暗闇のマリア(習作『暗闇の丑松』より)#008 負け組は負け組
#008 負け組は負け組
「はい、誠が来たら必ずすぐ通報します。うちには匿う義理は全くありませんから」
こういうとやっと警察の連中は家から出ていった。インターフォンの向こうで若い警官が、このマンションの豪華さに呆れてる声が聞こえる。
最近のインターフォンは、みんな聞こえてんのよ。警察だったら気をつけなさい、と心の中で教えてあげた。
その時、四郎の携帯が震えた。
画面にメッセが出た。
「四郎さん、マリア飛び降り自殺だって」
「えっ!なんだよ、お前。他人の携帯勝手に見やがって」
「だって画面に出てるから見ちゃったんだもん、仕方ないじゃない」
四郎はいつも携帯の扱いが杜撰でテーブルにすぐ置きっぱなしにする。内容が分かるような通知を画面に出ない設定なんか知りやしないから、私は必ず彼の携帯を見つけては表向けておく。バイブが鳴ったらすぐチェックしてる。そうでもないと危ない橋を渡っているヤツの女は務まらない。
しかし今回は流石に驚いた。
マリアが死んだの?
画面にはLINEの最初しか出ないから、続きが気になる。
「だからあの女に関わっちゃいけないって言ったのよ。あの女、自分が助かりたいから他人の男を口説こうとするなんて何考えてるのよ。人殺しておいて逃げられるわけないじゃない。四郎さんも鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ」
「別に口説かれた訳じゃないよ」
四郎は何食わぬ顔で携帯を取り上げるとLINEを開いて読み始めた。かなり長い文章だったようだ。
「マジかよ」
四郎は自慢のブレスレットをジャラジャラしながら、誰かに返事を打つとソファに身を沈め、アイコスに白いスティックを差し込み、深く吸い込んだ。
「ま、縁もゆかりもない商売女が死んだだけだ。」
詳しいことは教えてくれないが、マリアが死んだのは確かなようだ。
しかも自殺。ま、想像できるって言えば想像できた結果よね。
「死んでまでもうちに厄介をかけるようなことはやめてもらいたいもんだね。誠とマリアのお陰で警察にまで睨まれてたまったもんじゃないよ」
「さっき来てた警察はマリアのこと何も言ってなかったかい?」
「もちろん店の事だけよ。何も知りません、驚いてますしか言ってないけど」
「それで良いんだ」
すると四郎が当たり前のように、私の内ももに手を入れてきたのでピシャンと弾いてやった
「やめてよ、こんな時に。あんただってマリアにあわよくばって手を出そうとしてたんじゃないの?」
「そんな事しねえよ。俺は商品には手を出さないタイプなんだよ」
嘘ばっかり言ってるんじゃないわよ。
心中でそう答えた。
そういうと四郎はいつものポーチを手にして
「サウナ行ってくるわ」と立ち上がった。
「バツが悪いんでしょ」
四郎は返事もせず、玄関から出ていった。
昨夜の嵐があけて、今日は晴天。その御蔭でひどい湿気になっている。とてもじゃないが外を歩ける陽気じゃない。なんでこんな日にサウナなんかに行くのか。私は疑問で仕方なかった。
店を任せててた恵里菜と徳さんが何者かに殺されて1週間。
誠がマリアを連れてきて「この子を頼む」と、ココへやってきたのが、その夜。あの誠の切羽詰まった様子の理由を知ったのは次の朝だった。
あの事件にこの二人はきっと絡んでると確信した四郎は身の危険を感じてすぐあの子を売り飛ばしてしまった。
「今の世の中、負け組に少しでもついちゃいけないんだよ」
その通り、濡れた子犬を棒でぶつ様な仕打ちだけど、うちらだって巻き込まれるわけにいかないのよ。
と、玄関でもう一度、扉が開いたような音がした。
「どうしたの?忘れ物?」
返事はない。
「ん?誰?宅配便さん?」
と、外には出られない下着姿だった私は仕方なく、四郎のTシャツを来て玄関に向かうと、そこには誠が目を見開いて立っていた。