明をする梅本。そこで初めて交差点を歩いていた一般の人達が気づく。あの電波少年が今夜はNHK前で中継をしている。企画内容は梅本の胸元に書けられたたすきを見れば一目瞭然。
 徐々に集まってくる一般の人達の声援を受けながら、これまでのアタックの様子をダイジェストVを交えて紹介。「今日こそ紅白に出ます!」
力強く梅本が拳を握ると、5,6人の通行人から拍手が起こった。

 20時をすぎる頃から、東京放送のレコード大賞に出演していた大物歌手がNHKに移動してくる。交渉相手は偉い人から大物歌手に変更。大物歌手の付き人でもいいから、紅白の楽屋でいいから中に入りたい。なんか元々の企画から少し趣旨がずれてる気もするが、そこは『ダメなものはどこまで離れれば、ダメじゃないのか』を確かめるのが電波少年の真髄。
 次の中継タイミングは20時50分。TBSのレコード大賞との絡みも合って21時近くに出番があった大物歌手ほど、紅白2部開始直前にNHKにやってくる。それを見越した20時50分の中継タイミング。その際、紅白出場が成功か失敗かの報告をする予定。生放送が始まると時間のすぎるのが10倍早く感じる。スタッフはもちろんだが、僕もアドレナリンが出まくっている。紅白歌合戦第2部開始まであと1時間足らず。1時間後に我々はどこいるのか?NHK前で変わらぬ画を送り続けているのか?それとも何かの形で、NHKホール関係者口へアッコさんを送り届ける姿を見ることが出来るのか?
 万が一、梅本が何かしらの形でNHKホールに入ることになった時は、飯合Dは梅本についてNHKへ潜入。家庭用カメラを持って白木も潜入。NHKホールに入った映像を僕が中継車に持ち込み、20時50分の中継タイミングで、僕が「アッコさんは〇〇という事情でNHKホールに入ることが出来ました。その様子がこちらです」とレポートして映像を流すことになっている。それが万が一でないことを電波少年スタッフはみんな信じている。『虚仮の一念岩をも通す』である。

 すると20時34分。
「あーらアッコちゃん、何してるの」と、車から声をかける人現る!
 黒塗りのリムジンの後部座席の窓が開けられると、そこには歌手生活今年で30周年、紅白歌合戦15回連続出場中の大林幸子様の顔が‼
「いーやいや、紅白、出たくって、出してもらえませんかね、付き人でも」
「きゃははは、がんばるわねえ」
大林先生はまったく本気にしてくれてない。
飯合さんは大福にすぐさま連絡
「こちらNHKの前!アッコが大林幸子捕まえた!スタジオカットイン出来ないか?」
「はい、少々お待ち下さい」
飯合さんは梅本に(ひっぱれ!ひっぱれ!)とアクションで指示。
もちろん大林幸子さんから見えない位置を陣取っている。できれば20時50分予定の中継で、この様子を生で伝えたい。
「お願いしますよ、なにかお手伝いすることとか…」
言い切らないのが梅本の癖。
「衣装運びでも、お茶出しでも何でもします。紅白に出たいんです」
「だって貴女連れて行ったら、勝手に舞台でちゃうでしょ」
バレてます。それでもせめて中継が来るまでひっぱる梅本。
「そんな事しませんよ、先生」
「がんばってねえ」
「あのーあの大きな衣装の一部にでも…」
 梅本の願いは虚しく夜の闇に吸い込まれ、大林幸子を乗せた黒塗りのリムジンはNHK本館下駐車場に向けて、静かなエンジン音で滑るように走り出した。
「いやー駄目でしたねえ」
 交渉が短すぎて、中継に出すことは出来なかった。
 次の中継で大林幸子と梅本が話している様子だけでもインサートで紹介することに。
 と、そこへまた今度は白塗りのバンが来て、梅本の目の前で停まりスライドドアが空いて三人組が顔を出した。
「やーっ」
 お笑いトリオフラミンゴ倶楽部だ。ここは職人の鉄板コント開始!
「フラミンゴさん!どうしたんですか?」
「何言ってるんだよ、俺たち紅白出るんだよ!」
「え。まじで」
「いいだろ紅白」
「なんでフラミンゴさんが紅白出て、歌手の私が出られないんですか?」
「そりゃ仕方ないよ、好感度の差だよ」
「ガーン」
 バラエティで何度も同じ板の上に立つ梅本とフラミンゴ倶楽部。息のあったプロレスが見事だ。
「はい、クルリンパ」とフラミンゴ倶楽部下島さんの帽子ギャグが出ると、じゃーねーと言って、こちらの白いバンもNHK本館の本館下駐車場へ向かった。
「くそーっ、自分たちのギャグだけ見せて行きやがった」
 ほんの1分ほどの絡みだったが、台本なしとは思えないお約束の展開をきっちり果たしたフラミンゴ倶楽部。お笑いプロの腕前をきっちり披露していった。

 「くそーっ大林幸子、捕まるんだったら、強引に中継行っとけばよかった」
 飯合Dは中継カットインができなかったことを悔やみつつも、一気に二ネタ取れて次の中継も盛り上がるぞとばかりにカメラ白木から素材を受け取り中継車へ。
 と、元々人出の多い大晦日、紅白歌合戦をやっているNHK前になんとあの梅本明子がアポなしで紅白出場のアタックをしているという生放送を見て、ひと目見てやろうという観客が少しずつ 少しずつ交差点にやってきていた。SNSのない時代とは言え、照明をどっかーんと焚き、でかい声で「今年こそ紅白に出たいと思います」とやっている訳だから、そりゃ面白い見世物です。アンカツ宇宙征服宣言を体験している我々、なんて学習能力が足りないんだろうか?これはいずれパニックになるんだろうか?

 紅白への道はまだまだ続く。