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暗闇のマリア(習作『暗闇の丑松』より)#003 金儲けの匂い、損する匂い
#003 金儲けの匂い、損する匂い
いつの間にかみんなが金儲けばかりに一所懸命になり、私もPDCAとかKGIとか、学校で習ったわけじゃ無いけど、お店でお客さんから意味を教えてもらって、なんとなく意味だけは分かるようになった。
私がそのアルファベット語を使う機会なんて全くなかった。
「こんなにかわいい子がいっぱいいる店で、イノベーションとか言う奴と、うまい酒なんて飲めないよな」
DAIFUKUの社長はいつも金使いが派手で、女の子たちも売り上げが上がるのでみんな社長のテーブルにつきたがった。
誠はいつも夢ばっかり語っている貧乏野郎だ。金は無いけど夢はある。そんなあいつに抱かれてしまった私は馬鹿だけど一緒にいれば楽しかった。
よくオーナーが「得をするように生きなきゃ」って言うけど、得をする生き方ってのが今ひとつ分からない。
と、下の店玄関でピンポンが聞こえた。
「誠、帰ってきたね」
なんか嫌な予感がした。
立ち上がって階段降りて玄関に向かおうとするとオーナーに止められた。
「お前は行かなくて良いんだよ」
これは私が迎えに行った方が良い気がする。ここで私が行かないと。
これまでの人生で何度も嗅いできた嫌なにおいがする。損をする匂いだ。
私はオーナーみたいに金儲けの匂いは分からないけど、損をする匂いは分かる。きな臭いけど甘い、みたらし団子のような匂いだ。匂いが分かるのなら近づかなきゃ良いのに、それができないのが私。損ばっかりしてる人生なのが私。
「私から社長の話は誠にしてやる。アンタが幸せになるのに最大のチャンスなんだよって。誠について行ってちゃ100万円だって見る機会もないだろう?」
「誠だって本気で働けば100万なんて簡単ですよ」
「大きく出たわね。無理よ。無理な時代なんだよ。勝ってる人は勝ち続け、負けてる人は負け続けるのよ。アンタたちのせいじゃないんだけどね。無理なのよ。」
それは私にも見えてた。同じ苦労しても儲けるのは金持ちばかり。いつの間にか外食もできなくなった私たち。日本人から物を買ったり、食事を作ってもらったりする機会が無くなった。コンビニも牛丼屋も相手をしてくれるのはみんな外国人。
聞いた事ないアルファベット語を使う日本人、知らないイントネーションでニホンゴ話す新しい日本人。
私は何人なんだろう?
「まあ、ちょっと頭を冷やして考えてみなよ。私ばっかり喋ってても考える暇がないだろうし」
すると下にいる徳さんが声を上げた。
「オーナー、誠がどうしてもオーナーと話をしたいらしんですよ」
下から階段を上ってくる音がした。
オーナーと徳さんが扉の前でちょっと話をし、今度は徳さんが小部屋に入ってきた。
オーナーは「仕方ないわね」と言いながら、下に降りた。
「オーナーは気が強くていけねえよな」
徳さんはいつものデスクライトを点けると部屋の蛍光灯を消して、ソファの汚れなんて全く気にするそぶりも無く私の隣に座った。