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習作『洲崎パラダイス2022』

#001 橋の欄干にもたれる二人

「誕生日おめでとう。          
 プレゼントは何欲しい?」
「何欲しいって、
 私たち600円しか持ってないじゃない」
 激しく後ろの通りをバスが通り過ぎる。
 バス停から降りた人たちが、僕ら二人の存在が無いかのように、自分の目的地に向かって歩いて行く。行き先の無い僕らはどこかのドラマみたいに川に石を蹴り込もうかと思ったけど、こんな都会じゃ道にそうそう石なんて落ちていない。
「ごめんよ、何もしてやれなくて」
「あんたは男なんだからなんとかしなさいよ。一年に一回しか無い私の誕生日なんだから」
「どうせダメな男なんだよ、俺は」
「またすぐそう言う」
 まったく昭和の初めじゃあるまし、こんな貧乏になるなんて思ってもみなかった。仕事が無いんだよ、仕事が。
「若いやつは仕事を選ぶから無いんだよ」っていうけど、働いても働いても持って行かれるばっかりで、どうしようも無いじゃんよ。

#002 寛子の場合
 働いてたんだ、私。結構ちゃんと。
 派遣さんとも呼ばれず、ちゃんと人間扱いされてたし、前の担当の〇〇はそれなりに気を遣ってくれる良い人だった。ただ全く給料が足りなかったんだよね。
「寛子さん、この発送お願いします」
 なんか突然嫌になったんだよね。一所懸命働くのが。だって何の得も無いじゃん。私に。結局得するのは、この社員さんだけだと思ったら嫌になっちゃった。

#003 孝の場合
パチンコしてる
スマホ見ながら
夜、シングルベッドにもたれながらスマホ見てる
時間が溶けゆく
それが僕の1日

#004 走り出す寛子
「もう決めた」
 そういうと彼女は後ろのバス停にやってきたバスに突然乗り込んだ。えっ?どこ行くの?と聞く暇も無かった。
「大人二人分」

 料金箱になけなしの六百円のうち四百二十円が小さなベルトコンベアに落ちた。運転手はちゃんと二人分支払われたか、そのベルトコンベアで運ばれている間に確認するのだろう。複雑な投入口で一枚一枚散らばって落ちた硬貨は足跡のように並んで右隅の料金箱にバックビートで吸い込まれた。運転手は硬貨を見た後、僕らの顔を見た。何を確認かは分からない。
 出発しますと、誰に伝えているのか分からない程度のボリュームの声で言うとドアを閉め、前を指さし、バスをスタートさせた。 彼女は、奥の二人がけの席に座ると、爽やかな風を浴びているような顔で窓の外の景色を見ていた。

#005 弁天町
「次は弁天町、弁天町」
 彼女は来月分にはきっと使えなくなるスマホの角っこで降車ボタンを押した。
「こんな町でどうするんだよ」
「どうするってアンタだってココがどんな町か知ってるんでしょ?」
 バスの中に設置されているWi-Fiを捕まえた彼女は弁天町の求人サイトを見ていた。年齢と性別でターゲットされているのか、見ているサイトが紹介するバイトはコンビニばかりなのに広告は派手なピンク色の風俗商売ばかりだ。本サイトで紹介されている時給が千円台なのに、広告のうたい文句は体験入店で数万円。そりゃ広告のほう見ちゃうよ。